コラム:下から目線のハリウッド - 第40回
2024年2月2日更新
映画製作の屋台骨!「助監督」ってナニをする人?
「沈黙 サイレンス」「ゴースト・イン・ザ・シェル」などハリウッド映画の制作に一番下っ端からたずさわった映画プロデューサー・三谷匠衡と、「ライトな映画好き」オトバンク代表取締役の久保田裕也が、ハリウッドを中心とした映画業界の裏側を、「下から目線」で語り尽くすPodcast番組「下から目線のハリウッド ~映画業界の舞台ウラ全部話します~」の内容からピックアップします。
今回のテーマは、映画製作の屋台骨である「助監督」について語ります!
三谷:今回はアシスタント・ディレクターといわれる「助監督」という役職についてお話していこうと思います。久保田さんは助監督について、どんなイメージを持っていますか?
久保田:よく「副〇〇」とかってあるけど、実際は何も権限がなかったりする役職だったりするじゃないですか。それに近いイメージかな。
三谷:いやいやいや(笑)。
久保田:「助監督」って、ぶっちゃけ必要なんですか?
三谷:超必要。いなかったらもう成立しないです。
久保田:撮影監督とか、カメラさんとか、VFXみたいな技術のチームがあって、編集するエディターさんがいて。さらにプロモーションだのリーガルだのの人がいて。もうポジションは充分にあるように思いますけど。
三谷:じゃあ、それを回すのは誰ですかっていう話なんですよ。
久保田:監督じゃないの?
三谷:監督は自分が撮っているものに集中したいわけで、演技を見たり、全体のクリエイティブの出来上がりを見ていったりするわけです。そうすると「現場の回し」が必要じゃないですか。
久保田:現場の回し。
三谷:文字通り現場を仕切って、「今からこのショットやるので、各部署のこの人はこういう準備をしてください」とか「誰々はこの役者さんをあと何分ぐらいでどこどこへ連れてってください」みたいに案内をする。
久保田:何かの映画のメイキングで見たけど、現場でめちゃめちゃ指示を出したり喋ってたりする人がいるけど、あれがもしかして助監督?
三谷:助監督ですね。
久保田:あの役割は他の人じゃできないの?
三谷:できないんですよね。というか、あれはもう専門の役割なんです。
久保田:専門なんだ。
三谷:現場の1日の動きを仕切って、いつ何時に何のショットやって、次どのシーンをどういう順番で撮るかとか、段取り的に考えないといけないことを他の全ての部門といろいろやり取りをしながら報連相して――しかも、利害とかもうまく調整しながら――実現に向けて進行を回していく。ある意味では司会みたいなものかもしれないですね。
久保田:仕切りですね。
三谷:そう仕切りの人。それが助監督です。
久保田:わかった。会社で言うと、COO(チーフ・オペレーティング・オフィサー)的な人だ。
三谷:確かに。だから監督はCEOまたはCCO(チーフ・クリエイティブ・オフィサー)で、ビジョンを持っているんです。そのビジョンを実現するために各部署があって。日々の仕事のオペレーションをまとめるCOO的な役割が助監督の仕事なわけです。
久保田:なるほど!これは必要です!
三谷:ですよね(笑)。
久保田:うちの会社に置き換えたら、もう絶対にいないと回らないです(笑)。
三谷:で、他の役職でもそうでしたけれど、助監督にもまたヒエラルキーがありまして。
久保田:またあるの?
三谷:あるんですけれど、その前に、助監督って「アシスタント・ディレクター(Assistant Director)」と呼ばれ、「AD」と略されます。日本だとADさんってTV番組の製作をするときに雑用をこなす人ってイメージがあると思うんですけど。
久保田:あるある。
三谷:たとえば、テレ東に在籍していた佐久間(宣行)さんも最初はADとして、サッカー部のお弁当を作るみたいなところから開花したという話がありますよね。
久保田:そうそう、そこで評価されたっていうね。
三谷:で、日本で「助監督」と言うと、「監督になるための準備」という位置付けになっていたりするんですよね。つまり、「助監督」からステップアップして「監督」になる、みたいな。
久保田:ハリウッドは違うの?
三谷:アメリカだと、助監督は完全に「回し専門職」として分業されていて、「助監督」から「監督」になるケースはないです。
久保田:そうなんだ。
三谷:それを踏まえた上で、ハリウッドでのアシスタント・ディレクター、つまり、助監督のヒエラルキーなんですけれど、最初は「プロダクション・アシスタント」――「PA」というところから始まります。
久保田:それが一番下?
三谷:そうです。で、「PA」としてある程度の経験を積んだところで、次にあるのが「セカンドAD」。そして、一番上が「ファーストAD」という形になります。
久保田:三段階なんだ。
三谷:このファーストADになるのは結構大変で、「全米監督協会」という監督と助監督の組合があるんですが、その組合で、「現場で何撮影日×1日何時間でこれだけ経験を積みました」というのをポイントカードみたいに貯めていって(笑)。
久保田:ポイントカード(笑)。
三谷:わかりやすく言うと、ですけど(笑)。それが一定量を超えたら……。
久保田:マイルが貯まって(笑)。
三谷:マイルが貯まって、次のファーストAD券みたいなものをもらうみたいな(笑)。でも、イメージとしてはそんな感じです。
久保田:じゃあ、勝手に「オレはファーストADだ」とは名乗れないし、ちゃんと実績が見られた上でなれるものなんだ。
三谷:そうなんですよ。で、仕事の内容としては、最初にもお話ししたように「撮影現場の回し」があって、たとえば、現場で雨が降りそうってなったら、「次のシーンの撮影はBの予定だったけどCに差し替えよう」とか「だから、役者さんのXさんをバラして、Yさんを連れてきてください」みたいなやりとりをしていくわけです。
久保田:そういうときってリアルタイムでやるんでしょ。めちゃくちゃ大変だ。
三谷:それと「現場に入るまでのスケジュールを組む」というのも助監督の重要な仕事のひとつです。
久保田:撮影の当日とか前日のスケジュールじゃなくて、もっと全体の?
三谷:はい。脚本を読み込んで、どういうシーンがどういう場所で行われて、そのシーンは昼なのか夜なのかということを含め、ロケハンにも参加して、全体のイメージを膨らませてスケジュールを組んでいきます。
久保田:へえー!
三谷:そして、日々の、いわゆる「香盤表」というものも作るし、全体のスケジュール――総合スケジュール、略して「総スケ」と言われるものがあるんですが、それもつくります。
久保田:頭の中で完全に設計図ができてないと、絶対にどこかでつじつま合わなくなっちゃったりするよね。
三谷:おっしゃるとおりです。しかも、撮影って、予定を決めたらその通りにいくものではなくて、刻一刻と何かしら問題が起きたりするので。
久保田:「演者が遅刻しちゃいました」とか。助監督の気持ちになったら「なんだよ、もー!」って感じだね(笑)。
三谷:表に出すかどうかは別として、そう思っているだろうと想像しますね。
久保田:「すいません、明日の撮影で使う車、ベントレーだったんですけど、現地の業者が勘違いしててベンツが来ちゃいました」「ベンツじゃ駄目だ!」みたいなやりとりがあったり。
三谷:「アメリカの1920年代にベンツなんてあるわけないだろ!」みたいな(笑)。そういうことも起きたりします。だから、助監督って巨大なパズルを組み立てていて、ちょっとでも何かが起きた場合にはそれをその都度、組み直して。
久保田:何その激ムズピタゴラスイッチみたいな。
三谷:激ムズですよ(笑)。
久保田:でもさ、そういうことできる人ってどの会社でもめちゃくちゃ活躍できると思いますよ。
三谷:そうだと思いますね。あと撮影で言うところの、カメラが回るまでの段取りってあるのはご存知ですか?
久保田:わかんない。
三谷:「用意!」って言って、カチンコが鳴って「アクション!」で始まるんですけれど、その基本的な流れというのがありまして。
久保田:どういう感じなの?
三谷:まず、カメラのほうで、フレームもわかって、どういうふうに動くかも決まりました、今から撮りますよ、という状態になります。その状態を「ピクチャーズアップ( “Picture’s up.”)」と呼びます。
久保田:ピクチャーズアップ。
三谷:そう。で、実際に「ピクチャーズアップ!」と言うんですね。
久保田:あ、口に出して言うんだ。
三谷:それが「もう準備ができて撮るモードになりましたよ」という合図になります。そうしたら、最初は録音をする人に、「録音を始めてください」という合図として「サウンド!」 (“Sound!”または”Roll sound!”)って言います。で、音声の人は、ちゃんと録音のモードになっていますよという合図として「スピード!」(“Speed!”または”Sound speed!”)って返します。
久保田:うんうん。
三谷:そのあと、「ロールカメラ!」 (“Roll camera!”)――つまり、「カメラを回してください」って言って、カメラの人も「スピード!」 (“Speed!”または”Camera speed!”)と返します。
久保田:なんで「スピード」なの?
三谷:「正常に回っていますよ」という意味で、今ではデジタルカメラがありますけど、昔のカメラは回り始めた後、しばらく速度が安定するまでに時間が必要だったので、その名残りですね。
久保田:なるほど!
三谷:で、カメラさんから「スピード!」って返ってきたら、カチンコ持っている人が「シーンワン、テイク2」みたいに言って、カチンコを鳴らします。そのあとカメラがちゃんとスタート位置に戻ったら「セット!」と言って、最後に「アクション!」と言って、俳優さんの演技が始まります。
久保田:けっこうやること多いね。それを毎回やるんだ。
三谷:毎回やります。で、その「アクション!」を言う人は、監督の場合もありますが、じつは、助監督だったりするんですよ。
久保田:へー!
三谷:そこの指揮も全部やるので、もう本当に現場ではスーパースターですよ。
久保田:めちゃくちゃ大変じゃん、助監督さん。
三谷:いろんな部門ともやり合うので、そこは本当に大変なんですよ。でも、だからこそ、経験を積んでいる人は実力が桁違いなんですよね。なぜかと言うと、助監督は、ある作品にその現場の期間だけ付くとしても5~6カ月、短い場合で3カ月だったりするんですけれど、仕事が続く人は1年に、3本とか4本とか現場に入るわけですよね。
久保田:よくできるよね、そんなに。
三谷:すごく体力を使う仕事なんですけれど、それをずっと続けていくと、下手な映画監督よりも全然、現場経験があるという状態になるんですよ。
久保田:はいはい。
三谷:余談ですが、ある意味では映画監督はあまり経験がなくてもできるという側面があったりするんですよね。
久保田:そうなの?
三谷:監督は作品のビジョンをしっかりと持って、それを伝えることが重要で、技術的なことに関しては自分よりできる人を集めるのが仕事、という部分もあるわけです。
久保田:別に監督さんがカメラを回すわけじゃないんだもんね。
三谷:そうです。なので、ものすごい極論を言うと、そのビジョンさえあれば初心者でも監督にはなり得るんですよね。実際、若い監督さんが経験豊富な助監督さんを連れてきて、助けてもらいながら撮影を進めていったりするので。なので、助監督ってとても重要なポジションなんです。
久保田:「助監督と言えばこの人!」みたいな人はいるの?
三谷:たとえば、最近のスティーブン・スピルバーグ監督作品やマーティン・スコセッシ監督作品は同じ人がファーストADをやっていますね。アダム・ソムナーという方なんですが。「レディ・プレイヤー1」や「ウエスト・サイド・ストーリー」や「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」に参加しています。
三谷:彼は、功績もすごいのでエグゼクティブ・プロデューサーのクレジットももらっていたりします。それだけ替えが利かないということですね。
久保田:クリエイティブといえばクリエイティブな仕事だけど、ひたすらロジックを組むっていうのはすごく大変だもんね。
三谷:最初、「助監督って必要?」みたいなこと仰ってましたけど、どうですか?
久保田:ごめんなさい、絶対必要だわ。
三谷:(笑)。
この回の音声はPodcastで配信中の『下から目線のハリウッド』(#114 映画製作の屋台骨!「助監督」ってナニをする人?)でお聴きいただけます。
筆者紹介
三谷匠衡(みたに・かねひら)。映画プロデューサー。1988年ウィーン生まれ。東京大学文学部卒業後、ハリウッドに渡り、ジョージ・ルーカスらを輩出した南カリフォルニア大学の大学院映画学部にてMFA(Master of Fine Arts:美術学修士)を取得。遠藤周作の小説をマーティン・スコセッシ監督が映画化した「沈黙 サイレンス」。日本のマンガ「攻殻機動隊」を原作とし、スカーレット・ヨハンソンやビートたけしらが出演した「ゴースト・イン・ザ・シェル」など、ハリウッド映画の製作クルーを経て、現在は日本原作のハリウッド映画化事業に取り組んでいる。また、最新映画や映画業界を“ビジネス視点”で語るPodcast番組「下から目線のハリウッド」を定期配信中。
Twitter:@shitahari