コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第77回
2019年11月27日更新
ポンピドゥー・センターでリチャード・リンクレーターの展覧会&特集上映
「恋人までの距離(ディスタンス)」(原題:Before Sunrise)に始まる“ビフォア”シリーズ3部作や「スクール・オブ・ロック」などで知られるリチャード・リンクレイター監督の展覧会と特集上映が、ポンピドゥー・センターで始まった。
テキサスを拠点にインディペンデントムービーとハリウッドを股にかけるリンクレイターの、パリでの展覧会というのは意外な気もするが、何年もかけて同じキャラクターを追ったユニークなアプローチ、あるいは「ウェイキング・ライフ」や「スキャナー・ダークリー」のような実験的な手法のアニメーションなど、そのチャレンジングな映画製作の姿勢がフランスでも高く評価されている所以である。オープニングにはリンクレイターとともに、長年の公私にわたる盟友のイーサン・ホークも駆けつけた。
展覧会は写真、ビデオ、未発表映像、そして映画の抜粋などの映像が中心。なかでも90年代初頭の時代の波と新しい若者像を抽出してみせた「スラッカー」「バッド・チューニング」といった初期の作品、主人公の12年間を追い、時間の経過と成長をフィルムに刻んだ他に類を見ない「6才のボクが、大人になるまで。」などがクローズアップされている。また「恋人までの距離(ディスタンス)」「ビフォア・サンセット」「ビフォア・ミッドナイト」の3部作は並列してビデオモニターで上映され、リンクレイターによれば、「3つ同時に見比べると新しい見方ができる」という。
本展のためにセルフポートレートを制作して欲しいというポンピドゥーの提案により彼が作った自演の短編「Where Do You Stand Today, Richard Linklater?」では、インディペンデントでマイペースな映画作家としてのスタンスを自ら茶化したユーモラスなコメディに仕立てている。さらに彼がスタジオや映画学校を運営するオースティン・ソサエティの紹介、また現在制作中の2つの新作プロジェクト「Apollo 10 1/2」「Merrily We Roll Along」(後者はなんと20年にわたる企画でリンクレイター風ミュージカルとか)についても紹介している。
今回インタビューに応じてくれたリンクレイターは本展について、「フィルムメーカーというのは常に今やっているプロジェクトに熱中しているものだし、正直提案を受けたときは驚いた。でもポンピドゥー・センターで展示できるなんてとても光栄だし、素晴らしいスペースだと思ったんだ。ひとつのプロジェクトに何年も時間をかけるというのは、正直最初から考えていたわけじゃない。“ビフォア”シリーズを始めたときも、最初から3部作にしようという頭はなかった。ただ企画ごとに、それに最も適したアプローチをしているだけなんだ。この仕事の素晴らしい点は、俳優やスタッフと長期間の関係が築けること。僕が二十代のときに読んで感化されたフランソワ・トリュフォーの言葉に、『映画とは自分の人生の一部であるべきで、それ以外のものではない』というのがあって、まさに僕のモットーになっている。僕にとって映画とは日常の延長と言えるものなんだ」と語った。
特集上映のオープニングでは、セルフポートレートの短編とともに「恋人までの距離(ディスタンス」が上映され、舞台挨拶にリンクレイターとホークが登壇した。リンクレイターは挨拶で、「今回の光栄な企画のなかでもっとも困ったのがセルフポートレートの注文でした。自分のドキュメンタリーにはしたくなかったので、フィクションの短編にしたのですが、カメラの前に立つためにはどうしたらいいかと考え、イーサン・ホークを真似しようと決めました」と言って、笑いを誘った。
一方ホークは、「ここに来られて本当に光栄です。パリで撮影した『ビフォア・サンセット』では、パリの街から大きなインスピレーションを得ました。その映画をここで上映できるなんて感激です。今日ジュリー(・デルピー)も来ていたら、ここで絶対おかしなジョークを言ってくれたでしょう(笑)。今日はリンクレイターが僕を真似したという短編を観たあと、ボクが彼を真似した映画を観て、みなさんどちらが好きか決めてください」と語り、会場を大いに沸かせた。展覧会と特集上映は20年1月6日まで開催される。(佐藤久理子)
筆者紹介
佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。
Twitter:@KurikoSato