コラム:編集長コラム 映画って何だ? - 第26回
2020年2月10日更新
アカデミー賞の歴史が変わった!「パラサイト」の作品賞受賞という大事件
「パラサイト 半地下の家族」がアカデミー賞の作品賞を受賞しました。アジアの映画で初めての作品賞、そして、外国語で制作された映画としても、初めての作品賞です。とてつもない快挙です。その受賞の瞬間、会場のドルビーシアターも盛り上がっていましたが、映画com編集部もかなり盛り上がりました。個人的に、まだ興奮がさめやらぬ状態です。
思えば「パラサイト」は、19年5月のカンヌ映画祭がワールドプレミアで、その時点ですでに観客の心をわしづかみにしていました。同映画祭で最高賞のパルムドールに選ばれたところから、今日にいたる9カ月にわたって、その名声は世界に拡散し、各国の映画祭や映画賞を席巻し続けました。もちろん、オスカーでも国際長編映画賞(昨年までの外国語映画賞)は確実と言われていました。結果は、それを含む監督賞、脚本賞、そして作品賞という4部門での受賞。
もうね、圧勝と言っていい。選挙で言うなら、地滑り的勝利。一方で「こんなことが起こりうるんだ」という驚きの気持ちも大きい。
アメリカ以外の国で、英語以外の言語で制作された映画が、作品賞に近づいた例は過去にも何度かありました。
まずは昨年、第91回の「ROMA ローマ」を挙げておきましょう。メキシコで制作され、全編がスペイン語となる「ROMA」はオスカー10部門にノミネートされ、外国語映画賞と監督賞、撮影賞の3部門で受賞しましたが、作品賞は「グリーンブック」に譲っています。
あとは第85回の「愛、アムール」(ミヒャエル・ハネケ監督)でしょうか。同作はカンヌでパルムドールを受賞し、アカデミー賞で外国語映画賞と作品賞、監督賞、主演女優賞など5部門にノミネートされましたが、受賞できたのは外国語映画賞のみ。
12年、第84回の「アーティスト」にもふれておきましょう。この映画はフランス映画として、初めての作品賞受賞作となりました(合計5部門で受賞)。ですが、これは無声映画なので、外国語映画賞にはノミネートされていません。
アカデミー賞の歴史を大昔まで遡ってみても、外国語映画で作品賞にノミネートされるのは非常にまれ。上記以外では第73回の「グリーン・デスティニー」と第45回の「移民者たち」という事例があるぐらいです。
では今回、ポン・ジュノ監督は、どうしてこんな快挙を達成できたのか?
それはもう「どんな観客をも納得させる、面白すぎる映画」を作ったからに他なりません。
私は、仕事柄「最近、何か面白い映画はありますか?」という質問を受けることが多いのですが、その質問に返す答えは、相手によって全然違います。
例えば、会社の若手にはテレンス・マリックをすすめますが、いつも散髪にいくヘアサロンのお兄ちゃんには「フォードvsフェラーリ」です。70歳を過ぎている映画好きの義母には「ジョジョ・ラビット」を推しておきます。「みんなにオススメできる映画」「みんなが楽しめる映画」って、実はあんまり多くない。
その点「パラサイト」は、誰にでもすすめることができる、希有な一本と言えます。今どきの社会、今どきの若者、今どきの家族に関する映画であり、韓国が舞台とはいえ、世界のどの国でも通じるテーマが横たわっています。しかも、登場人物たちの居住空間を示す「地上」「半地下」「地下」という階層構造が、物語の重要な設定と完璧にリンクしている。もう、プロットが見事すぎます。私が初めて本作を見た感想は「よく思いつくよな、こんな話」というものでした。
犯罪者だけど共感せずにいられない。バッドエンディングだけど、ちゃんと希望が残っている。実に複雑な余韻を残して終わり、見る者を考えさせずにはいられない。
そして「映画の力って凄い」と思わせてくれる。
私がこのコラムを始めたのは「カメラを止めるな!」を映画館で見たのがきっかけでした。それもやはり「映画の力って凄い」と思ったからに他なりません。今回の「パラサイト」のオスカー制覇は、「カメラを止めるな!」が成し遂げたことの何倍も凄いレベルでの成功ですが、本質的には同じ現象だと思っています。
「凄い映画を作れば、世界の頂点まで行ける」。今日は、それが証明された一日でした。ポン・ジュノ監督と、そのスタッフ・キャストの皆さんに、心からのお祝いを申し上げたいと思います。そして、アカデミー賞の歴史を変えていただいたことに、感謝です。
「パラサイト 半地下の家族」 配信中!
シネマ映画.comで今すぐ見る筆者紹介
駒井尚文(こまいなおふみ)。1962年青森県生まれ。東京外国語大学ロシヤ語学科中退。映画宣伝マンを経て、97年にガイエ(旧デジタルプラス)を設立。以後映画関連のWebサイトを製作したり、映画情報を発信したりが生業となる。98年に映画.comを立ち上げ、後に法人化。現在まで編集長を務める。
Twitter:@komainaofumi