コラム:細野真宏の試写室日記 - 第297回

2025年11月20日更新

細野真宏の試写室日記

映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。

また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。

更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)


試写室日記 第297回 細田守監督の勝負作「果てしなきスカーレット」の勝算は?

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今週末11月21日(金)から細田守監督最新作「果てしなきスカーレット」が公開されます。同作は「16世紀の中世デンマークの王女スカーレットが死者の国を旅する復讐の物語」を描いた作品です。

これまで細田守監督は、2006年7月「時をかける少女」、2009年8月「サマーウォーズ」、2012年7月「おおかみこどもの雨と雪」、2015年7月「バケモノの子」、2018年7月「未来のミライ」、2021年7月「竜とそばかすの姫」のように、3年おきに新作をリリースしていました。

それが本作では、4年を超える期間をかけての制作となり、関係者の初号試写が2025年10月にようやく行なわれています。

そのため、制作費も一気に跳ね上がることになるなど、かなり気合いの入った作り込みを行なっていたようです。

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制作方式も大幅に変えていて、例えば、これまでの作品では映像が出来上がってから声を入れる「アフレコ」でしたが、本作では絵コンテ段階で声の収録を先に行なう「プレスコ」に初挑戦しています。

前作の「竜とそばかすの姫」でもCGカットが増えていましたが、本作では総勢270名のCGスタッフを伴い、さらに2倍の期間をかけて制作に臨んでいます。

これまでの細田守監督作品の大きな特徴としては、あえて影を付けないシンプルな作画にすることで作業効率を優先してきていました(通常のアニメーション作品では人物に影を付けるのが常套手段です)。

これは、本作でも作画監督を務める山下高明のような“画力のあるアニメーター”が描けば、シンプルな作画でもキチンと成立するという仕組みがありました。

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今回は、新たな表現を目指して、2D(中世の現実世界)と3D(死者の国)のアニメーションを融合。特に大部分を占める3D(死者の国)のパートにおいて“日本のアニメーション”らしさを表現するのに苦心したようです。

また、キャラクターデザインは、ディズニー作品で「塔の上のラプンツェル」「ベイマックス」「アナと雪の女王」に参加し、前作「竜とそばかすの姫」ではCGキャラクターデザインを務めたJin Kimが担当。

加えて、名作「コララインとボタンの魔女」にてアニー賞の最優秀美術賞を日本人で初受賞し、ディズニー作品でも「ベイマックス」「リメンバー・ミー」などでコンセプトアートを務めてきた上杉忠弘もキャラクターデザインを担当しています。

これらの人選は、多くのキャラクターが「16世紀の中世デンマークの人たち」なので合っていたと思います。いずれにしても今回のキャラクターデザインは、これまでの細田守監督作品との違いを生んでいます。

以上のような結果、映像に関してはクオリティーの高い作品になっていると感じました。

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ただ、正直なところ、いくつか「課題」のようなものを感じました。

まずは、声優のキャスティングについてです。

予告編の段階から感じていたのですが、雰囲気が重めで勇ましい中世デンマーク王女という特殊な難役に芦田愛菜が合っているのかという点。

これまでの細田守監督作品の声優のキャスティングは上手くハマっていたのですが、今回だけは個人的にそれほどしっくりとはきていません。キャラクターとのシンクロ率が上手く上がらず相乗効果を生み出せていないと感じました。

そして、最も重要な点では、脚本についてです。

私は、このコラムでも書いてきたように、特に2006年の「時をかける少女」から細田守監督作品には好意的な立場にいます。

実際に本作でも「アニメーション表現」における細田守監督のディレクション能力には賞賛を送りたいと思います。

ただ、これもコラムで同時に書いてきたように、脚本については疑問符があったのですが、まさにその唯一ともいえる懸念点が本作では大きく成否を分けてしまうのかもしれません。

前作の「竜とそばかすの姫」ではツッコミどころの多い脚本だと感じていましたが、強いていうと「許容範囲」ではありました。

一方の本作では、もはやツッコミの意味すら感じにくい(そもそもツッコミは改善点を探す工程です)脚本で、頭を使って見ていくと「一体何を見せられているのだろうか?」という疑問さえも生まれてきました。

そのため、これまでの細田守作品とは違うスタンスで見るのが望ましいのかもしれません。

いずれにしても、やはり原案は細田守監督で良いと思うのですが、脚本自体は「おおかみこどもの雨と雪」までのように別の人を立て、あくまで「アニメーション表現」に徹するのが理想的だと考えます。

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では、ここで本作のビジネスモデルについて考察してみます。

まずは制作費ですが、4年を越える制作期間や作業工程を踏まえると最低でも20億円はかかっていると思われます。

場合によっては30億円なのかもしれませんが、以下のような出資企業の多さも特徴的です。

「製作幹事」は、スタジオ地図、日本テレビ、ソニー・ピクチャーズの3社。

「共同事業体」は、日本テレビ、ソニー・ピクチャーズ、KADOKAWA、東宝、スタジオ地図の5社。

「プロモーションパートナーズ」は、読売テレビ、電通、博報堂、ジェイアール東日本企画、ローソン、讀賣新聞、ムービック。

そして日テレ系列で中規模な、STV、MMT、SDT、CTV、HTV、FBS。

さらに他の日テレ系列である、RAB、TVI、ABS、YBC、FCT、TeNY、TSB、YBS、KNB、KTK、FBC、NKT、KRY、JRT、RNC、RNB、RKC、NIB、KKT、TOS、UMK、KYT。

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出資比率は、以下のように振り分けると100%になるので、おおよそのイメージはこんな感じだと思われます。

「共同事業体」では、日本テレビ34%、ソニー・ピクチャーズ12%、KADOKAWA10%、東宝10%、スタジオ地図3%。

「プロモーションパートナーズ」では、読売テレビ、電通、博報堂、ジェイアール東日本企画、ローソン、讀賣新聞、ムービックの上位7社はそれぞれ2%。STV、MMT、SDT、CTV、HTV、FBSの中位6社はそれぞれ1%。RAB、TVI、ABS、YBC、FCT、TeNY、TSB、YBS、KNB、KTK、FBC、NKT、KRY、JRT、RNC、RNB、RKC、NIB、KKT、TOS、UMK、KYTの下位22社はそれぞれ0.5%。

ちなみに、「共同事業体」や「プロモーションパートナーズ」といった他の映画では見かけないような表記になっているのは、本作が日本で定番となっている「製作委員会方式」ではなく、ハリウッド映画などで一般的な「LLP方式」(有限責任事業組合)だから。ですが、基本的な利益(または損失)分配については通常の製作委員会方式と大差はありません。

そして、宣伝については、電通と博報堂の両社が入っているのも象徴的です。P&A費は東宝配給関連では最大規模の3.5億円くらいだと思われます。

仮に制作費20億円、P&A費3.5億円とすると、日本の映画館での上映の段階でリクープするには興行収入60億円程度が必要となります。

ちなみに、制作費30億円の場合では興行収入の目処は85億円程度。となると、やはり制作費は20億円台だと考えます。

本作では日本でも共同配給を担っているソニー・ピクチャーズが海外配給を担当しますが、おそらく海外での収益はさほど見込めないのでは、と想定しています。

そのため、日本での興行が成否を分ける最大のカギとなりそうです。

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では、日本での興行収入はどのくらいになるのでしょうか?

目下、日本テレビでは金曜ロードショーで「細田守監督4週連続放送記念キャンペーン」を行なっていて、「おおかみこどもの雨と雪」「バケモノの子」に引き続き、公開日には「竜とそばかすの姫」、翌週には「時をかける少女」を放送して援護射撃を続けます。

ちなみに、「サマーウォーズ」については2025年8月1日に「果てしなきスカーレット」公開記念として、すでに放送されています。

このように、かなりの力の入れ様であることがわかりますが、実はスルーされている作品があるのです。

それは、「時をかける少女」から一貫して右肩上がりであった興行収入における“唯一の例外”となった「未来のミライ」。

バケモノの子」の興行収入が58.5億円を記録したのですが、「未来のミライ」では興行収入28.8億円と伸び悩んでしまったのです。

ただ、その次の「竜とそばかすの姫」では興行収入66億円となり、再び成長軌道に乗せることに成功しています。

“残念な作品”として扱われているように感じる「未来のミライ」ですが、私は、「未来のミライ」と「果てしなきスカーレット」のどちらが好きか、と問われたら、前者を選ぶのかもしれません。

これが個人的な目安なので、「果てしなきスカーレット」の興行収入は「未来のミライ」の28.8億円を超えるかどうかが大きなラインになりそうな予感がしています。

果たして結果はどうなるのか――才能のある監督だと思うので、今後も含めて注目したいと思います。

筆者紹介

細野真宏のコラム

細野真宏(ほその・まさひろ)。経済のニュースをわかりやすく解説した「経済のニュースがよくわかる本『日本経済編』」(小学館)が経済本で日本初のミリオンセラーとなり、ビジネス書のベストセラーランキングで「123週ベスト10入り」(日販調べ)を記録。

首相直轄の「社会保障国民会議」などの委員も務め、「『未納が増えると年金が破綻する』って誰が言った?」(扶桑社新書) はAmazon.co.jpの年間ベストセラーランキング新書部門1位を獲得。映画と興行収入の関係を解説した「『ONE PIECE』と『相棒』でわかる!細野真宏の世界一わかりやすい投資講座」(文春新書)など累計800万部突破。エンタメ業界に造詣も深く「年間300本以上の試写を見る」を10年以上続けている。

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