コラム:下から目線のハリウッド - 第3回

2021年2月19日更新

下から目線のハリウッド

こうやって映画はつくられる! 映画製作プロセス解体新書 ~「ディベヘル」ってナニ?~[後編]

沈黙 サイレンス」「ゴースト・イン・ザ・シェル」などハリウッド映画の制作に一番下っ端からたずさわった映画プロデューサー・三谷匠衡と、「ライトな映画好き」オトバンク代表取締役の久保田裕也が、ハリウッドを中心とした映画業界の裏側を、「下から目線」で語り尽くすPodcast番組「下から目線のハリウッド ~映画業界の舞台ウラ全部話します~」の内容からピックアップします。

前回に引き続き、「ハリウッドで映画を製作するプロセス」を現場目線で解説。構想◯◯年の内幕とは? PR予告編にしかない作品映像が存在する? など、映画やニュースを見るだけではわからない、知られざるハリウッドのリアルをお届けします!


久保田:というわけで前回のおさらい。前回はハリウッドで映画をつくるためには何をしたらいいのか? ということで「久保田裕也・ザ・ムービー」を主演トム・クルーズで撮ろうという話でした。脚本もできて、トムも出演を快諾して、スタジオが決まってお金も集まりました。で、脚本を磨く期間に入ると「ディベロップメント・ヘル(企画開発地獄)」――略して「ディベヘル」があると。

三谷:そうでしたね。もう「ディベヘル」で通しますけど(笑)。「ディベロップメント(企画開発)」というのが、脚本を撮影できる状態まで磨いていくことで、それにはけっこう時間がかかるものなんですね。ものによっては際限なくその期間が続いてしまうので、企画開発から抜けられない状態を「ディベロップメント・ヘル」と言います。

久保田:あれですね。賽の河原みたいなものですね。積んだ石を鬼が崩しちゃうみたいな。

三谷:そうです。まさに賽の河原の現世版みたいなことです(笑)。

久保田:ディベヘルの壁を壊すのは誰なんですか?

三谷:その壁を壊すのは、最終的にはスタジオ――つまり、お金を出すところがゴーサインを出してくるんです。そのゴーサインは「グリーン・ライト」と呼びます。ディベヘル期間はものによって変わるんですが、平均して5年とか、10年かかるものもあります。

久保田:10年もあったら「もういいよ」ってならないですか?

三谷:実際は10年間ずっとそれだけをやっているわけではないので。ただ、よく「構想10年」とか言うじゃないですか。あれは、ディベヘル期間が10年あったということですね。

「沈黙 サイレンス」
「沈黙 サイレンス」

三谷:僕が関わった遠藤周作の「沈黙」が原作で、マーティン・スコセッシ監督が撮った「沈黙 サイレンス」は、構想30年なんですよ。この作品の場合、原作の権利をとったのが30年前なんです。そこから資金集めや脚本の練り直しをしつつも、その間に監督が他の映画も撮らなきゃいけないオファーがあったりして先延ばしになって。ようやく2015年に製作された――つまり「グリーン・ライト」がついたわけです。

久保田:なるほどねー。じゃあ、「グリーン・ライト」がつくと何が始まるんですか?

三谷:いざ撮影!……ってなると思うじゃないですか。でも撮影の前にはいろいろと準備が必要なんですよ。

久保田:お弁当とかケータリングのチョイスですか(笑)?

三谷:究極はそういうのもありますけど(笑)。どこで撮影するのかとか、いわゆるロケハン――ロケーションハンティングですね。英語では「スカウティング」と言いますけれど。他にも、キャスティングの決まっている・いないとか、衣装やヘアメイクを用意するだとか。特殊メイクだったらそのテストをやるですとか。そういう地味な工程があるんですね。この期間を「プリ・プロダクション」と呼びます。「プロダクション」が撮影期間を指すんですけれど、その前の段階だから「プリ」がつくわけですね。

久保田:実際に撮り始めるまでにどれぐらいかかるんですか?

三谷:半年ぐらいです。各部門のトップの人を起用して、チームを組んでその映画に必要なものを全部準備します。

久保田:ということは、企画開発の段階だと、キャスティングも撮影する場所もあくまでイメージでしかないんですね。

三谷:そうです。50人くらいの出演者がいたとして、メインどころの俳優だけは決めてあるとかで、すべてが決まっているわけじゃないんです。

久保田:「ディベヘル」超えて、「グリーン・ライト」がついて、半年かけて準備やチーム組成もできました。これでそろそろカチンコが鳴りますか?

三谷:はい。カチンコが鳴ります。この撮影開始がめちゃくちゃ重要な区切りなんです。撮影は、一回始まると基本的には完成までは走り抜く――つまり、「お蔵入りにはできません」という状態になるんです。というのも、そこまでにいろんな人が関わって、お金のことや拘束期間などの契約が交わされるわけなんですけれど、ギャラを受け取る日が撮影開始日と同時だったりすることがほとんどなんです。

久保田:もう後戻りはできないわけだ。ちなみに、撮影終盤で作品がお蔵入りになるようなことはないんですか?

「ゲティ家の身代金」
「ゲティ家の身代金」
ケビン・スペイシーの代役を務めたクリストファー・プラマー
ケビン・スペイシーの代役を務めたクリストファー・プラマー

三谷:よほどのことがないとお蔵入りにはならないです。たとえば、「ゲティ家の身代金」は主演俳優のケビン・スペイシーがMeToo問題を起こしましたけど、お蔵入りにはなりませんでした。ケビン・スペイシーが出ていたシーンを全部、別の俳優で撮り直して世に出したんですね。そこまでしてでもお蔵入りだけは絶対に避けたいものなんです。

久保田:それは大変だ…。

三谷:結局、いろいろ準備をしても撮影中って予期せぬトラブルは出てくるんです。わかりやすいところでは、晴れのシーンを撮影するはずが雨降り続きで撮れないとか。昔の日本映画だと黒澤明映画とかで「自分の好きな雲の形になってないから」という理由で2日くらい何もせずに雲待ちをしたっていう有名なエピソードがありますけど、そうなったらスケジュールを管理している人からすると気が気じゃないですよね。

久保田:撮影スタートから完了までのスケジュールって大体決まっているものなんですか?

三谷:大体決まっています。「週5日あるいは6日撮影で、12週間で終わります」みたいな感じで予定されているんですけれど、予想もつかないことやコントロール外のことが起きたりして、日数が増えることも多々あります。日数が増えると、スタッフの稼働も増えるので製作予算も膨れ上がります。そうなると、スタジオは「どうなってるんだ?」という話になって、現場は「今こういう状況でお金と時間が必要なんです」とか言って、せめぎ合いがつねに起きるような状況ですね。

久保田:でも、現場は「最後まで走りきるぞ」って一致団結してるんですね。

三谷:そうですね。現場は戦争みたいなところがあります。毎日戦地に赴くみたいなアドレナリン出まくりの日々です。そのぶん、人の仲もすごく深まるし。逆に仲の悪い人は修復できない状況にまでなりますね(笑)。

久保田:そういう濃い時期を経て、撮影がなんとか終わったら……?

三谷:撮影が終わると、「ポストプロダクション」――だいたい1年前後の編集期間に入ります。撮影準備が「プリ・プロダクション」、撮影が「プロダクション」、その次の期間なので「ポストプロダクション」と呼ぶわけです。玄人っぽく言いたいときは「ポスプロ」と言えばバッチリです(笑)。

久保田:皆さんも使ってください。「最近、ポスプロが大変でさぁ」って(笑)。

画像4

三谷:ポスプロの期間は、映像面では撮影した素材を貼りつけて、どういう順番で並べて、みたいなことをひたすらやっていきます。並行して、VFXやCGを発注したり生成したりして、映像にはめ込む過程もあります。ただ、映画の半分を占めるのは「音」ですから、音の編集も超大事です。全然違うタイプの音をなめらかに聞こえるようにしたり、強調したい音を調整したり、そういったことをひたすらやっていく工程があります。場合によってはアフレコ(アフターレコーディング)もあります。つなぎ合わせると音に統一感がないから、声や環境音を録り直して重ね合わせていくこともあります。ただ、お芝居としてとても感情が乗っているから現場の音をそのまま使いたい、ということもありますね。

久保田:ここは大事だよね。じゃあ、「ポストプロダクション」が終わったら完成?

三谷:はい、作品としては完成です。そこから納品がされていくわけですが、映画の公開日というのは、撮影日から18カ月後がだいたいの目安になっています。6カ月は撮影、12カ月はポスプロ、という感じですね。

久保田:なるほど。

三谷:世の中の映画館へは、今はもうデジタルでやるのが主流なので、ハードドライブに映像データを入れたもの各地に送っていきます。昔は全部フィルムだから、フィルム代だけでも結構な費用がかかっていたんですよね。

久保田:ちょっと疑問なんですけど。公開前の2、3カ月くらいはポスプロとプロモーションってほぼ平行して走ることになるんですよね?

三谷:そうですね。公開される6カ月前にまずはティザー(teaser=情報を小出しにしたり、商品自体を隠したまま宣伝を行うなど、消費者の興味をかき立てるような広告)が打ち込まれます。3カ月前くらいから本予告、2カ月前にもうひとつ予告が出て、1カ月前はTVCMをたくさん打って、最後にトドメの予告編を入れて……みたいな事をしていきます。

久保田:ポスプロの途中でプロモーションが並行して走るから、予告用に映像データを納めないといけないじゃないですか。

三谷:そうですね。

久保田:そのプロモーションに使う映像についてOKとかダメとかのジャッジは監督が出すんですか?

三谷:監督とスタジオのマーケティング部門ですね。マーケティング部門としては、ちゃんと売れないといけないから、監督のこだわりっぽいとかちょっと無視、みたいなこともあるので、そこで揉めたりもします。あと、ちょっとおもしろい話ですけど、最終的に出来上がった映画本編にはない映像が予告編に入ることもあるんですよ。

久保田:あー、たまにある! 予告編を観て、映画館行って、「あれ、あのシーンないじゃん」って。

三谷:そうなんですよ。予告で使われたシーンが、微調整が繰り返されて、スタジオの意向や尺の都合でカットされることもあります。そもそも本編の尺が長いと1日にかけられる回数が限られてくるので。

久保田:映画館的には、何分くらいが望ましいんですか?

三谷:100分前後ですかね。120分になるとちょっと長いですね。

久保田:じゃあ150分もあるような作品は、よっぽど勝算があるか監督に力があったかなんですね。

三谷:そうですね。クリストファー・ノーラン監督の「インセプション」は2時間42分あるんですが、それは「バットマン ビギンズ」や「ダークナイト」を成功させていたからこそで、基本的に商業映画は100分前後です。

「インセプション」
「インセプション」

久保田:そうやって上映される映画って、いつの間にか公開終わっていたりするじゃないですか。あれはどういうことなんですか?

三谷:映画の公開は、「何週間、劇場でかけますよ」というのは保証して、その後はお客さんの入り具合で、延長したりしなかったりっていうことになります。それは配給会社と興行会社でやりとりがあるんですね。

久保田:でも、配給会社はずっと流してほしいですよね。

三谷:そうですね。日本の場合は配給と興行が同じ系列の会社になっているところがあるので、たとえば東宝製作の映画だったらTOHOシネマズで上映されるし、比較的長い期間上映するわけです。

久保田:なるほど、垂直でやっているところはそうなんだ。

三谷:ただ、アメリカは日本のような垂直式ではないので、その都度、配給会社と興行会社で交渉しているわけです。

久保田:なるほどなー。

三谷:……という感じで、ひとつの映画をつくるのにはけっこう長い期間とプロセスがあるわけなんです。その一連のプロセスを知っていると、映画が出来上がることって、いかに尊くて、奇跡みたいなものなのかって思わずにはいられないですよね。

久保田:それは工数が莫大だから? それとも死ぬほど揉めるから?

三谷:どっちもです(笑)。だから、出来上がりが良い映画もあればあまり良くない映画もあるんですけど、ある意味、出来上がるだけでも合格点だよねっていうところはあるんですよね。

久保田:じゃあ、映画を観て「これは面白くない」「あれは駄作だ」っていうのはあんまり言わないで欲しいですかね。

三谷:そこはアレですね。ひと呼吸置いたうえで言ってもらえれば(笑)。

久保田:あーはいはい。「よく頑張ってつくった!」「……でもさ」みたいな(笑)。

三谷:そうですね(笑)。


この回の音声はPodcastで配信中の『下から目線のハリウッド』(#09 ハリウッドで映画をつくりたい!制作プロセス大解剖[後編])でお聴きいただけます。

筆者紹介

三谷匠衡のコラム

三谷匠衡(みたに・かねひら)。映画プロデューサー。1988年ウィーン生まれ。東京大学文学部卒業後、ハリウッドに渡り、ジョージ・ルーカスらを輩出した南カリフォルニア大学の大学院映画学部にてMFA(Master of Fine Arts:美術学修士)を取得。遠藤周作の小説をマーティン・スコセッシ監督が映画化した「沈黙 サイレンス」。日本のマンガ「攻殻機動隊」を原作とし、スカーレット・ヨハンソンやビートたけしらが出演した「ゴースト・イン・ザ・シェル」など、ハリウッド映画の製作クルーを経て、現在は日本原作のハリウッド映画化事業に取り組んでいる。また、最新映画や映画業界を“ビジネス視点”で語るPodcast番組「下から目線のハリウッド」を定期配信中。

Twitter:@shitahari

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