コラム:下から目線のハリウッド - 第27回

2022年2月14日更新

下から目線のハリウッド

映画にまつわる「権利」のハナシ

沈黙 サイレンス」「ゴースト・イン・ザ・シェル」などハリウッド映画の制作に一番下っ端からたずさわった映画プロデューサー・三谷匠衡と、「ライトな映画好き」オトバンク代表取締役の久保田裕也が、ハリウッドを中心とした映画業界の裏側を、「下から目線」で語り尽くすPodcast番組「下から目線のハリウッド ~映画業界の舞台ウラ全部話します~」の内容からピックアップします。

今回のテーマは、映画にまつわる「権利」。作品の中で特定の人の名前は出していいのか、アイデアはどこから権利が主張できるのか、ちょっとマニアックな「著作者人格権」までを語ります!


久保田:というわけで今回は、番組にこんなお便りをいただきまして。――実際その作品には登場しない俳優さんの名前や企業の名前がセリフに含まれている場合、その俳優さんや企業に許可を取ったり、名前の使用料を支払ったりしているのでしょうか? 例えば映画「レザボア・ドッグス」では、マドンナとマドンナの曲について登場人物が話すシーンがありますが、この場合、マドンナに許可を取ったりお金を支払ったりしているのでしょうか?――という質問ですね。

三谷:映画にまつわる権利関係の話ですね。とは言え、二人とも実務で法律を扱うことはあっても法律の専門家ではございません、ということは前置きさせていただきますが。

久保田:そうね。これからする話は、あくまで法的なアドバイスではないということをお断りしておきます(笑)。で、さっそくなんですけど、こういうケースってマドンナ側に対して何か発生したりするんですか?

三谷:楽曲と本人について言及している程度だったら、さすがに許可を取ったりはしないんだろうなと思います。

久保田:でも、すごく生々しい話をすると、すっごい細かい権利者や権利者と想定しうる方々――たとえば、アーティストさんとか作家さんとか――って、人によって許容する範囲が違ったりしませんか?

三谷:名前も言及もしてくれるな、みたいな人がいた場合とかね。

久保田:あと、「厳密に法に照らして、本当に争ったときにどうなんですか」みたいな。

三谷:でも、特定の人や楽曲について言及することが、相手の権利を侵害しているのかというと場合によりますよね。たとえば、「マドンナって○○だよね」みたいな価値判断が作品中のセリフとして含まれていたとして、それが彼女の評判を落とすことに繋がっていくのであれば誹謗中傷とか名誉毀損とかになるかもしれないですけど。でも、「マドンナって美人だよね」、みたいなことを言う分には、そういったことには当たらないですし。

久保田:それはそうね。

三谷:ただ、実際の楽曲を使うとなったら、それはもう完全に許可をとる必要がありますし、お金も支払う、というのはハッキリしてますけど。

久保田:普通に言及するくらいだったら、よほどでない限り特に何も起きないってことね。

三谷:しかも、マドンナさんの場合だと、もう公共の人物だとも言えますよね。みんな知っている人ですし、ある意味、その情報はパブリックなものだから、プライバシーを侵害したとも言えないだろうなって思うし。

久保田:そうだよねぇ。ちょっと例になるかわからないけど、ひとつ話してもいいですか?

三谷:はいはい。

久保田:以前、とある小劇場で観た演劇の話なんですけれど。それがずっとアーノルド・シュワルツェネッガーの話をしてて、話が進むとシュワルツェネッガーの変装をした人が出てくるの。

三谷:どんなストーリーなんですか(笑)。

久保田:で、最終的には大道具みたいなのでシュワちゃんの神輿みたいなのが出てくるの。

三谷:(笑)

久保田:いかにも小劇場っぽくて、僕はけっこう面白いと思ったんだけど。それはともかく、お金取って上演している演劇って「商用」ってことになるから、理屈としてはシュワちゃんに対してなにがしかの対価が発生してもおかしくはないじゃないですか。

三谷: まぁ、そうですね。実際にどこまでその人をネタにして演目にしているかもありますけれど。シュワちゃんありきじゃないとダメな作品なのだとしたら、ご本人から「あんた、オレの名前と見た目と肖像とか、そういうのを活かして収益上げたんだったら、一部配分しなさいよ」となってもおかしくないですよね。

久保田:でも、あれは絶対払ってないと思うし、「これは払うべきだろう!」とも思わないよね、一般的な感覚として。

三谷: これが、たとえばメジャーリーグのものとかになると、そこはまた難しい世界だったりするんですよね。

久保田:メジャーリーグのものっていうと?

三谷:メジャーリーグのチームそのものとか、実際の映像とか、いろんな商品とか。それを使うことのハードルはけっこう高いと聞いたことがありますね。

久保田:なるほどね。セリフとして文言として出すことと、映像の中にその人だと明確に認識できるものを表示することとではまったく違うじゃないですか。今、三谷氏が言ったのは後者のほうですよね?

三谷: そうです。たとえば、大谷翔平がプレーしている実際の映像を使うのはハードル高いけど、「アナハイムエンゼルス」って字幕に出ても、対価を支払うことはさすがにないかなと。

久保田:例えば「ホームアローン」的な映画で、「パパもママもお出かけしちゃうの? 今日はエンゼルスとマリナーズの試合なのに!」ってセリフがあったとして、両チームがブチ切れることはないよね、たぶん。

三谷:それもすごい状況ですね(笑)。けど、まぁそうですね。あとは、「商標」だったら、それを使うのにきちんと利用料を支払わないといけなかったりするんですが、昔ちょっと問題になったのが、「ハングオーバー!! 史上最悪の二日酔い、国境を越える」であったんですよ。

久保田:なにかあったの?

三谷:登場人物のひとりが、マイク・タイソンがしているのと同じデザインのタトゥーをしていて、それを勝手に使ったということでマイク・タイソン側が映画側を訴えた、みたいなことがあったんです。

「ハングオーバー!! 史上最悪の二日酔い、国境を越える」
「ハングオーバー!! 史上最悪の二日酔い、国境を越える」

久保田:へぇー!

三谷: だからそこは許可取らなきゃいけなかったんだな、というところなんですが。そんな感じでハリウッドは訴訟社会なんですが、一番よく言われるのが、「お前、俺のアイデアをパクっただろ!」みたいな話ですよね。

久保田:あるねー、それ。

三谷:「私が思いついたアイデアだったのに、他の人が先に形にしちゃって。あれはパクリだから訴えるわ!」みたいな話があったりするわけですが、これは割と明確になっているんですよ。

久保田:はいはい。

三谷:一般にどこまで知られているかわからないんですが、アイデアそのものには、「著作権」はないんですね。

久保田:うんうん。

三谷:たとえば、「ある人間が1カ月限定で神様になります」みたいなストーリーアイデアがあったとして、それ自体には著作権はないわけです。それを具体的な何かしらの表現に落とし込んで――たとえば、文章や、トリートメントみたいな2、3ページほどの概要書とか、脚本とかに起こしてみて――初めて著作権は発生するんです。

久保田:だから形にしないとだめってことだ。

三谷:口頭で「こんなの面白いかなと思うんだよね」みたいな時点では、それはもう誰の物にもなりえてしまう。だから、「口頭で話す場合も気を付けましょう」「何か大事なことは先に文字にしてしまったほうがいいですよ」とよく言われます。

画像2

三谷:ちょっとここからマニアックな話になってきますが、特に日本とアメリカとでは「著作権」に関する大きな違いがありまして。

久保田:そうなんだ。

三谷:日本だと、あるものを作って、形になって表現されたものは、もう作られた時点で著作権が発生するというのが基本的な考え方で、その物を作った人、書いた人、あるいは表現した人が著作者になるのが一般的なんですね。

久保田:ハリウッドは違うの?

三谷:アメリカのエンタメ業界とかだと「職務としての著作」という考え方があるんですよ。つまり、自分が作ったものでも、誰かから作るようにって依頼されて、しかも仕事として対価が発生しているものに関しては、その著作権は、仕事をオファーしてきた人のものになりますよ、という約束事があったりします。この著作権の管理というのがけっこう日米で違いがあるので、揉め事の原因になることもあります。

久保田:へぇ~。

三谷:「商業として完全に会社が全ての著作権を持つ」みたいな形が作れてしまうのがアメリカ的なやり方で、それによっていろんなビジネスを、簡単に、スムーズに行えるという一方で、著者の力がすごく弱くなってしまうところがどうしてもあるんですよね。

久保田:なるほど。アメリカって「人格権」は消えるんですか?

三谷:はいはいはい。さらにマニアックな話になっていきますね。

久保田:「著作権」には、「著作隣接権」っていう著作物に隣接する権利があって、それに「著作者人格権」と「著作財産権」というのがあるんですよね。「著作財産権」は、ざっくり言うとお金まわり全般のお話なんですけど、権利展開されていく中でも「これは私のものですよ」と言える権利が「人格権」みたいな感じなんですよ。

三谷:はいはい。

久保田:たとえば、僕が「ミタニカネヒラ物語」というのを書いたとしましょう。

三谷: ほうほうほう。

久保田:「ミタニカネヒラ物語」inネットフリックス。シーズン5!

三谷: ヒットしてる(笑)。

久保田:で、脚本書いたんだけど実際に撮影されたものを見て、「これありえん」と思いました、と。ただ、すごくヒットしてお金になるのわかってる。それでも私の作品を原作にしたとは言いたくない。そこで「これは違います」って言えるのが人格権ですよね。

三谷:「人格権をもってこの制作をストップします」と言ったら通用する世界があったりするんですよね。

久保田:アメリカでもそれは通るの?

三谷:アメリカでは、それは通用したら当然困るので、「行使しません」ってことを約束させるという形で一応収まっています。つまり、「著作者人格権を不行使とします」という契約を結ぶんですね。

久保田:出た。「不行使」。

三谷:「放棄」という言い方もあったりするんですが、厳密には「放棄」は間違いなんですよ。別に捨てたからと言って人格権は無くなるものではないので、と法律の専門家の方たちが言うんですけども(笑)。

久保田:そうなのよ。

三谷:元々あるものを別の形で作る場合、その別の形で作ろうとする人のやろうとしていることをストップできる要因はいくつかあって、そのうちのひとつが「著作者人格権」です。あとは、たとえば監修をする権利があったりするんですね、「監修権」みたいな。

久保田:ありますね。

三谷:ただ、監修権を権利元側にあげることってほぼないんですね。なぜなら、監修権は「承認する権利」だから、承認しない、つまりストップをかける権利をあげちゃうことになる。そういうリスクが生まれるから、あくまでそこは「コンサルテーション権」という形――意見を言うことはできる権利みたいなものですね――として渡して、最終的な承認、つまり「監修権」は、映画スタジオが持つ約束事にするんです。

久保田:そうなんですよねー。いやー権利の世界は難しい!

三谷:難しいんですよね(笑)。

久保田:ただ、こんな難しい話をしてきて、これからちゃぶ台ひっくり返すようなこと言いますけど。

三谷:どうぞ。

久保田:普通に、人間関係です。

三谷:人間関係ね(笑)。

久保田:たとえば、何かしらの原作を映像化する話があって、原作と脚本を比べたら、全然話の筋が違うって場合でも、監督さんと作家さん仲良かったりすると「全然オッケー!面白い!やっちゃおうよ!」ってこともあるし。「作家さんが僕の作品のめちゃくちゃファンなんですよ」みたいな。

三谷:はいはい、なるほどね。

久保田:そうなると、もう何がルールなのってなりますよね。

三谷:本当のリアルは確かにそうですね。

久保田:あと、権利の話をするときに、「著作者人格権」っていうワードを使ってる時点でもう揉めるんですよね。普通使わないから、人格権がどうって。

三谷:そうですね。信頼関係がそこにはないっていうのが見えちゃいますよね。

久保田:だから、何かそういう揉め事が起きて「著作者人格権」云々ってワードが出てくるくらい信頼関係が崩れちゃってたら、何を交渉しても通らないので、切腹最中を持っていくしかないですね(笑)


この回の音声はPodcastで配信中の『下から目線のハリウッド』(アウト?セーフ?映画にまつわる「権利」のハナシ)でお聴きいただけます。

筆者紹介

三谷匠衡のコラム

三谷匠衡(みたに・かねひら)。映画プロデューサー。1988年ウィーン生まれ。東京大学文学部卒業後、ハリウッドに渡り、ジョージ・ルーカスらを輩出した南カリフォルニア大学の大学院映画学部にてMFA(Master of Fine Arts:美術学修士)を取得。遠藤周作の小説をマーティン・スコセッシ監督が映画化した「沈黙 サイレンス」。日本のマンガ「攻殻機動隊」を原作とし、スカーレット・ヨハンソンやビートたけしらが出演した「ゴースト・イン・ザ・シェル」など、ハリウッド映画の製作クルーを経て、現在は日本原作のハリウッド映画化事業に取り組んでいる。また、最新映画や映画業界を“ビジネス視点”で語るPodcast番組「下から目線のハリウッド」を定期配信中。

Twitter:@shitahari

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