「血まみれギャングママ」「デリンジャー」 : 芝山幹郎 テレビもあるよ

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コラム:芝山幹郎 テレビもあるよ - 第11回

2010年11月10日更新

映画はスクリーンで見るに限る、という意見は根強い。たしかに正論だ。フィルムの肌合いが、光学処理された映像の肌合いと異なるのはあらがいがたい事実だからだ。

が、だからといってDVDやテレビで放映される映画を毛嫌いするのはまちがっていると思う。「劇場原理主義者」はとかく偏狭になりがちだが、衛星放送の普及は状況を変えた。フィルム・アーカイブの整備されていない日本では、とくにそうだ。劇場での上映が終わったあと、DVDが品切れや未発売のとき、見たかった映画を気前よく電波に乗せてくれるテレビは、われわれの強い味方だ。

というわけで、2週間に1度、テレビで放映される映画をいろいろ選んで紹介していくことにしたい。私も、ずいぶんテレビのお世話になってきた。BSやCSではDVDで見られない傑作や掘り出し物がけっこう放映されている。だから私はあえていいたい。テレビもあるよ、と。

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「血まみれギャングママ」

バーカー一家の面々。中央がシェリー・ウィンタース扮するケイトで、右端がロバート・デ・ニーロ バーカー一家の面々。中央がシェリー・ウィンタース
扮するケイトで、右端がロバート・デ・ニーロ
写真:AFLO [拡大画像]

私が「血まみれギャングママ」を初めて見たのは、テレビの深夜放送を通してだった。なんの気もなしに見はじめたらとんでもなく面白く、小さな画面に文字どおり吸い寄せられてしまったことをよく覚えている。たしか、1970年代中盤のことだ。

完全版のビデオをアメリカで手に入れて見直したのは、だいぶあとになってからだ。このときも手を叩いた。古びてはいなかった。

俺たちに明日はない」を連想してしまう題材とはいえ、「血まみれギャングママ」のポイントは犯罪者と大恐慌時代の関わりではない。こちらの力点は、ゆがんだ家族の描写にある。マ(母ちゃん)ことケイト・バーカー(シェリー・ウィンタース)を家長にいただく4人の息子たちのいびつな姿が、ここではくどいほど執拗な筆遣いで描き出されている。

凶暴な長男のハーマン(ドン・ストラウド)。同性愛者の次男フレッド(ロバート・ウォルデン)。異様に信心深い三男アーサー(クリント・キンブロウ)。そしてドラッグ中毒の末っ子ロイド(ロバート・デ・ニーロ)。

監督のロジャー・コーマンは、彼らの肖像を「へたうま」を思わせるタッチで描き出す。ハーマンはすぐに暴れ、フレッドの恋人ケビン(ブルース・ダーン)はケイトとも寝る。そしてロイドの崩れ方は尋常ではない。誇張は多いが、説得力も豊かだ。

コーマンは、ケイトの支配力も撮り忘れない。4人の息子たちを心理的かつ性的に支配する怪物的な母親の姿は、なんといってもこの映画のハイライトだ。外部に向かうときのバーカー一家は徹底してアナーキーで、内部でくすぶるときの彼らは徹底して病的だ。コーマンは、その視点をぶれさせない。70年代の匂いがそこかしこから漂ってくる映画だが、放埓と病いが化合すれば、その映像は見る側の脳裡に否応なくこびりつく。

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血まみれギャングママ

WOWOW 11月22日(月) 9:40~11:10

原題:Bloody Mama
製作・監督:ロジャー・コーマン
出演:シェリー・ウィンタースパット・ヒングルロバート・デ・ニーロブルース・ダーン
1970年アメリカ映画/1時間30分

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「デリンジャー」

ウォーレン・オーツ扮するジョン・デリンジャー(右)。「パブリック・エネミーズ」(09)ではジョニー・デップが演じた ウォーレン・オーツ扮するジョン・デリンジャー(右)。
「パブリック・エネミーズ」(09)ではジョニー・デップが演じた
写真:AFLO [拡大画像]

ジョン・ミリアスの名は、2本の映画で残った。「ビッグ・ウェンズデー」と「デリンジャー」だ。「風とライオン」や「イントルーダー」などの作品も監督しているし、「ロイ・ビーン」の脚本を書いたことも忘れられないが、彼の白眉はやはりあの2本に尽きる。

それも、第一印象のベストは「デリンジャー」だ。70年代中盤から80年代初頭にかけての封切作品でいうなら、私はウォルター・ヒルの「ロング・ライダーズ」とペアを組ませたい。どちらの映画も、空間と抒情に対する嗅覚が発達していた。つまり、眼と胸の両方に沁みる映画、ということだ。ま、あの時代の、私の気分もあったのだが。

「犯罪王」と呼ばれたジョン・デリンジャーは1933年から銀行強盗に手をそめ、翌34年の夏に生涯を閉じた。もちろん実在の人物で、映画もほぼ実話に沿っている。撃って盗んでまた撃って、一度捕まったあとは脱獄に成功し、ふたたび追いつめられて窮地を脱するものの、最後には逃れがたい宿命が待っている。

ミリアスは、そんなデリンジャー(ウォーレン・オーツ)の逃亡劇を、FBI捜査官パービス(ベン・ジョンソン)の姿と対照させながら描き出していく。描写のタッチも予想どおりだ。荒々しくてタフで血まみれで、しかし一掬の哀惜は否応なくこぼれてしまう。

そんなふたりの対照をふくらませるのが、デリンジャーの側近ともいうべきギャングたちの描写だ。ベビーフェイス・ネルソンも、ハンサムボーイ・フロイドもハリー・ピアポンも、虫けらのように消されていくわけではない。いやむしろ、ミリアスは彼らにも短くて地味な挽歌をささげる。「デリンジャー」は記憶に残る映画だ。リトル・オデッサの襲撃場面にあふれるダイナミズムなどは、繰り返し見ても飽きることがない。

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デリンジャー

WOWOW 11月23日(火) 9:10~11:00

原題:Dillinger
監督・脚本:ジョン・ミリアス
出演:ウォーレン・オーツベン・ジョンソンハリー・ディーン・スタントンリチャード・ドレイファスジェフリー・ルイス
1973年アメリカ映画/1時間48分

[筆者紹介]

芝山幹郎

芝山幹郎(しばやま・みきお)。48年金沢市生まれ。東京大学仏文科卒。映画やスポーツに関する評論のほか、翻訳家としても活躍。著書に「映画は待ってくれる」「映画一日一本」「アメリカ野球主義」「大リーグ二階席」「アメリカ映画風雲録」、訳書にキャサリン・ヘプバーン「Me――キャサリン・ヘプバーン自伝」、スティーブン・キング「ニードフル・シングス」「不眠症」などがある。

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