コラム:細野真宏の試写室日記 - 第24回

細野真宏の試写室日記

映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。

また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。

更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)

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第24回 「バイス」。映画は後世に語り継ぐべき真実を伝える重要な手段 後編

2019年2月15日@松竹試写室(配給元はロングライド)

おそらく私を含めて多くの人が、本作「バイス」をキチンと認識したのは、2018年12月7日ではないでしょうか。

それまで、ほぼノーチェックだった作品が、アカデミー賞の前哨戦である「ゴールデングローブ賞」において、単独で「最多6部門ノミネート」されたからです。

しかも、その6部門も、作品賞、監督賞、脚本賞、主演男優賞、助演男優賞、助演女優賞という文字通りの「主要部門」だったため、一気に“ダークホース的な本命候補”になったのでした!

ちなみに、次点の5ノミネート作品は、「グリーンブック」「アリー スター誕生」「女王陛下のお気に入り」でした。

早速、どんな映画だろう?と簡単に調べてみると、「アダム・マッケイ監督がディック・チェイニーを描いた作品」という説明を見た時に、すぐに「なるほど」と納得できました。

まず、日本では「華氏911」などのマイケル・ムーア監督はかなり知られた存在でしょう。ただ、私の感覚では、本作のアダム・マッケイ監督はマイケル・ムーア監督より数倍は頭脳が明晰だと思っています。

分かりやすい事例としては、アダム・マッケイ監督の前作「マネーショート 華麗なる大逆転」があります。

「マネー・ショート 華麗なる大逆転」
「マネー・ショート 華麗なる大逆転」

この「マネーショート 華麗なる大逆転」も「アカデミー賞」で作品賞、監督賞、脚色賞、助演男優賞、編集賞の主要5部門にノミネートされた「名作」です。

ただ、一般の人から見て「マネーショート 華麗なる大逆転」が名作に思えるのか、と聞かれると、ちょっと考えてしまいます。

というのも、「リーマンショックの前に経済破綻的な危機の可能性に気付いた金融マンたちの実話を描いた作品」なのですが、やはり「経済」という分野は難しいのですよね。

だから、いくら分かりやすく本作で解説されていても、一般の人がすべての内容についていくのは正直、厳しいかも知れないと思うからです。

普段から経済の解説をしている私の視点では、そもそも制作サイドが「経済」のディテールを理解できずに作ってしまっているため、本格的な経済に関する映画で「出来が良い」と思える作品は、文字通り「ゼロ」でした。そう、この「マネーショート 華麗なる大逆転」を見るまでは。

これだけミスをせずに緻密に論理を構成し、間違いのない作品を作り上げたわけですから、専門的な視点からは、正直「驚いてしまうほどの名作」だと断言できます。

アカデミー賞では、その脚本が評価され「脚色賞」を受賞しています。

そのアダム・マッケイ監督が今度は(一般的には「ジョージ・W・ブッシュ大統領」ばかりに目が行きがちな)「9.11」の周辺において、陰の首謀者である「バイス・プレジデント」である「ディック・チェイニー副大統領」を描き出しているのですから面白くないはずがありません!

ちなみに、アダム・マッケイ監督は「マネーショート 華麗なる大逆転」の前までは主に、「グリーンブック」のピーター・ファレリー監督と同様に「コメディ映画」を作っていたのです。

そのため「バイス」でも、シリアスに描きながらも、ところどころにユーモアを入れてきています。

この「バイス」の見どころは多数ありますが、「記者たち 衝撃と畏怖の真実」とは違って、ほとんど誰も知らないような話ばかりなので、解説するとネタバレを起こしてしまうのです。

そこで、「映画の意義」という視点で解説すると、例えばアメリカが「イラク戦争」を仕掛ける前に、「9.11」の黒幕は(石油大国の)イラクのフセイン大統領で「イラクが核爆弾などの大量破壊兵器を持っている!」という「大嘘」を信じ込ませる必要があるわけです。

そのために、当時は世界的に信頼されていた「アメリカのある閣僚」(ネタバレ回避です)に国連での演説を任せるのですが、その閣僚がのちに語った内容を紹介してもいるのです。

つまり、断片的なニュースが本作「バイス」でつながるのと同時に、「そもそもどうしてイラクだったのか?」などの根本的な疑問も解消してくれます。

実は、この映画は「現在」のニュースにも大きくつながっています。ここからは、映画では描かれていないので、簡単に解説します。

この「大嘘」による戦争に、一早く賛同したのは当時のイギリスのトニー・ブレア首相と日本の小泉純一郎首相でした。アメリカの「大嘘」によって少なくとも“数万人にも及ぶ大量殺害”が行われ、イラク戦争が終結した後、イギリスでは「独立調査委員会」が設立され、ブレア元首相が議会に召喚されて厳しい追及を受け「決断についての責任を全面的に受け入れます」など、謝罪の弁も述べました。

そのイギリスの調査委員会の結果が出た直後の2016年9月7日に小泉元首相は、外国特派員協会で、「大嘘」により少なくとも“数万人にも及ぶ大量殺害”が行われた「イラク戦争の判断をどう思っているか?」といった質問をイギリスの記者にされた際に、いまだに当時の自身の「イラク戦争支持」の姿勢について正当性を主張していました。謝罪も、後悔もなく。

その外国特派員協会の場では、原子力発電の政策については「すべて嘘だった、騙された、よくもこんな嘘を信じていたと自分を恥じました」と語る一方で、イラク戦争の支持については「間違えていない」……。

なかなか日本も面白い国なのかもしれませんね。

日本でも、アダム・マッケイ監督のような経済と政治をバッサリと切る名作を作れる監督や脚本家が生まれてきてほしいな、とつくづく実感します。

なお、本作「バイス」を見れば今年のアカデミー賞の「主演男優賞」というのは本当に超激戦だったのだなと、より理解できると思います。

本作で役作りのために体重を約20㎏も増量して臨んだクリスチャン・ベールが「ディック・チェイニー副大統領」を演じ、「ゴールデングローブ賞」では「ボヘミアン・ラプソディ」のラミ・マレックと共に主演男優賞を受賞しました!

ただ「アカデミー賞」の場合は、主演男優賞の枠は1つだけなので、クリスチャン・ベール(「バイス」)、ラミ・マレック(「ボヘミアン・ラプソディ」)、ヴィゴ・モーテンセン(「グリーンブック」)、ブラッドリー・クーパー(「アリー スター誕生」)、ウィレム・デフォー(「永遠の門 ゴッホの見た未来」)の5名から1名という本当に壮絶な戦いでした。

クリスチャン・ベールの「ディック・チェイニー副大統領」は顔も声も話し方もかなり似ていますが、アカデミー賞で助演男優賞にノミネートされたサム・ロックウェルの「ジョージ・W・ブッシュ大統領」もそっくりでしたし、助演女優賞にノミネートされたエイミー・アダムスも見事に「チェイニーの妻」を演じていました。

「アカデミー賞」では、作品賞、監督賞、脚本賞、主演男優賞、助演男優賞、助演女優賞、編集賞、メイキャップ&ヘアスタイリング賞と8部門でノミネートされていましたが、今回に関しては本当に強敵が多かったので「メイキャップ&ヘアスタイリング賞」の受賞だけでも仕方がなかったのかもしれませんね。

いずれにしても、そもそも作品全体の出来が良くなければ、ここまでの「主要部門での大量ノミネート」という評価にはならないのですから。

いよいよ日本で今週の金曜日(4月5日)から公開される「バイス」は、公開規模は100館くらいと決して大きくはありません。しかし「9.11」以降の大切な記憶がいつの間にかすっかり消えている私たち日本人には非常に重要で、「歴史的教訓」の真相を改めて探るとともに「映画の意義」を噛みしめるためにも、ぜひ見ておいてほしい作品です!

筆者紹介

細野真宏のコラム

細野真宏(ほその・まさひろ)。経済のニュースをわかりやすく解説した「経済のニュースがよくわかる本『日本経済編』」(小学館)が経済本で日本初のミリオンセラーとなり、ビジネス書のベストセラーランキングで「123週ベスト10入り」(日販調べ)を記録。

 首相直轄の「社会保障国民会議」などの委員も務め、「『未納が増えると年金が破綻する』って誰が言った?」(扶桑社新書) はAmazon.co.jpの年間ベストセラーランキング新書部門1位を獲得。映画と興行収入の関係を解説した「『ONE PIECE』と『相棒』でわかる!細野真宏の世界一わかりやすい投資講座」(文春新書)など累計800万部突破。エンタメ業界に造詣も深く「年間300本以上の試写を見る」を10年以上続けている。
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