コラム:下から目線のハリウッド - 第45回
2024年5月31日更新
日常会話の英語とハリウッドで求められる英語の違いとは?
「沈黙 サイレンス」「ゴースト・イン・ザ・シェル」などハリウッド映画の制作に一番下っ端からたずさわった映画プロデューサー・三谷匠衡と、「ライトな映画好き」オトバンク代表取締役の久保田裕也が、ハリウッドを中心とした映画業界の裏側を、「下から目線」で語り尽くすPodcast番組「下から目線のハリウッド ~映画業界の舞台ウラ全部話します~」の内容からピックアップします。
今回は、ハリウッドの英語、特にクリエイティブな面で求められる英語力について語ります!
三谷:ハリウッドの映画業界で働こうと思うと、当然、英語が必須になってくるわけですが、実際にどういう英語力が求められるのかというところを今回お話しできたらなと思います。
久保田:今回はもう、「下から目線」じゃ全然ないですよ。だって三谷氏は帰国子女で、仕事でも普通に英語を使うじゃん。
三谷:たしかに、0歳から10歳までオーストリアのウィーンにいたんですけれど、最初の3年間は別に英語に特に触れてないんですよ。周りはドイツ語ですから。で、3歳から英語の幼稚園に行きだしたので、3歳から10歳までは英語に触れていたことになります。
久保田:それはもう外人だよ。
三谷:いやいやいや(笑)。それに10歳時点での英語力で日本に戻っていますから。で、中学1年生から英語の勉強もやって、文法的なこともちゃんと高3までやったという感じです。
久保田:いやだから、下地があった上でめっちゃ強化されたってことでしょ?
三谷:そのつもりだったんですが、ところがどっこい。ハリウッドに留学したら、「お前、全然英語できないな」って言われていたんですよ。それを踏まえて、「ハリウッドで通用する英語力ってなんなの」というお話をしたいわけです。そんなことを言いながら、久保田さんも英語の勉強は日々されていますよね?
久保田:やってはいるけど、それこそ全然ですよ。
三谷:英語って、ビジネス英語とか、たとえば科学用の英語とか、いろんな分野に分かれて、実は同じ英語であったとしても重視する語彙とか頻繁に使う表現って違ったりしませんか?
久保田:それはそうね。特にリスニングだと、最初はボキャブラリーで詰まって、なし崩し的にわかんなくなるのよね。
三谷:そうなんですよ。極論を言えば、語彙がたくさんあれば何とかなるっていうのは正直あると思うんですよね。
久保田:それはそうだと思う。
三谷:で、分野によって必要な語彙の傾向があるんですけれど、ハリウッドの業界で生きていくための英語ってなると、「表現をする」ための英語が必要になってくるんですね。
久保田:どういうこと?
三谷:ただ単純に、言葉が通じるかどうかじゃなくて、人に感情を伝えるとか、心の機微の細やかさを伝えることが重要になってくるので、言葉の解像度を上げて、グラデーションを増やしていくことが必要になってくるんですよ。
久保田:それは語彙でやらなきゃいけないの? たとえば、語気の荒さとか、ボディランゲージみたいなこととかも駆使してじゃダメなの?
三谷:仮に脚本を書こうと思ったら、やっぱり語彙が必要ですし、誰かにニュアンスをより的確に伝えるためにも多様な語彙が必要になってきますから。
久保田:あー、そりゃそうか。
三谷:たとえば、「“歩く”って英語でなんと言いますか?」って言ったら、ほとんどの人が、「walk」という言葉しか持ってないわけですよ。
久保田:普通にパッって浮かぶのはそれだよね。
三谷:でも、「歩く」にも、足取りやスピードであったり、感覚であったり、気分であったりとか、いろんなものが表現できるわけです。日本語でも足取りが重いとか軽いとか、ペースが速い遅いもありますよね。じゃあ、「walk」以外で何があるのかって言えば、たとえば「march(マーチ)」と言ったりもします。
久保田:はいはい。軍隊の行進みたいな歩き方ね。
三谷:そう。リズムを刻んでタッタッタって歩く感じですよね。他にも「stroll(ストロール)」という言葉がありますが、これはご存じですか?
久保田:「ほっつき歩く」みたいなやつ。
三谷:そうです。ペースはすごくゆったりとしていて余裕のあるような感じの足取りということで、印象もだいぶ変わってきます。だから、「向こうから男の人が歩いてきた」というときに、「男がウォークしてきた」だと、どんな男かはわかりにくいわけです。でも、「男がマーチしてきた」って言ったら――。
久保田:「なんかピシっとした人が来たな」ってイメージになるね。
三谷:さらにそれが「ストロール」だとしたら、また別のイメージになりますし。なので、そういった語彙ひとつで人物像みたいなものが加わっていくんですよ。もうひとつ例を挙げてみましょうか。英語で「笑顔」って言ったら?
久保田:「smile(スマイル)」。
三谷:でも、それが「すごく優しい感じの笑い方」なのか「嘲笑」なのか。あるいは声を出すか出さないかとか。たとえば「laugh(ラフ)」と言ったら「声を出して笑う」という感じになりますけど、「beam(ビーム)」だったら、明るい光線を出してるみたいなイメージの笑い方だったり。
久保田:「ビーム」って初めて聞いたかもしれない。
三谷:あとは「薄ら笑い」だったら「smirk」とか、歯を見せてニコってする、なかやまきんに君さん的なやつは「grin(グリン)」と言ったりします。
久保田:へ~!
三谷:こういった言葉の解像度を上げるのが大事なことのひとつかなと思います。
久保田:あとさ、向こうの文章ってカンマをつけて、すごく複雑になってるよね。長い文章なんだけど、後ろの方の言葉が全部前にかかったりして。それが日本語の順番じゃないからすごく捉えにくいよね。
三谷:そうなんですよね。これは少し文法的な話なんですけれども、たとえば、「ビッグファットマウス」みたいな感じで、「大きくて太った鼠」と説明するときには、前に形容詞を置いて説明するパターンもあるし、逆に、その言葉の後ろから修飾するみたいパターンもあるわけです。
久保田:そう、それそれ。
三谷:たとえば、「Mouse with huge teeth.」と言ったら、「歯がすごく大きなネズミ」となりますけど、「with huge teeth.」という後ろの部分が「Mouse」を修飾するみたいな。
久保田:それが、「with huge teeth.」くらいだったらまだいいけど、普通にもっと長い文章のときあるでしょ。
三谷:めちゃめちゃありますね(笑)。そのあたりがものすごく巧みなのが、「ソーシャル・ネットワーク」という映画の脚本家でもあるアーロン・ソーキンという人なのですが、普通、映画の脚本は1ページ1分という原則があるんですが、「ソーシャル・ネットワーク」は、160ページもあるのに、完成尺は100分ぐらいなんです。
久保田:それはつまり、めちゃくちゃハイスピードなやり取りで展開していくってこと?
三谷:そうです。それもただハイスピードなだけじゃなくて、言葉が洗練されているというか。で、その「ソーシャル・ネットワーク」の脚本とかを読むと、どうやって修飾してるのかが見えてきたりします。アカデミー賞にノミネートされたり受賞した作品って、脚本が公開されていたりするんですけど、「ソーシャル・ネットワーク」も脚色賞を受賞しているので見ることができるんですよ。
久保田:そうなんだ。
三谷:ちょっと「ソーシャル・ネットワーク」の脚本から例を挙げてみると、冒頭のト書きの部分なんかはわかりやすいかもしれないです。主人公のマーク・ザッカーバーグのことを説明している部分なんですが――。
MARK ZUCKERBERG is a sweet looking 19 year old whose lack of any physically intimidating attributes masks a very complicated and dangerous anger.
(※訳:マーク・ザッカーバーグは、甘いルックスの19歳だが、肉体的に威圧的な特徴はなく、非常に複雑で危険な怒りを隠している)
三谷:「Mark Zuckerberg is sweets looking 19 years old, Whose lack of any physically」とありますが、この「Sweet looking」というのは「19 years old」を修飾してます。で、そこからさらに後ろから修飾してあるんですね。この構造ってどういうふうになっているかわかりますか?
久保田:この人は「physically intimidating attributes」。つまり、「威圧的な属性がない」ってことだよね。それによって、「すごく複雑で危なっかしい怒り」みたいなものを「見えないようにしている」って感じ?
三谷:そうですね。こんな感じで実際の脚本でも、表現として修飾がされているわけです。
久保田:映画の脚本を、英語の原文で読めるようになったら、すごく英語力上がりそうだね。
三谷:そうかもしれないですね(笑)。あと、文法的なことで言うと、日本の英文法で習う文章って、物によってはものすごく古い文章だったりするので、それは知っておいた方がいいかもしれないですね。
久保田:たとえば?
三谷:そうですね。「Mt Fuji is higher than any other mountain In Japan.」って、ネイティブではほとんど誰も言わないですよね。普通に「Mt. Fuji is the highest mountain in Japan.」でいいよね、みたいな感じで。
久保田:向こうの人は、基本的にはダイレクトな表現を好むっていうよね。あと名詞とか動詞でコミュニケーションするとか。
三谷:そうですね。たとえば「What you do?(あなたの仕事はなんですか?)」と聞かれたときに、「I am an English teacher.(私は英語の教師です)」と名詞で言いたくなるんじゃないかなと思うんですけど、動詞のほうが自然に滑らかに伝えられることもあったりします。なので、「I teach English.(私は英語を教えています)」と言うほうがこなれたような感じになります。
久保田:こなれた表現って、結果的にすごくシンプルだよね。
三谷:そうですね。結構簡単なほうに寄っていくので、そう考えると中学ぐらいの語彙でもいける部分はいけると思います。あと、表現をする上での美学と言いますか、日本語でもそうだと思うんですけれども、より少ない語数、より少ない単語数で、より多くを表現することは、英語でも美徳とされますね。
久保田:それはなかなか難しいなぁ。日本語でも難しいじゃない。
三谷:そうかもしれないですね(笑)。さっきの例で言えばウォークとかスマイルとか、解釈の範囲が広い言葉はあまり具体性がないので、表現をしたいというときにはちょっともったいないような感じがします。
久保田:結局は、語彙を増やしましょうってことなのね。
三谷:そういうことになっちゃいますね(笑)。一般的な英語との違いは、「表現をする」というところにあって、それは日常の会話の、ただ「お腹すいた」とかで意思を伝えるだけじゃなくて、「もう餓死しそうなんだ!」みたいなことが言えるようになる。それがハリウッド英語と普通の英語の違いですね。
この回の音声はPodcastで配信中の『下から目線のハリウッド』(#84 映画脚本でわかるハリウッド的英語力[予備校編])でお聴きいただけます。
筆者紹介
三谷匠衡(みたに・かねひら)。映画プロデューサー。1988年ウィーン生まれ。東京大学文学部卒業後、ハリウッドに渡り、ジョージ・ルーカスらを輩出した南カリフォルニア大学の大学院映画学部にてMFA(Master of Fine Arts:美術学修士)を取得。遠藤周作の小説をマーティン・スコセッシ監督が映画化した「沈黙 サイレンス」。日本のマンガ「攻殻機動隊」を原作とし、スカーレット・ヨハンソンやビートたけしらが出演した「ゴースト・イン・ザ・シェル」など、ハリウッド映画の製作クルーを経て、現在は日本原作のハリウッド映画化事業に取り組んでいる。また、最新映画や映画業界を“ビジネス視点”で語るPodcast番組「下から目線のハリウッド」を定期配信中。
Twitter:@shitahari