コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第217回

2013年3月12日更新

FROM HOLLYWOOD CAFE

第217回:時代ととともにグローバル化するVFX業界

「ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日」の一場面
「ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日」の一場面

同世代の映画ファンにとっては珍しくないだろうけれど、僕が映画に夢中になったのは、70年代後半から80年代にスピルバーグルーカスが生み出した一連の娯楽作品がきっかけだ。夢中になって映画館やレンタルビデオ店に通っていた高校生のころ、その後の自分に大きな影響を与えることになる本に出会う。父が海外出張の際にお土産として買ってくれた「Industrial Light & Magic: The Art of Special Effects」という洋書で、のちに「ジョージ・ルーカスのSFX工房」というタイトルで日本でも出版されている。

ルーカスのSFX工房であるILMの一連の仕事がまとめられていて、「スター・ウォーズ」旧三部作はもちろん、「E.T.」や「レイダース/失われたアーク《聖櫃》」などの見事な特殊効果がどのように作られたのか、貴重な写真とともに詳しく解説されていた。言ってみれば、手品の種明かしをしたものなので、この本がきっかけで興醒めしてしまった人がいるかもしれない。でも、僕は逆だった。映画が作り物であることは知っていても、どのように作られているのか、どれだけの人が関わっているのか見当もつかなかった僕は、その実態を垣間見ることができて、感激した。SFXアーティストたちの技術やアイデアに脱帽し、これだけたくさんの職人が手間と時間をかけてショットが完成するのだと知って、お気に入り映画に対する愛着がいっそう深まった。当時は、DVDの特典映像なんてなかったから映画の裏側を覗く機会なんてめったになく――そもそも当時はビデオとレーザーディスクしかなかった――、映画製作への興味を抱くきっかけとなったのだ。

それからコンピューターが発達し、SFXはVFXとなって、ますますハリウッド映画において特殊効果が果たす役割は大きくなった。いまでは、ヒット映画でVFXが用いられていない作品を探すほうが大変なほどだ。

それなのに、アメリカの特殊効果業界はいまピンチに陥っている。「ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日」で見事なVFXを手がけ、アカデミー賞も受賞した名門工房のリズム&ヒューズは今年2月に倒産。昨年も、「タイタニック」や「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」、「トロン・レガシー」などを手がけたデジタル・ドメインが倒産している。

近年、中国やインドなど人経費の安い国や、税優遇措置を行うカナダに拠点を置くVFX工房が躍進し、ハリウッド映画の受注を行うようになったため、カリフォルニアに拠点を置く老舗の工房も請求額をぎりぎりに下げなくてはならなくなった。代金は、仕上げたショットや作品に対して支払われるので、無駄な作業をさせられたり、何度もやり直しをさせられると、工房側の経費がかさむことになる。ハリウッド・レポーター紙に寄稿したデジタル・ドメインの共同設立者のスコット・ロス氏によれば、「タイタニック」は世界で20億ドル近くのヒットになったのに、デジタル・ドメインは赤字を被ったという。

VFXのグローバル化により、老舗の工房も、それぞれアジアやカナダに子会社を作り、コストを下げる努力をしている。しかし、安売り合戦をしても、疲弊するだけなのは目に見えている。仕事を受注するだけでなく、企画を自ら生み出すコンテンツ・プロデューサー側に立たない限り、生き残る道はなさそうだ。ILMを抱えるルーカスフィルムが、新「スター・ウォーズ」三部作の製作を決めたのも、こうした事情が背景にあるのかもしれない。

いずれにせよ、ハリウッド映画を支えているVFXアーティストたちが、しかるべき尊敬を得ていないのは残念でならない。

筆者紹介

小西未来のコラム

小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。

Twitter:@miraikonishi

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