コラム:細野真宏の試写室日記 - 第7回
2018年7月24日更新
映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。
また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。
更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)
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第7回 「コード・ブルー」。この映画が大ヒットすれば日本は変わるのかも?
2018年7月10日@東宝試写室
今年の夏休み映画は盛り上がりそうな予感がします。紹介し甲斐のある出来の良い作品が、思っていたよりも多く出てきています。
まず、現時点での邦画実写の興行収入のトップは、期待以上の結果を出している「万引き家族」。
カンヌ国際映画祭のパルムドールを受賞する前は、制作費や公開規模などから考えると、興行収入は6〜7億円くらいで合格だと思われていた作品だったので、興行収入10億円は突破してほしいと控えめに書きました。
ただ同時に「是枝裕和監督の現時点での集大成的な作品」だったので、できれば「是枝作品史上最高の興行収入を」が本音でしたが、まさか公開50日以内で興行収入40億円を超える大ヒットになるとは。
これは、公開直前に「目黒5歳女児虐待死」という痛ましいニュースが報じられることなどで作品にリアリティーが増し、カンヌの最高賞受賞の大々的なニュースに加えて、より大きく社会現象化したのだと思います。
この「万引き家族」は、近年まれにみる「運の良い作品」でもあって、もちろん運も実力のうちですね。
さて、そんな大ヒット話題作の記録を、この夏に更新するかもしれないのが「劇場版 コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命」です。
まず、この映画の資料を見た時に、思わず「あ!」っと言葉に出てしまいました。
実は私が映画業界と関わるようになってから、ずっと探していた名前をみつけたからでした。
今から10年以上も前のフジテレビ・連ドラ全盛期時に電話が私の事務所にかかってきました。
「新ドラマの監修をしてほしい」との要請でした。何のドラマだったかは忘れてしまいましたが、とにかく異常に忙しい時期だったことは覚えています。
ちょうどその日の仕事が終わったタイミングだったので「今からでよければ、事務所で会えますけど」と伝えると、急いでやって来た人物が印象に残っていたのです。
最初に原作本のような小説を見せられて「これをベースに台本を作る」といった話をされましたが、その時点で「あ、僕は活字が苦手なので、本は読めないです」と正直に伝え、それでもせっかくご足労いただいたので、とその場で2時間ほどアイデア出しのセッションをしました。
私は人の顔と名前をなかなか覚えられないという弱点がありますが、会話のスピード感が妙に合っていて不思議とこの時に出会った「増本淳」という名前は「へ〜。フジテレビにはこういう面白い人材がいるんだ」と覚えていたのです。
それからしばらくして私は映画業界に興味を見出すことになり、フジテレビの映画ではエンドロールに注目していましたが、なぜか全く見かけなかったのです。
「もうドラマ班を異動にでもなったのかな」とすっかり忘れていたタイミングで見かけ、「あ!」となったわけです。
そして、いろんな意味で「謎」が解けました。
なるほど、まさにこの10年にわたって「コード・ブルー」をやっていたわけですね。
増本淳・初プロデュース映画で、西浦正記監督も初映画で、いよいよ「増本組」と映画業界で対峙することになりました。
この流れからもわかるように、私は他にもいろんな仕事があるのでドラマは基本的には見られません。
ただ、この「コード・ブルー」は、かなり「監修」がしっかりしているのは、映画だけを見てもよくわかりました。
実は、私は映画の試写を見て、たまに「いたたまれない気持ち」になる時があります。
それは100%の「間違い」を堂々と解説してしまっている映画を見た時です。
数学をテーマにした映画で、重要な数式を思いっきり間違えて解説していたり、医療をテーマにした映画で、重要な疾患の定義を思いっきり間違えて解説していたり、でも、それらの映画でもエンドロールには「監修者」がクレジットされているんですよね…。
(いまだに映画業界において、この状況に出くわした時の対処法がわかりません)
この「監修者」の役割は本当に重要で、「コード・ブルー」では、次から次へと様々なタイプの患者と主人公らが出くわすことになりますが、リサーチをしっかりしていて、どのケースも十分なリアリティーがあります。
設定の作り方も面白く、なかなかディープでリアリティーのある過去などを、それぞれのキャラクターに背負わせているので、あまり他人事のようにならずに、それなりに感情移入できる工夫もされているのです。
「コード・ブルー」はヘリコプターを使い救命をするため、パッと見は「海猿」シリーズとかぶる気がします。
ただ、「海猿」はハリウッド的なダイナミックさがあった一方、「コード・ブルー」はあくまで「医療現場」が最大の舞台となります。そのため、多くの登場人物らの医療を通じた繊細なやりとりのリアリティーで勝負、という違いは大きいのかもしれません。
10年前に出来たドラマだから可能だったのかもしれませんが、新垣結衣と戸田恵梨香の主役級コンビは見慣れないせいか贅沢な驚きがありましたし、そこに山下智久がいる「コード・ブルー」という作品は、キャストとしては「海猿」よりも豪華ではないのでしょうか。
さらに、この作品には、連ドラで積み上げてきた「10年の重み」というのもアドバンテージとしてあります。
ドラマで主人公らを見てきた人たちであれば“何気ない一言”や“空気感”などの背景も共有ができるので、「コード・ブルー」ならではの独特な世界観による心理効果も、意外と大きく興行を左右する気がします。
1クールの連ドラであった「信長協奏曲」(2016年)の興行収入が46億1000万円もいったことを考えれば、「コード・ブルー」は50億円は超えるポテンシャルがあると思います。
(唯一の心配は、同時期に公開される大作映画の出来もいいので、それがどのように転がるのか、ですね)
「海猿」シリーズは権利関係で残念な結果になってしまいましたが、「コード・ブルー」は「海猿」よりもキャストの年齢層が下ですし、続編の余地はまだまだ大きいので、日本初(いや、世界初?)の大ヒット医療系映画として「海猿」に迫るくらいの存在になってほしいところです。
世界で一番早く高齢大国となった日本では、これから社会保障費が大きくかさみ、医療の再編が喫緊の課題としてあります。
今の日本の医療が世界でトップレベルを維持できているのは、実は、特に日本の場合は、この「コード・ブルー」で描かれているような医療関係者の「情熱」で支えられている部分が大きいのです。
ただ、いつまでもその「情熱」だけでは支えきれない現実もあり、医療現場は「コード・ブルー」でも少し垣間見られるような疲弊も起きています。
その、これから日本が直面する大きな課題も「コード・ブルー」で描くことができれば、政府や政治家のわかりにくい説明も不要になり、本当に必要な知識が伝わるようになる可能性さえある。
大きな希望のある「劇場版 コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命」が、興行的にどのような結果になるのか注目です。
筆者紹介
細野真宏(ほその・まさひろ)。経済のニュースをわかりやすく解説した「経済のニュースがよくわかる本『日本経済編』」(小学館)が経済本で日本初のミリオンセラーとなり、ビジネス書のベストセラーランキングで「123週ベスト10入り」(日販調べ)を記録。
首相直轄の「社会保障国民会議」などの委員も務め、「『未納が増えると年金が破綻する』って誰が言った?」(扶桑社新書) はAmazon.co.jpの年間ベストセラーランキング新書部門1位を獲得。映画と興行収入の関係を解説した「『ONE PIECE』と『相棒』でわかる!細野真宏の世界一わかりやすい投資講座」(文春新書)など累計800万部突破。エンタメ業界に造詣も深く「年間300本以上の試写を見る」を10年以上続けている。
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Twitter:@masahi_hosono