コラム:編集長コラム 映画って何だ? - 第14回

2019年6月17日更新

編集長コラム 映画って何だ?

ハショる力がハンパない。オスカー案件「COLD WAR」の1時間28分

見る映画が決まっている場合、その映画に関する「もっとも重要な情報」は、「上映時間」ということで間違いありません。

先日「COLD WAR あの歌、2つの心」を見てきました。配給会社の試写室で夜7時からの上映でしたが、上映時間が1時間28分だったので、8時40分には近隣のレストランで一緒に行った同僚たちと乾杯してました。上映時間が1時間半より短いと、嬉しいことが起こります。

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映画を見る際には、事前に上映時間を調べ、何時何分頃に終わるのか推定し、その後の予定をあれこれ考える。それがデートであれば、ことのほか重要です。映画の後のディナーを何時に予約するか。あるいは、ディナーの時間が決まっていたら、終映後の空き時間をどう過ごすか考えなくてはいけません。また、上映時間が3時間に達するほど長ければ、トイレの心配もしなくてはならない。上映時間が一番重要。

私は、映画宣伝マン時代にこれを学びました。

プレス試写の受付をしていると、時折、評論家やメディアの方に質問されるのです。「この映画、上映時間は何分ですか?」って。「この映画の内容は?」とか、「監督は誰ですか?」とか聞かれることはありません。受ける質問は「上映時間は何分か?」と「公開日がいつか?」の2つだけ。

「COLD WAR」の話に戻りましょう。この映画は、昨年(2018年)のカンヌ映画祭で監督賞(パベウ・パブリコフスキ監督)を受賞した作品です。今年のアカデミー賞外国語映画賞にもノミネートされました。この部門は「ROMA ローマ」が受賞しましたが、「COLD WAR」はそれに次ぐ第2席との下馬評を得ていました。

パブリコフスキ監督は、前作「イーダ」(13)ですでにアカデミー賞外国語映画賞を受賞しています。2作連続でのオスカーノミネートは、控えめに言っても「偉業」でしょう。しかも今回は、外国語映画賞の他に、監督賞と撮影賞の3部門ノミネートです。

試写が始まりました。「1時間28分」を念頭に鑑賞していきます。ネタバレを回避するために、内容には深く踏み込みませんが、舞台は監督の故郷ポーランド。時代は第2次大戦直後、つまり「冷戦=COLD WAR」の時代。ポーランド人の民族意識を鼓舞するための、音楽団を結成しようと奔走する人々の活動から物語はスタートします。

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開映後5分、私は「音楽団が結成されて、個性豊かなメンバーが国中から集まって、スターも生まれ、紆余曲折を経ながらも民衆の支持を得てサステナブルな存在になる」という展開をぼんやり想像していました。ひとネタをきっちり語る映画かと。もしもドキュメンタリーの場合なら、ほぼそういう展開になります。

しかし、ほどなく映画はラブストーリーであることが判明します。さらに、恋愛と婚姻が一致しないというややこしい展開に。この間、舞台はポーランドにとどまらず、パリやベルリン、ユーゴスラビアとヨーロッパ各地を移動するのです。

この映画を「序破急」の3部構成とするならば、「序」から「破」への転換点は38分のあたりでしょう。舞台がパリに移るところです。しかしこの、主人公がパリに移るあたりの事情は、あんまり丁寧に描かれません。しかし、まったく説明しないのかと言えば、それも正しくない。

監督は、極めて重大なイベントを、たった一言の台詞や、もの凄くシンプルなワンカットで「サクっと語る」という凄技を何度も披露してくれます。

これは新鮮な驚きです。とんでもない才能だと思いました。

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分かりやすく説明してみましょう。本作の内容とは関係なしで。

例えば、映画の中で主演男優と主演女優が、2人でドライブに行くとしましょうか。ワンカット目、男が運転する車は颯爽とハイウェイを走っています。助手席の女は幸せそうな表情を見せています。ここで画面がブラックアウト。そして次のカットでは、葬式が営まれており、主演女優は頭に包帯を巻いて涙を流して参列している。「男は事故で死んだ」「女は怪我したけど生き残った」という状況を提示しています。交通事故のシーン、そしてその後2人が生死を分けるシーンなどは一切ない。そこから後は、主演女優のドラマが展開していく……。

そんな具合に、あまり説明せず、もの凄いハショり方をするので、観客は映画に集中せざるを得ません。「ええええ、何かおかしいと思ってたけど、あなたの仕事はそっち方面だったの?」とか「マジで? ここで一線を越えるのかと思ったけど、あなたのプライオリティーは違うところにあったのね」とか、ビックリする内容を本当にサクっと語る。

ボーっと見ていると、大事なポイントを見逃してしまうんです。

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結局、「COLD WAR」は音楽団勃興の話ではなく、数十年にもおよぶ、ある男女の、ヨーロッパの東側西側あちこちを舞台に繰り広げられる魂のラブストーリーでした。それがわずか1時間28分で語られ、ちゃんとオチがつく。

この映画、マジでオスカー相当だと思います。「ROMA」と同じ年になっちゃったのが不運だった。パブリコフスキ監督の映画は初めて見たのですが、ハショるスキルのインパクトがあまりに凄かったので、前作「イーダ」も見てみることにしました。TSUTAYAになくて、配信サイトにもなくて、AmazonでDVDを購入するしかなかったんですけどね。

アカデミー賞外国語映画賞に輝いた「イーダ」
アカデミー賞外国語映画賞に輝いた「イーダ」

そしたら「イーダ」の上映時間は、さらに驚きの1時間20分でした。こっちは「序」から「破」まで1時間8分かかるけど、その後の10分で映画の印象がひっくり返りますね。ハショりはそれほど派手に行われていませんが、随所に発見できます。

だけど「イーダ」よりも「COLD WAR」の方が数段凄い。見た人は皆、劇中何度も登場する「オヨヨ~の歌」(←正式タイトルは「2つの心」)が忘れられなくなるはず。映画の邦題にも組み込まれているその歌の旋律が耳に残って仕方ない。

公式サイトに監督のインタビューの抜粋がありました。

「……どうしたものかと呻吟した結果、こうした省略的な描き方に行き着いた。やがて、まとめ役となってくれる何かが必要になり、音楽がすべてを統合し、移り変わってゆく人間関係や時間や場所を見極めるのに手を貸す3番目の登場人物となった」

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120%納得です。盛大にハショられた物語を繋ぐロープみたいな存在として、あの歌がある。

白黒。スタンダードサイズ。88分。個人的に、今年上半期のベストフィルムです。(2019年)6月28日から公開。

筆者紹介

駒井尚文のコラム

駒井尚文(こまいなおふみ)。1962年青森県生まれ。東京外国語大学ロシヤ語学科中退。映画宣伝マンを経て、97年にガイエ(旧デジタルプラス)を設立。以後映画関連のWebサイトを製作したり、映画情報を発信したりが生業となる。98年に映画.comを立ち上げ、後に法人化。現在まで編集長を務める。

Twitter:@komainaofumi

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