コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第171回
2012年2月27日更新
第171回:他を圧倒する変幻自在の名女優、メリル・ストリープ
先日、アカデミー賞授賞式直前ということで、ある女性週刊誌の取材を受けた。アカデミー賞に関する読者の素朴な疑問に答えて欲しいというもので、箇条書きで質問が送られてきたのだが、ちょっと考えさせられてしまった。いや、質問自体が難しかったわけではない。たとえば、「ディカプリオが今年こそと言われながら、取れないのはなぜか?」という質問には、「主演映画『J・エドガー』がアカデミー賞レースで勢いがまったくないうえに、演技が力みすぎていたように思います」と答えたし、「アカデミー会員に好かれているのはどんな俳優ですか? 嫌われているのはどんな人ですか?」という質問にも具体的な名前を挙げて答えさせてもらった。でも、次の質問には当惑してしまった。
「ブラピやトム・クルーズ、ジョニー・デップ、キアヌ・リーブスなど日本で人気の高い役者さんが受賞しないのはなぜ?」
もし面と向かって訊かれていたら、きっと失笑していただろう。映画ファンにとってみれば、わかりきったことだからだ(ですよね?)。でも、映画をあまり見ない人にとっては至極まっとうな疑問であると悟ったとき、気恥ずかしさを覚えた。僕は映画の魅力を伝えるために日々なにかしら発信しているつもりだけれど、もしかしたら映画とドラマを浴びるように見るうちに、読者とのズレが生まれてしまったのかもしれない。そう反省するきっかけを与えてくれたのだ。
気持ちを改めてこの質問に答えると、「アカデミー賞は演技の上手な役者を表彰する場という建て前になっているから、映画スターが受賞するのは難しい」となる。でも、こう答えると、「映画スターは演技がうまくないの?」、「そもそも演技がうまいって、どういうこと?」という厄介な質問を浴びる可能性がある。
そもそも演技の上手、下手は主観的な判断だから説明が難しい。「演じるキャラクターが実在すると観客に信じこませること」が上手な演技の目安と言えるかもしれないけれど、もっとすっきりした説明はないだろうか?
そう考えているうちに、メリル・ストリープが頭に浮かんだ。
メリル・ストリープといえば、言わずと知れたハリウッドの大女優だ。彼女がすごいのは、あれだけ顔が知られているのに、演じる役柄のなかにすんなり隠れてしまうことだと思う。たとえば、トム・クルーズならば、何を演じてもトム・クルーズで、それは映画スターの持つカリスマの賜物と言えるかもしれないが、ハンデでもある。一方、ストリープはどんなキャラクターに変化できる才能を持っている。最新作「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」がいい例だ。マーガレット・サッチャー元首相という誰もが知る人物に真っ向から挑むばかりか、異なる年齢までを演じわけている。うわべだけのモノマネではなく、血の通ったリアルすぎるサッチャー像をつくりあげていて、鑑賞中はサッチャーにしか見えなかったほどだ。逆境のなかでも信念を貫く強さがあるからこそ彼女は頂点に辿りつくが、その長所こそが最大の命取りになるという展開が痛々しく、鉄の女と恐れられた女性の心の機微を繊細に描いている。
そうだ、これからは上手な演技とはどういうものか、と訊かれたら、こう答えることにしよう。メリル・ストリープのような演技をいうのだ、と。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi