コラム:細野真宏の試写室日記 - 第301回
2026年1月8日更新

映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。
また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。
更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)
試写室日記 第301回 「コート・スティーリング」。「ブラック・スワン」監督の知名度は興行にどのくらい影響があるのか?

昨年における映画興行の最大のサプライズイベントとなったのは、個人的には細田守監督の「果てしなきスカーレット」だと考えています。
これまでの実績や監督の知名度を踏まえると、「そろそろ興行収入100億円の大台が狙える」というタイミングで、それに応えるべく制作期間も長めにとり、映画館サイドもそれに応えるべく座席を最大級レベルで用意していました。
ところが、想定以上に初速が弱く、口コミも良い方向に広がらず、興行収入10億円さえ厳しいという、残念な結果を生み出してしまいました。
この事案を簡単に総括すると、「予告編で興味を引けない作品の見通しは良くない」ということと、「監督名だけでは映画を見る動機になりにくい」ということでしょうか。

その流れで考えると、本作「コート・スティーリング」の場合は、「キチンとした解説」が必要な作品だと言えます。
まず、本作はダーレン・アロノフスキー監督作品ですが、この監督の存在がどこまで知られているのか、という課題があります。
ダーレン・アロノフスキー監督の代表作というと、アカデミー賞で「作品賞」「監督賞」「主演女優賞」「編集賞」「撮影賞」の5部門でノミネートされ、ナタリー・ポートマンが主演女優賞に輝いた「ブラック・スワン」(2011年)でしょう。

「心理スリラー」で、ホラー映画に近いような割とダーク目な作品でもありましたが、当初の小規模公開の予定から一変しアカデミー賞効果で日本でも大きな話題となり興行収入23.9億円という大ヒットを記録しました。
アカデミー賞関連作品は「ブラック・スワン」だけでなく、「ザ・ホエール」(2023年)では第95回アカデミー賞で「主演男優賞」「助演女優賞」「メイキャップ&ヘアスタイリング賞」の3部門でノミネートされ、ブレンダン・フレイザーの主演男優賞、メイキャップ&ヘアスタイリング賞の2部門で受賞しています。
また、ミッキー・ロークがレスラー役で主演し第65回ヴェネツィア国際映画祭で「金獅子賞」を受賞した「レスラー」(2009年)においても、第81回アカデミー賞において「主演男優賞」「助演女優賞」にノミネートされています。

このように、ダーレン・アロノフスキー監督作品は作品のクオリティーの高さには定評があるのですが、正直なところ個人的には当たり外れが多い印象も持っています。
それは、そもそものキャリアをスタートした長編デビュー作が象徴しているのかもしれません。
ハーバード大学出身者らしく、並外れたIQと数学に長けている主人公を描いた「π パイ」という長編作品を1998年に発表しているのですが、この作品でサンダンス映画祭の最優秀監督賞、インディペンデント・スピリット賞で新人監督賞を受賞するなど一躍脚光を浴びました。
いわば数字に取り憑かれた男を描いていて、株価から宗教に至るまで世界の事象は数式に基づいていると信じている男の物語です。
株価はさておき宗教を含めているのが象徴的で、それ以降も「精神的な世界」を描く作品が散見していて、その方向にいっている作品については個人的にはあまり相性が良くはありませんでした。

以上がダーレン・アロノフスキー監督作品について知っておきたいポイントですが、ここからは、それを踏まえて本作がいかに魅力的な作品なのかを紹介します。
まず、本作は「ダーレン・アロノフスキー監督初の楽しいエンタメ作品」なのです!
そもそもこの作品は1998年に描かれた同名の原作が存在していて、それをダーレン・アロノフスキー監督が非常に気に入っていました。

ただ、今回の映画化への道のりは長く、原作権が他に渡ったりもしていたのですが、権利は原作者に戻り、そして原作者自らが映画用の脚本として書き直し、映像化を望んでいたダーレン・アロノフスキー監督に託したのです。
そして、時代設定は原作通りの1990年代で、まさに長編デビュー作「π パイ」を撮って、住んでもいたニューヨークのマンハッタンが舞台にもなっています。
当時、ゲリラ撮影を敢行するなど知り尽くしている場所で、当時のスタッフも集めるのですが、彼らは今やダーレン・アロノフスキー監督と同様、錚々たるスタッフでもあるわけです。
これらの巡り合わせも非常に効果的に機能していて、終始展開の読めない興味深いアクション・クライムムービーに仕上がっていました。
俳優陣も、「エルヴィス」(2022年)でエルヴィス・プレスリーを演じて第95回アカデミー賞で「主演男優賞」にノミネートされて脚光を浴びたオースティン・バトラーが主演で全てのスタントを演じたり、主人公の恋人役には「THE BATMAN ザ・バットマン」でキャットウーマンを演じたゾーイ・クラヴィッツが献身的に主人公を支えて存在感を放っています。


このような背景を踏まえると判断可能ですが、日本での公開規模は220館規模と大規模ではないものの、決してハリウッド映画でありがちな「B級映画」ではないのです!
さて、日本におけるハリウッドメジャー作品は、超大規模公開作品を除けば、基本はP&A費よりも稼げれば利益となります。
おそらくP&A費は3000万円〜4000万円の規模感だと思われるので、興行収入1億円を突破できるかどうかが重要なラインとなりそうです。
もしヒットすると、その後の配信等の2次利用の際の利益が大きくなっていくビジネスモデルなのですが、実は本作の日本における劇場公開が発表されたのは今から2か月前の11月なので、それほど作品の認知度が上がっていない面もあるのです。

その一方で緊急公開が決まった背景には、厳し目な批評で有名なRotten Tomatoesで批評家85%、一般層83%(2026年1月8日時点)という高評価があるので、果たして日本ではどのようになるのか。
「ブラック・スワン」という名作を生み出したダーレン・アロノフスキー監督への注目度も徐々に上がっていくのを期待したいです。
筆者紹介
細野真宏(ほその・まさひろ)。経済のニュースをわかりやすく解説した「経済のニュースがよくわかる本『日本経済編』」(小学館)が経済本で日本初のミリオンセラーとなり、ビジネス書のベストセラーランキングで「123週ベスト10入り」(日販調べ)を記録。
首相直轄の「社会保障国民会議」などの委員も務め、「『未納が増えると年金が破綻する』って誰が言った?」(扶桑社新書) はAmazon.co.jpの年間ベストセラーランキング新書部門1位を獲得。映画と興行収入の関係を解説した「『ONE PIECE』と『相棒』でわかる!細野真宏の世界一わかりやすい投資講座」(文春新書)など累計800万部突破。エンタメ業界に造詣も深く「年間300本以上の試写を見る」を10年以上続けている。
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Twitter:@masahi_hosono









