コラム:下から目線のハリウッド - 第1回
2021年1月22日更新
ハリウッド業界は日本以上の「○○○社会」!? 中から見ないとわからないハリウッドのキャリアパス
「沈黙 サイレンス」「ゴースト・イン・ザ・シェル」などハリウッド映画の制作に一番下っ端からたずさわった映画プロデューサー・三谷匠衡と、「ライトな映画好き」オトバンク代表取締役の久保田裕也が、ハリウッドを中心とした映画業界の裏側を、「下から目線」で語り尽くすPodcast番組「下から目線のハリウッド ~映画業界の舞台ウラ全部話します~」の内容からピックアップします。
連載初回となる今回は、「ハリウッドの映画業界にはどんな人たちがいるの?」という素朴な疑問がテーマ。ハリウッドの業界を中から見渡すと、じつは「○○○」な人たちがいっぱい? 映画やニュースを見るだけではわからない、知られざるハリウッドのリアルをお届けします!
久保田:ハリウッドって、業界に入ってくる人に対してウェルカムな感じなんですか? それともクローズドな感じなんですか?
三谷:ハリウッドは完全に「ムラ社会」ですね。日本のエンタメ業界もそういった側面はあるかもしれないですけれど、「一見さんお断り」みたいなところはあります。何かしらコネクションがある、何かしら関連の仕事をしている、もしくは家族が業界で有名とか、そういう人がやっぱりハリウッド業界では多数派ですね。
久保田:そうなんだ。
三谷:だから、「新しい俳優さんが出てきたな」と思って見てみたら、実は有名な監督の子どもだったとか。「ネポティズム(=身内びいき)」という言葉があるんですけれど、まさにそれですね。たとえば、ソフィア・コッポラは、実際に実力のある監督であり脚本家なんですけれど、やっぱりお父さんが「ゴッドファーザー」や「地獄の黙示録」のフランシス・フォード・コッポラだからこそ、より業界にアクセスできている面はあると思うんです。そこは身内のチカラが強いですよね。
久保田:たしかにね。じゃあ、業界に入る手立てとして「学校」っていうのはどうなんですか?
三谷:フィルムスクールというのは、ある意味でその「ムラ」に入っていくための一般の人にただひとつ開かれている「隙間」みたいな感じではありますね。そこからスッと業界に入っていければ、そのまま仕事として続けやすくなると思います。
※フィルムスクール:映画製作のプロフェッショナルを育成するための大学。国立の映画大学のほか、大学の映画学部も含む。アメリカ西海岸だとロサンゼルス、東海岸だとニューヨークが聖地。とくにUSC/AFI/UCLA/NYU/Columbiaのフィルムスクールは五大フィルムスクールと呼ばれる。三谷は大学を卒業してUSCに留学。
久保田:フィルムスクール同期生たちで「一緒にやろうぜ!」みたいなこともあるんですか?
三谷:そういうこともありますし、業界にその学校の卒業生がたくさんいると道が開かれやすいのはあります。
久保田:日本で言うと、「省庁とかに行くんだったら東大のほうがいいよね」みたいな感じ?
三谷:そうですそうです。「あの省庁にはサークルの先輩が何人もいるよね。だからOB訪問もいっぱいできて情報もいっぱい入ってくるし、キャリアを開きやすいよね」みたいな。まさにそういう世界です。
久保田:それを聞くとすごく日本っぽい。本当に「ムラ」な感じがあるんだ(笑)。でもたしかに、外資系の会社でも意外にガッチリ封建主義で高学歴社会っぽいところってあるしね。
三谷:たしかにそうですね。ハリウッドもフタを開けてみると「アイビーリーグ出た人たちばっかりじゃん」みたいな世界ではあります。
※アイビーリーグ:アメリカの伝統ある私立大学8校の総称。「ハーバード大学」「イェール大学」「ペンシルバニア大学」「プリンストン大学」「コロンビア大学」「ブラウン大学」「ダートマス大学」「コーネル大学」(創立順)を指す。どの大学も世界の大学ランキング上位に名を連ねている。
三谷:だから、よくイメージされる「アメリカの田舎から20ドル札だけ握りしめて、ハリウッドにやってきました!」みたいなアメリカンドリームは――なくはないんでしょうけれど――かなり珍しいと思いますね。
久保田:実際、ハリウッドはどこの大学出身の人が多いんですか?
三谷:まず、五大フィルムスクールというのがあって、西海岸系が3校と東海岸系が2校あるんです。まず西海岸系は、僕が行った学校なんですが「USC(University of Southern California=南カリフォルニア大学)」。あとは「AFI(American Film Institute:アメリカン・フィルム・インスティチュート) 」と「UCLA(University of California, Los Angeles=カリフォルニア大学ロサンゼルス校)」です。東海岸系は、「ニューヨーク大学(New York University:NYU)」と「コロンビア大学(Columbia University)」の2校。これが有力な5校と言われています。
久保田:早慶上智みたいな感じだ。学年で何人くらいいるんですか?
三谷:全校合わせて500人くらいじゃないでしょうか。正確な数字はちょっとわからないですけど、ともあれ「映画の世界に入りたいからフィルムスクールに行く」というのはひとつの道ですね。あとハリウッドは、フィルムスクールとは関係なく単純に高学歴な人は多いですね。
久保田:それは作り手じゃなくてビジネスパーソン的な意味で?
三谷:ビジネスパーソン的な意味「も」そうですし、作り手にもけっこういます。もっと言えば俳優さんにも多いです。
久保田:そういえば、エマ・ワトソンってかなりいい大学行ってましたよね。
三谷:彼女はブラウン大学ですね。大女優のメリル・ストリープはイェール大学だったりしますし。ハーバードの人もいっぱいいますね。
久保田:みんな高学歴なんだ。映画関係ないけどパックン(パトリック・ハーラン)はハーバードだよね(笑)。
三谷:ですね(笑)。そうそう。日本だと「高学歴芸人」みたいな売り出し方をしている芸人さんはいらっしゃいますけど、ハリウッドだと「高学歴」がジャンルにならないくらい数は多いんですよ。
久保田:なんでそういうふうになってるんですか?
三谷:いろいろな理由はあるんでしょうけれど、ひとつには、ハリウッドで働いているOBが母校の現役学生を引っこ抜いたりする仕組みがあるんですよね。だいたいどの大学にもOB会ってあると思うんですけれど、たとえばハーバード大学のOB会には「ハーバード大学の“ハリウッドにいる人たちの”OB会」があるんですよ。「ハーバード・ウッド」と呼ばれているんですけれど。
久保田:へ~!
三谷:そういうところに「インターンを募集!」とか「アシスタントを探してるんだけど」みたいな求人情報が優先的に回ってきて、そこから仕事につなげていく若者が多いですね。
久保田:日本の銀行の就活みたいだね。大学のゼミに銀行に勤めている先輩が来て、「興味ある人いる?」って聞かれて、手を挙げると高確率で入行できるっていうのを彷彿とさせる(笑)。
三谷:青田買いの世界ですよね。別のキャリアパスだと、大学の学生新聞――東大だったら「東大新聞」で記事を書いていたことがスタートというケースがありますね。ハーバードの例ですが、「Harvard Crimson」という大学の新聞があって、ここの卒業生がエンタメ業界に旅立つ事例は多いですね。たとえば、その記事でコメディっぽいことを書いていた人が、そのままコメディ番組のライターになって、さらにステップアップして自分がコメディショーのMCになって、みたいなキャリアパスです。最初のほうで話した「何かしら関連の仕事をしている」というパターンに近い感じですね。
久保田:話を聞いていると、ぶっちゃけアメリカンドリーム感はないですよね(笑)。フツーにメチャメチャ勉強を頑張って、いい大学に入って、学校で人間関係を構築して、ツテで……っていうほうがハリウッドの世界に入れる可能性高そうですね
三谷:結果的に、そういう傾向はありますね。
久保田:――って考えると、丸腰で日本からハリウッドに挑戦ってすごく確率低い話ですよね。それでも当たる人はいるんでしょうけど。
三谷:さすがに丸腰はキビしいですね。こういう世界だって知っていたら「一般の人は入っていけないじゃん!」ってなると思います。
久保田:三谷さんはそこに入っていったんだ。
三谷:僕の場合は、運命的なめぐり合わせでたまたまフィルムスクールに行けたということがフット・イン・ザ・ドアと言いますか、業界に入っていけたキッカケになったわけです。それがなかったら行きようも関わりようもなかったと思います。
久保田:日本もハリウッドもどの業界も、結局は変わらないですね。
三谷:たぶんシリコンバレーとかウォールストリートも似たような世界なんでしょうね。
久保田:その界隈だと「お前、どこの大学出てるんだ?」って聞かれて「日本の大学です」って答えたら全然相手にされなかったっていう人はやっぱりいますよ。それで、その人は投資を受けるのとコネクションをつくるためにアメリカの有名な大学に入り直したんですけど。いやー、つくづくアメリカってそういう社会なんだなぁ。
三谷:たしかに学歴がモノを言うみたいなところはあるとは思います。ただ、それって必要なんじゃないかなという面もあるんですよね。
久保田:どういう意味ですか?
三谷:映画って、なんだかんだ言って「基礎学力」が必要な部分があるんですよ。たとえば、俳優さんだったら、いろんな世界、いろんな時代、いろんな空間の人を、できるだけ「リアル」に演じるわけじゃないですか。その世界や時代や空間に役として入るためには、モノサシというか、理解するための土台があったほうがいいわけです。学校の科目に置き換えると「国語」とか「歴史」とか。でも、そこが抜け落ちているとトンチンカンな演技になってしまうこともあるので、やっぱり基礎学力としていろいろなことを知っていて、理解している人のほうが上手くいくと思うんですよね。そういう意味では、脚本とかセットとか音響とかに関わる人も一緒ですよね。
久保田:たしかに。文脈や背景を知っていたり理解できていたりすることは大事ですよね。本当になんでも勉強ですね。
三谷:そうですね(笑)。
この回の音声はPodcastで配信中の『下から目線のハリウッド』でお聴きいただけます。
筆者紹介
三谷匠衡(みたに・かねひら)。映画プロデューサー。1988年ウィーン生まれ。東京大学文学部卒業後、ハリウッドに渡り、ジョージ・ルーカスらを輩出した南カリフォルニア大学の大学院映画学部にてMFA(Master of Fine Arts:美術学修士)を取得。遠藤周作の小説をマーティン・スコセッシ監督が映画化した「沈黙 サイレンス」。日本のマンガ「攻殻機動隊」を原作とし、スカーレット・ヨハンソンやビートたけしらが出演した「ゴースト・イン・ザ・シェル」など、ハリウッド映画の製作クルーを経て、現在は日本原作のハリウッド映画化事業に取り組んでいる。また、最新映画や映画業界を“ビジネス視点”で語るPodcast番組「下から目線のハリウッド」を定期配信中。
Twitter:@shitahari