コラム:芝山幹郎 テレビもあるよ - 第16回

2011年1月31日更新

芝山幹郎 テレビもあるよ

映画はスクリーンで見るに限る、という意見は根強い。たしかに正論だ。フィルムの肌合いが、光学処理された映像の肌合いと異なるのはあらがいがたい事実だからだ。

が、だからといってDVDやテレビで放映される映画を毛嫌いするのはまちがっていると思う。「劇場原理主義者」はとかく偏狭になりがちだが、衛星放送の普及は状況を変えた。フィルム・アーカイブの整備されていない日本では、とくにそうだ。劇場での上映が終わったあと、DVDが品切れや未発売のとき、見たかった映画を気前よく電波に乗せてくれるテレビは、われわれの強い味方だ。

というわけで、2週間に1度、テレビで放映される映画をいろいろ選んで紹介していくことにしたい。私も、ずいぶんテレビのお世話になってきた。BSやCSではDVDで見られない傑作や掘り出し物がけっこう放映されている。だから私はあえていいたい。テレビもあるよ、と。

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「ザ・エージェント」

公開から15年。いまだにトム・クルーズの ベスト・パフォーマンスとの声が高い
公開から15年。いまだにトム・クルーズの ベスト・パフォーマンスとの声が高い

紋切型から入って紋切型をうっちゃる。私は封切り時に「ザ・エージェント」の特質をこうまとめたことがある。

あれから15年経ったいまも、その考えに変わりはない。ただ、よくよく注意を払うと、「うっちゃり」という言葉は正確さを欠く。ここで用いた「うっちゃり」が、土俵際の一発逆転とはいささか趣を異にするからだ。

いいかえれば、脚本・監督のキャメロン・クロウは、映画がはじまって間もなく、「わざとのように」土俵際に押し込まれる形を取ってみせる。彼は、そこから押し返す。それも、やみくもに押し返すのではない。主人公をさんざん迷わせ、サブプロットの枝葉をにぎやかに繁らせ、複数の登場人物に「アイ・ラブ・ユー」の告白をさまざまな形で変奏させるのだ。そして気がつくと……観客は意外な場所に連れ出されている。

私は、この辛抱強さを買いたい。逆襲を急がず、心情に流れず、手数を惜しまず、キャプラワイルダーへの敬意を忘れず、なおかつ主演のトム・クルーズには抑えた芝居を要求する。単純なようでいて複雑な手法だ。

すると、映画が脈打ちはじめる。いや、脈打つというより、局面に応じて色を変えはじめるのだ。良心の危機を覚えて窮地に立たされたスポーツ・エージェント(彼は当然、金がすべての世界で生きている)が、どのように難局を打開していくか。一見単純な主題を設定しながら、クロウは、そこから先のなりゆきを重層的なタッチで描き出してみせる。

ここが「ザ・エージェント」の見どころだ。押し込まれて踏みとどまり、ジグザグを描きながら押し返していく。なおかつクロウは、「ハートが空だと頭は無意味だ」という黄金律を、映画の随所に忍び込ませている。ならば、彼に倣って私もいおう。愚直な押し返しがあったからこそ、手の込んだ変化技も生きてきたのだ、と。

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ザ・エージェント

WOWOW 2月11日(金) 13:30~15:49

原題:Jerry Maguire
監督・脚本:キャメロン・クロウ
出演:トム・クルーズキューバ・グッディング・Jr.レニー・ゼルウィガー
1996年アメリカ映画/2時間18分

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「心のともしび」

ジェーン・ワイマン(右)とロック・ハドソン。翌年も 2人はサーク監督の「天はすべて許し給う」に揃って主演
ジェーン・ワイマン(右)とロック・ハドソン。翌年も 2人はサーク監督の「天はすべて許し給う」に揃って主演

もはやありえないこととは思うが、ある時期までダグラス・サークの映画は二重の誤解にさらされてきた。

第一の誤解は、彼の映画を陳腐なメロドラマと決めつけてしまうことだ。

第二の誤解は、ピンクやグリーンを大胆に用いる彼の色彩設計を見て、「キッチュ」などという言葉を振りまわしてしまうことだ。

心のともしび」にも、そんな誤解に汚染された過去があった。なにしろ、冒頭から極端なお話が展開される。1台の蘇生器が移動されたばかりに、馬鹿な遊び人(ロック・ハドソン)が生き延び、善行を積んできた聖人が死んでしまうのだ。しかも遊び人は聖人の未亡人(ジェーン・ワイマン)に恋をし、強引な迫り方が原因で彼女を失明させてしまう。

今風にいうなら、ほとんど「むちゃぶり」の世界だ。キッチュと感じる人は、ここで早々と憫笑してしまったのだろう。

しかし、サークはもっと奥が深い。

顕著な例は、明と暗のコントラストだ。

先ほども述べたように、サークは華やかな色の服や花や車をとても印象的に使う。同時に彼は、ドイツ表現派の映像を連想させる陰翳を画面に定着させる名手だ。たとえば、欧州へ舞台が移動したあとの暗色の使い方には、ぜひとも注目していただきたい。

サークの特徴はもうひとつある。

彼は、この映画の登場人物をシニカルな眼で見ない。むしろ彼は、愚直なまでに正面から彼らを見つめている。だから、観客はけっして芝居の巧くないロック・ハドソンを笑えなくなる。ハドソンは信じがたいほどまっすぐな芝居をする。サークも彼をまっすぐに演出している。ここは「心のともしび」の急所だ。この映画には、不器用なまでの正直さと舌を巻く技巧とが同居している。

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心のともしび

NHK衛星第2 2月14日(木) 13:00~14:49

原題:Magnificent Obsession
監督:ダグラス・サーク
音楽:ロイド・C・ダグラス
出演:ロック・ハドソンジェーン・ワイマンバーバラ・ラッシュ
1954年アメリカ映画/1時間49分

筆者紹介

芝山幹郎のコラム

芝山幹郎(しばやま・みきお)。48年金沢市生まれ。東京大学仏文科卒。映画やスポーツに関する評論のほか、翻訳家としても活躍。著書に「映画は待ってくれる」「映画一日一本」「アメリカ野球主義」「大リーグ二階席」「アメリカ映画風雲録」、訳書にキャサリン・ヘプバーン「Me――キャサリン・ヘプバーン自伝」、スティーブン・キング「ニードフル・シングス」「不眠症」などがある。

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