コラム:細野真宏の試写室日記 - 第292回
2025年10月2日更新

映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。
また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。
更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)
試写室日記 第291回 アカデミー賞最有力「ワン・バトル・アフター・アナザー」は、どこまで興行収入を伸ばせるか?

(C)2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.
今週末10月3日(金)から話題作「ワン・バトル・アフター・アナザー」が公開されます。
本作で注目したいのは、まずは何と言っても、アカデミー賞受賞経験のある個性派俳優3人の“競演“でしょう。

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主演は、言わずと知れたレオナルド・ディカプリオ(「レヴェナント 蘇えりし者」でアカデミー賞主演男優賞受賞)。
「反権力の革命家」として強烈なパートナーに引っぱられ、テンション高めで登場します。ただ、子供が生まれてからは子育てに比重をおいて、子供が育った「16年後」の普段の生活ではマリファナを吸ってラリったりしている、これまで見たことのないような新たなディカプリオを見ることができます。

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次に、硬派な役柄で知られるショーン・ペン(「ミスティック・リバー」と「ミルク」でアカデミー賞主演男優賞を2度受賞)。
本作では、これまでの役柄からは想像もつかない「ヘンタイ軍人」という表現が1番しっくりくる奇抜な役柄を見事に演じ切っています。

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そして、個性派俳優ベニチオ・デル・トロ(「トラフィック」でアカデミー賞助演男優賞受賞)。
日本語で「センセイ」と呼ばれる空手道場の先生役ですが、道場に畳があるのは当然として、昔の「スーパーマン」の日本版の映画のポスター(ポスターにカタカナで「スーパーマン」と書いてあります)があるくらいで、他には特に日本要素が感じられない不思議な役柄を独特な雰囲気で演じ切っています。
このように3人とも、これまでのキャリアを考えると“奇抜な役柄”なのですが、これらを可能にしたのは、監督と脚本を手がけるポール・トーマス・アンダーソン作品だからでしょう。
次に注目すべきは、鬼才ポール・トーマス・アンダーソンの監督作ということ。
1本1本を丁寧に作っていくタイプなので監督作品がそれほど多くはないのですが、作品を発表すれば、アカデミー賞をはじめ世界の映画祭で大きく注目され続けている存在です。
カンヌ国際映画祭、ベルリン国際映画祭、ヴェネツィア国際映画祭という3つの映画祭を「世界三大映画祭」と称していますが、その全てで「監督賞」を受賞できているのは、このポール・トーマス・アンダーソン監督の1人だけ!
そのため、本作が映画業界を中心に注目されるのは当然の流れというわけです。

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ただ、ここで、「へ〜、そんなに才能のある監督なのか。全く知らなかったよ」というような人もいるでしょう。
でも、そういう状況になっているのも理解できるのは、独特なカラーがあって「必ずしも大衆向きな作品ではないから」なのでしょう。
実は、これまで私も前評判が高くて試写を楽しみに見ても、「う〜む、なるほど」という感じで、結局、紹介するに至らなかった場合が非常に多かったのです。

(C)2007 by PARAMOUNT VANTAGE, a Division of PARAMOUNT PICTURES and MIRAMAX FILM CORP. All Rights Reserved.
取り上げたのは、2007年の「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」だけだったのかもしれません。
この作品は、非道な石油王を演じた主演のダニエル・デイ=ルイスの演技がとにかく圧巻で、これはアカデミー賞の主演男優賞は確実だろうと思いましたし、加えて、作品全体にも力強さがあり、今なお「見ておくべき1作」だと思っています。
実際に第80回アカデミー賞では最多8部門のノミネートを果たしています。また、興行収入の面でも、「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」がポール・トーマス・アンダーソン監督作品で最も稼いだ作品になっています。
そんな経緯や特徴のあるポール・トーマス・アンダーソン監督作品ですが、今回こうして紹介することには全く迷いはありませんでした。
なぜなら、今回の「ワン・バトル・アフター・アナザー」は純粋に面白い映画だからです!
間違いなく、これまでのポール・トーマス・アンダーソン監督作品の中で、最も万人向けの楽しい映画になっているのです。
製作費も、これまでより1桁違うくらいに増額していたり、カーチェイスなどのアクションシーンも数多くあったりと、これまでのポール・トーマス・アンダーソン監督作品とは作風もスケールも大きく違っています。
その一方で、これまでのように人物描写や音楽の使い方などは非常に上手いので、エンタメをしながら名作の領域にも達しているのです!
本作の特徴に上映時間が162分で、やや長めの作品というのがありますが、最近の大ヒット映画は「鬼滅の刃 無限城編」にしても「国宝」にしても、深みのある映画においては多くの人が“長いことに価値を見出している”ので本作においても、その点は問題ないと思います。

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物語では、前半の展開が「16年後」において重要な意味を持ってきます。本作のメインは「16年後」ではありますが、前半はキチンと時間を確保してしっかり描く必要性があるのです。
その「前半」との対比のもと「16年後」の父親役のレオナルド・ディカプリオの姿や、娘との関係性などが人物造形において深みを与えています。
とにかく予備知識は一切不要なので、これまでのポール・トーマス・アンダーソン監督作品を知っている人も知らない人も、予断を持たずに見てみてください。
きっと、これからの賞レースにも絡んでくると思うので、見た後のニュースにも関心を持てる“一粒で二度美味しい”ような作品なのです。

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さて、正直なところ、これまでのポール・トーマス・アンダーソン監督作品の日本における興行収入は残念な結果に終わり続けていましたが、本作で初めてそれなりの興行収入を叩き出せると期待したいです。
具体的には、まずは5億円。それを超えることができれば、アカデミー賞の呼び声も強くなっていくと思うので「口コミ」で、未到の10億円へ。
ここまで確変的な動きが出ると嬉しいですが、本作は一足早く先週のアメリカなどで公開が始まりましたが、アメリカの週末ランキング1位を筆頭に、「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」の最終興収を超えるのは確実。「ポール・トーマス・アンダーソン監督作品No.1映画」として、やはり日本でも興行収入10億円突破は見てみたい景色です。
筆者紹介

細野真宏(ほその・まさひろ)。経済のニュースをわかりやすく解説した「経済のニュースがよくわかる本『日本経済編』」(小学館)が経済本で日本初のミリオンセラーとなり、ビジネス書のベストセラーランキングで「123週ベスト10入り」(日販調べ)を記録。
首相直轄の「社会保障国民会議」などの委員も務め、「『未納が増えると年金が破綻する』って誰が言った?」(扶桑社新書) はAmazon.co.jpの年間ベストセラーランキング新書部門1位を獲得。映画と興行収入の関係を解説した「『ONE PIECE』と『相棒』でわかる!細野真宏の世界一わかりやすい投資講座」(文春新書)など累計800万部突破。エンタメ業界に造詣も深く「年間300本以上の試写を見る」を10年以上続けている。
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Twitter:@masahi_hosono