コラム:佐藤久理子 パリは萌えているか - 第19回

2013年6月20日更新

佐藤久理子 パリは萌えているか

旬の話題作がずらり 今年のフランス映画祭の見どころは?

今年もフランス映画祭(6月21日開幕)の季節がやってきた。振り返れば、この映画祭も今年で21回目。仏国立映画・映像センター(CNC)の外郭団体ユニフランスが、最新のフランス映画を日本に紹介することを目的に、リヨンと姉妹都市でもある横浜を舞台に1993年に初めて開催。その後2006年に開催地を東京に移してからも、毎年多数の来日ゲストを迎えている。

「ローラ」
「ローラ」

横浜時代の後年から上映作品のセレクションに携わっているので、やや手前味噌のようになってしまうかもしれないが、今年はいつになくバラエティに富んだユニークな作品が集まったように思う。すでに日本に配給されることが決まっている作品も含めて、シリアスなドラマからラブコメやアニメーション、オペラの舞台裏を描いたドキュメンタリー「椿姫ができるまで」、クロード・ミレールラウル・ルイスという二大巨匠の遺作、そしてジャック・ドゥミの傑作「ローラ(1960)」の完全修復版の上映など、12本の長編と、中編短篇が並ぶ。

オープニングを飾るのは、以前このコラム欄でもご紹介したフランソワ・オゾンの「In the House(英題)」だ。リセに通う少年が、宿題の作文執筆を口実に同級生の家庭へ徐々に侵食していく様子を、サスペンス・タッチで描く。綿密に構成されたストーリーのなかで微妙な人間の心理が浮き彫りにされ、この監督らしいスパイスの利いた演出が冴えわたる。ちなみにオゾンはこれまでジェレミー・レニエリュディビーヌ・サニエを無名時代から起用するなど、新人発掘にも長けているが、本作で主役を演じたエルンスト・ウンハウワーも、新人とは思えないほど重層的な演技を披露している。今後が楽しみな新星だ。

そのオゾンの再来と騒がれているのが、「わたしはロランス」のグザビエ・ドランだ。弱冠19歳で監督デビューした子役出身の彼は、本作がすでに3本目にあたる24歳。その早熟な才能、ポップなセンス、皮肉の効いたユーモアなどがオゾンと比較される所以である。本作ではガールフレンドのことを愛していながらも「女にならずにはいられない」主人公の苦悩をシリアスに描写。主演のメルビル・プポーの抑制の効いた演技も手伝って、琴線に触れる物語となった。

「わたしはロランス」
「わたしはロランス」

最近フランスでヒットしたばかりの2本のロマコメ、ロマン・デュリス×デボラ・フランソワの「タイピスト!」と、リュディビーヌ・サニエ×ニコラ・ブドスの「恋のときめき乱気流」は、ともに若手人気俳優のチャーミングな魅力で見せる。ニコラ・ブドスは現在フランスで人気上昇中の若手だ。もうひとり、昨年カンヌ映画祭のある視点部門に出品された「黒いスーツを着た男」の主演男優ラファエル・ペルソナーズも、アラン・ドロン似の二枚目として注目を浴びている。

全作品中もっとも重厚なのが、尊厳死をテーマにしたステファヌ・ブリゼ監督の「母の身終い」だろう。余命いくばくもないことを知り、人生の幕引きを自ら決める老齢の母と、そんな彼女の姿を前になす術のない息子の姿を通して、死の選択という現代的な問題を見つめる。見終わった後の余韻は、ミヒャエル・ハネケの「愛、アムール」と並ぶ深さがある。音楽を、最近映画音楽作曲家としても実力を発揮するニック・ケイブが担当しているのも見逃せない。

ウェリントン将軍 ナポレオンを倒した男(仮題)」は、制作途中で惜しくも他界したラウル・ルイスの意志を引き継ぎ、パートナーのバレリア・サルミエントが完成させた152分の意欲作だ。一方「テレーズ・デスケルウ」は、クロード・ミレールが病を押して執念で完成させた遺作。2012年カンヌ映画祭のクロージング作品で、オドレイ・トトゥがフランス文学史に名高い悪女を彼女らしい繊細さで演じ、身近な人間像として血肉を与えた。

最後に、「ローラ」のジャック・ドゥミ絡みの情報をひとつ。現在パリのシネマテーク・フランセーズ(http://www.cinematheque.fr/)では8月4日までジャック・ドゥミの展覧会が開催されている。映画の小道具や映像資料を集め、ドゥミの映像世界さながら、鮮やかな色彩に満ちたポップな会場となっているのが楽しい。週末ともなればシネフィルのみならず子供連れのファミリーも集う人気ぶり。期間中にパリを訪れる予定のある方は、ぜひ覗かれることをオススメしたい。(佐藤久理子)

筆者紹介

佐藤久理子のコラム

佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。

Twitter:@KurikoSato

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