コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第275回
2016年6月30日更新
第275回:キャメロン・クロウがツアーの裏方に迫った新ドラマ「ローディーズ」
アメリカの有料チャンネルSHOWTIMEで、J・J・エイブラムスが制作総指揮を務める新ドラマ「ローディーズ(原題)」が始まった。このドラマを企画したのは、なんと「ザ・エージェント」や「あの頃ペニー・レインと」などで知られるキャメロン・クロウ監督だ。最近のクロウ監督はあいにく映画では不調だけれど、エイブラムス監督の誘いでドラマに初挑戦することにしたようだ。
タイトルでぴんと来た人がいるかもしれないけれど、「ローディーズ」はコンサートツアーを支える裏方(ローディー)を主人公にしたドラマだ。アメリカでアリーナツアーをしようとしたら、楽器の運搬や舞台や照明のセッティングまで大勢のスタッフが必要になる。この大所帯のスタッフがバンドと一緒に巡業することになるわけだが、ステージに立つミュージシャンとは違って、彼らが注目を集めることはない。そんな彼らが、新ドラマ「ローディーズ」の主役となる。華やかな世界を支える裏方に光を当てるアプローチは、スポーツエージェントを主人公にした「ザ・エージェント」と同じで、いかにもクロウ監督らしい。監督はもともと音楽ライターで、史上最年少でローリング・ストーン誌に寄稿した記録を持つほどだから、コンサートの裏側も知り尽くしている。これは期待できそうだと、第1話を見ることにした。
「ローディーズ」の主人公は、ステイトン=ハウス・バンドという架空の人気バンドを支える裏方たちだ。ルーク・ウィルソン演じるツアー・マネージャーと、カーラ・グギーノ演じるプロダクション・マネージャーがみんなのとりまとめ役で、部下にはさまざまな仕事をこなす個性派キャラが揃っている。クロウ監督が脚本・演出を担当した第1話では、彼らのコンサート前の仕事ぶりと平行して、さまざまな人間ドラマが描かれていく。だが、時間が経過するに従って、僕の期待はみるみるしぼんでいった。自分が知らない世界が描かれていて、キャラクターもみんな魅力的だけれど、ストーリーに厚みがないのだ。
登場人物はそれぞれ問題や欠点を抱えているけれど、音楽を愛する善人である点は同じ。しかも家族のような信頼関係でしっかり結ばれているから、彼らのあいだで対立は起きない。おまけに外部からの干渉もほとんどないから、大きな危機が発生しない。せいぜい札付きの可愛いストーカーが会場に潜入したり、運営会社から予算削減を求められるくらいだ。
いつのまにか、僕は頭の片隅でアーロン・ソーキンならこの素材をどう料理するだろうと考えていた。ソーキンと言えば、「ソーシャル・ネットワーク」や「スティーブ・ジョブズ」といった伝記映画の脚本家として知られているかもしれないけれど、ぼくは舞台裏ドラマの達人だと思っている。米政界を舞台にした「ザ・ホワイトハウス」にせよ、報道番組のスタッフを描いた「ニュースルーム」にせよ、高い志をもったプロ集団が、現実にうちのめされながら葛藤するさまを見事に描いている。台詞に依存しすぎだし、説教臭いきらいはあるものの、高いクオリティのドラマをコンスタントに生産していた。
そんなソーキンが手掛けるドラマと比較すると、「ローディーズ」は葛藤がなさ過ぎる。キャメロン・クロウ監督がドラマというフォーマットに慣れていないせいなのか、作家としてのピークを過ぎてしまったせいなのかは分からないけれど、とても残念なことだと思う。
唯一の救いは、イモージェン・プーツ演じる照明スタッフのケリー・アンというキャラクターだ。人生を捧げてきたバンドへの愛に疑問を抱き始めた彼女は、ローディーを引退し、映画学校へいこうか迷っている。決して大きな葛藤ではないけれど、等身大のリアルな悩みだけにほかのどのキャラクターよりも共感しやすい。とりあえず今後の展開を見守りたいと思う。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi