コラム:下から目線のハリウッド - 第21回

2021年11月5日更新

下から目線のハリウッド

ハリウッドでは「映画スター」という存在がなくなりつつある?

沈黙 サイレンス」「ゴースト・イン・ザ・シェル」などハリウッド映画の制作に一番下っ端からたずさわった映画プロデューサー・三谷匠衡と、「ライトな映画好き」オトバンク代表取締役の久保田裕也が、ハリウッドを中心とした映画業界の裏側を、「下から目線」で語り尽くすPodcast番組「下から目線のハリウッド ~映画業界の舞台ウラ全部話します~」の内容からピックアップします。

今回のテーマは、「映画スター」。業界内では「スターはいなくなりつつある」と言われていますが、そんな「スターの定義」とは? 映画製作におけるバリューの変遷とともにスターの意味を語っていきます。


三谷:今日は「スター」についての話をしたいと思うんですけれど。

久保田:アメリカでも「スター」っていう呼び方はするんですか?

三谷:しますね。意味としても日本で使われているのと同じニュアンスです。久保田さん、「スター」と言われて、誰が思い浮かびますか?

久保田:真っ先に頭に浮かんだのは、錦野旦(にしきの・あきら)さんですね。

三谷:たしかに(笑)。ではなくて、今回はハリウッドのスターについての話をしたいので、ハリウッドの映画スターと言うと誰ですかね?

久保田:トム・クルーズとか?

三谷:おお~。トム・クルーズは間違いなくスターですよね。で、そんなトム・クルーズは、業界では、ハリウッド最後のスター、「ラスト・ムービースター」だと言われたりしています。

「ミッション:インポッシブル フォールアウト」
「ミッション:インポッシブル フォールアウト」

久保田:そうなの? でも、そのあとに出てきた人でもすごい人気の俳優さんはいそうな気がするけど。

三谷:そうですね。たしかに、人気がすごい俳優さんというのはいまも存在するんですが、「スター」と呼ぶほどかというと、実はそうでもなくなってきている、というのがハリウッドでの通説になってきているんですよね。ここで考えてみたいのは、「スター」をどう定義するのか、というところですよね。久保田さんはどういうのが「スターの定義」だと思います?

久保田:うーん。生々しい話だけど、例えば、「総製作費の80%以上がその俳優さんのギャラになる=スター」かなぁ。

三谷:それはまたすごい額ですね(笑)。

久保田:80%は言い過ぎだとしても、「何%以上じゃないとその仕事は受けないよ」って言える人な気がする。

三谷:ほうほう。

久保田:つまり、「その人がいないと映画として成立しないから、それだけのギャラをくださいよ」って言えるくらいの人。

三谷:その定義は、生々しいですが、あながち遠くないです(笑)。

久保田:お。マジで?

三谷:業界内でよく言われるのは、「その人が出ているから、お客さんがその映画を観に行く俳優=スター」ということですね。その人が出演していれば、どんな役柄であろうと、どんなストーリーであろうとも観に行くということです。さっき久保田さんがおっしゃったように、そういう俳優さんが出ていれば興行収入もある程度は見込めますし、映画の興行的成功に貢献する度合いが結果的にギャランティに反映もされる面もあります。

久保田:なるほどね。

三谷:一応、業界での定義はざっくりとそんな感じなんですけれど、同時に、今の時代そういう意味でのスターはなかなかいないよね、という話もあるんです。もちろん、人気の俳優さんは大勢いらっしゃるんですけれど、「この俳優さんがこの興行を支える」というレベルでのスターは、この10年くらいで見られなくなってきていると言われています。

久保田:えー。たとえば、レオナルド・ディカプリオとかは?

三谷:そうですね。レオナルド・ディカプリオもものすごく人気も実力もある俳優さんですけれど、それこそ「タイタニック」が公開されたあの頃みたいに、彼が出ているからこぞって皆が観に行く、という感じではなくなっていますよね。そういう意味では、さっき言ったような「スター」とまでは言えないかなと。

「タイタニック」
「タイタニック」

久保田:なるほどね。「世界的に人気がある」とか「演技がものすごく上手い」っていうのとは、また別の軸で「スター」というのは定義されている感じだ。

三谷:そうですね。人気・実力があったうえで、さらに飛び抜けた存在という言い方もできるかもしれないです。

久保田:でも、昔はそういう俳優さんがいっぱいいたような気がするよね。

三谷:そうなんです。どうして前述したような定義での「スター」がいなくなったのかということなんですけれど、そこにはいくつか要因があると思うんです。

久保田:うんうん。

三谷:ひとつ大きな要因として、今のこの時代って、「どういうものさしで観る映画を決めるか」が、昔と比べて、だいぶ変わってきているんじゃないかなと。それこそ昔だったら、「トム・ハンクスとジュリア・ロバーツが共演している映画なのか! これは期待できるから観に行こう」という考え方がみんなの頭のなかにあったんですよ。

久保田:たしかに。

三谷:それが今は、どちらかと言えば「スター・ウォーズの続編だから」とか「ピクサーの映画だから」といったような傾向になってるんですね。

久保田:価値の中心が、出ている人じゃなくて、ブランドだったり原作だったりに置き換わってるわけだ。

三谷:そういうことです。

久保田:でも、なんでそういう潮流になったんだろうね。

三谷:それは、巨額の予算をかけた大作や、人気のある原作を採用する商業路線に大手のスタジオが大きくシフトしていったから、というのが挙げられるでしょうね。

久保田:それで言うと、NetflixやAmazon Primeとかもオリジナルで映画やドラマを制作しているけれど、俳優さんよりも原作にかなり投資しているように見えるよね。

三谷:それも潮流のひとつかもしれないです。でも、ネット映画の領域でも、「スター」と呼べるところまでは届いていないかなという印象ですね。たとえば、「ストレンジャー・シングス」という作品で人気になったミリー・ボビー・ブラウンがブレイクしてたりするんですが、ここで話している定義での「スター」かと言ったら、ちょっと違うのかなと。

「ストレンジャー・シングス 未知の世界」
「ストレンジャー・シングス 未知の世界」

三谷:もうひとつ言われているのは、インターネットの普及ですね。ネットが出てくる前って、お客さんが触れられる情報って限りがあったじゃないですか。

久保田:映画だったらその手の雑誌だったり、テレビでのインタビューとか。

三谷:そこにインターネットが登場して、爆発的に一般の人が触れられる情報が増えていって、相対的に「メディアに出ている人に対しての神秘性」は失われていった面はあると思うんですよね。

久保田:SNSで私生活が垣間見えたりね。

三谷:そうですね。手の届かなった人たちが身近になったのは、ファンにとっては嬉しかったりするんですけどね。インスタグラムとかツイッター、フェイスブックといったSNSが出てきたことによって、一般の人が影響力を持てるようになったのも、相対的にスターの価値を下げていったともいえます。今だったら、個人で発信して影響力を持つ、インフルエンサーと呼ばれる人が登場したりして、昔はもっと少数の、映画とかテレビにでるような人たちだけに割り当てられていた「スター」という存在が、どんどん分散されていったということもあると思います。

久保田:そういう意味では、映画で賞を獲った作品が必ずしも興行成績を叩き出せなくなっているっていうのも、象徴的なのかもしれないね。

三谷:それはありますね。2010年代頃からそういう流れはあって――私がハリウッドに留学していたのもちょうどその頃なんですが、フィルムスクールでも「だんだんとスターはいなくなってきている」ということを授業で先生に真顔で言われました。

久保田:そうなんだ。

三谷:ちょうど2011年にトム・ハンクスジュリア・ロバーツが共演した「幸せの教室」という映画があったんです。でも、その映画が興行的に初週末アメリカで1310万ドルと出だしが調子悪く、最終的な興行成績も想定されていたほどの成功ではなかったんですね。

「幸せの教室」
「幸せの教室」

久保田:二人ともすごく有名だし、賞とかも獲ってる人たちだよね。

三谷:そうです。それまでは「この二人が出ているからテッパンでしょ」と思われていたのに、フタを開けてみたらそこまでいかなかった。そこでにわかに、「スターという存在は、もう有効ではないのでは?」という疑問が出始めてきたわけです。そこから予算を大きくかける商業映画の台頭もあって、スターを軸にした映画製作に翳りが見えてきたわけです。

久保田:それで言うと、たしかにトム・クルーズが「ラスト・ムービースター」だって言われるのもわかる気がするなぁ。

三谷:「スター」に関することで、ちょっとした話なんですけれど。昔は、スタジオ専属の俳優さんがいたりしたんですよね。つまり、「その人が出ていることによってお客さんが映画を観にいく」という俳優さんをそれぞれの映画スタジオが抱えていて。そういう俳優を育成するために、毎週、給料を出して、レッスンを受けさせて、といったような「スターシステム」があったんです。

久保田:日本で言ったら「東宝シンデレラ」(沢口靖子長澤まさみ上白石萌歌などを輩出した女優オーディション)みたいな。

三谷:それに近い仕組みですかね。ただ、それも徐々にシステムとしては機能しなくなりつつあって。存在として「スター」がいなくなることはないと思いますけれど、「何に価値を置いて映画を観にいくか」という観客の欲求として、「出演する人」という要因は割合として小さくなっているのかもしれないですね。

久保田:たしかに。自分が今、どういう動機で映画を観ようって気持ちになっているかを改めて見つめ直してもいいかもしれないね。

三谷:なるほど。改めて自分の中での映画スターって誰だろうって考えてみたり、どういう感覚で映画を選んでいるのかを振り返ってみると違った映画との向き合い方ができるかもしれないですね。


この回の音声はPodcastで配信中の『下から目線のハリウッド』(#49 ハリウッドでは絶滅危惧種!?「スターシステム」の凋落!)でお聴きいただけます。

筆者紹介

三谷匠衡のコラム

三谷匠衡(みたに・かねひら)。映画プロデューサー。1988年ウィーン生まれ。東京大学文学部卒業後、ハリウッドに渡り、ジョージ・ルーカスらを輩出した南カリフォルニア大学の大学院映画学部にてMFA(Master of Fine Arts:美術学修士)を取得。遠藤周作の小説をマーティン・スコセッシ監督が映画化した「沈黙 サイレンス」。日本のマンガ「攻殻機動隊」を原作とし、スカーレット・ヨハンソンやビートたけしらが出演した「ゴースト・イン・ザ・シェル」など、ハリウッド映画の製作クルーを経て、現在は日本原作のハリウッド映画化事業に取り組んでいる。また、最新映画や映画業界を“ビジネス視点”で語るPodcast番組「下から目線のハリウッド」を定期配信中。

Twitter:@shitahari

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