コラム:ニューヨークEXPRESS - 第53回
2025年10月22日更新

ニューヨークで注目されている映画とは? 現地在住のライター・細木信宏が、スタッフやキャストのインタビュー、イベント取材を通じて、日本未公開作品や良質な独立系映画を紹介していきます。
「ローズ家 崖っぷちの夫婦」はカップルセラピー入門の教材 ジェイ・ローチ&トニー・マクナマラが挑んだ“名作”の新たな解釈

(C)2025 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.
「ローズ家 崖っぷちの夫婦」(10月24日公開)は、1989年製作の名作「ローズ家の戦争」を、オリビア・コールマンとベネディクト・カンバーバッチの主演でリメイクした話題作。今回は、有名俳優陣を見事に演出したジェイ・ローチ監督と、オリジナル作品「ローズ家の戦争」を新たな解釈で脚色したトニー・マクナマラにインタビューを実施。製作に至った経緯やキャスティング、楽曲の使用経緯、オリジナルとの比較を語ってくれた。

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【「ローズ家 崖っぷちの夫婦」あらすじ】
建築家のテオ(カンバーバッチ)と料理家のアイヴィ(コールマン)は、順調なキャリアやかわいらしい子どもたち、完璧な家庭生活に彩られ、誰もがうらやむ理想的な夫婦だった。ところがある時、テオの事業が破綻したことをきっかけに、2人の関係は音を立てて崩れ始める。心の奥底に秘めていた競争心や不満が火を噴き、最初は嫌味を言い合う程度だった応酬が、次第に口論、罵り合い、つかみ合い、やがては銃まで持ち出す事態へと発展する。一度は愛を誓い合った夫婦でありながら、互いに一歩も引かず、ありとあらゆる手段で攻撃し合うことになった2人は、文字通りの命懸けの夫婦ゲンカを繰り広げていく。

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――まずは、マクナマラさんへの質問です。オリジナル作品「ローズ家の戦争」と比べると、本作はより鋭い台詞の応酬が多く、より冷笑的でより正直な印象を受けました。オリジナル作品との差別化を図るにあたり、どのような演出を想定されていたのでしょうか?
トニー・マクナマラ:私はオリジナル版は大好きですが、ある意味、非常に身体的なドタバタ喜劇みたいなものでした。それは私のスタイルではありませんし、オリジナルで既に完璧に描かれたものを再現したくなかったんです。だから当初は、ジェイが話していたような再婚コメディ「フィラデルフィア物語」や、ハワード・ホークス風の作品、あるいは「ヴァージニア・ウルフなんかこわくない」のような対話と人物描写が中心で、離婚よりも結婚に焦点を当てた作品に興味がありました。そうした点が、オリジナルとの違いになると思ったんです。
――アイヴィとテオがカップルセラピーに通う場面では、会話が率直で辛辣で時に意地悪なこともあります。しかし、映画を観ていくうちに、彼らの話し方や互いを理解し合う様子が伝わってきて、そこが引き込まれるポイントでした。
トニー・マクナマラ:彼らの言葉遣いや理解し合う方法は、常に鋭く、ユーモアに満ちていました。セラピーのシーンは当初、物語の後半に配置する予定でしたが、ジェイが冒頭に移すという素晴らしい提案をしてくれました。そうすることで、彼らの会話のスタイルや、たとえどんなに辛辣な言葉を交わしても、その後1時間の展開を通じて「彼らは理解し合っている」と観客が納得できる構造が生まれたんです。でもそう――彼らの愛の形は、いつもそうだったと思っています。ジェイがよく言っていました。「あれが彼らの愛の言語なんだ」と。お互い理解し合ってる。でも、その言語が次第に厳しすぎて、耐えられなくなる。そして彼らは、もっと感情的に、あるいは弱さを見せて話す方法を知らない。だから結婚生活が崩壊し始めていくんです。

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――ローチ監督、今作にはドラマ、コメディ、ハイステークス(いちかばちかの出来事)、サスペンスなど様々なトーンが詰まっています。どうやって作品の一貫性を保てたのでしょうか?
ジェイ・ローチ :それは、脚本段階で既に確立されていました。トニーは本当に幅広い(文字による)演出力を持っている。Huluの傑作シリーズ「THE GREAT エカチェリーナの時々真実の物語」(トニー・マクナマラが製作総指揮・原案・脚本)を観ていたので、彼ら(カンバーバッチ&コールマン)が互いに殺し合おうとする役を演じながらも、同時に「この2人がどうやって共存する方法を見つけるんだろう」と思わせる演技ができると確信していました。だから私はただそれを信じていたんです。
でも、トーンも彼は非常に重要だと言っているんです。キャスティング自体がトーンを決める。そのトーンをどう表現するか、誰がその幅を表現できるか。オリヴィアとベネディクトのキャリア全体を見れば、彼らは本当に奇抜で面白いこともできるし、常にリアルさを保ちつつ、非常にドラマティックな場所にも行ける。今作で最もトーンの対比が際立つ、私のお気に入りの場面は、アイヴィとテオ、そして他の人々との夕食シーンの狂気じみた滑稽さです。そしてその直後、私が関わった中でも最も暗いシーンの一つへと移行します。ベネディクトとオリヴィアという俳優たちが、その全てを完全に真実味のある、リアルで共感できるものに見せたのです。彼らに共感せずにはいられません。

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――ローチ監督の妻スザンナ・ホフスさんとルーファス・ウェインライトさんが歌う「ハッピー・トゥギャザー」がサウンドトラックに収録されています。この楽曲が映画に使われることになった経緯についてお話しいただけますか?
ジェイ・ローチ:その質問をしてくれて、本当にありがたいよ。僕たちは長い間、今作にぴったりのサウンドを必死に探していたんだ。妻はすでに「ラブ・ハーツ」を歌うことを提案していて、試しに録音したんだ。「使わなくてもいいけど、この曲の雰囲気が映画に合うと思う」とね。
それで、その流れで僕の頭の中に「ハッピー・トゥギャザー」が浮かび始めたんだ。すると彼女は「ついでにこれも録音しておくね」と言ってくれたんだ。ついでに言うと、友人のルーファスが近くにいて、彼も参加してくれた。自宅に持ち込んだポータブル機材で録音したんだけど、これがすごく良い音に仕上がったんだ。
そして彼女がきっかけで、タイトルシークエンスは、アニメーションを使ったものを思いついたんだ。だから音楽面でこの映画に大きな影響を与えたのはスザンナだと認めざるを得ない。彼女は音楽に関わっていて、私のほぼ全ての作品に関わっているんだ。彼女はランディ・ニューマンと「ミート・ザ・ペアレンツ」でキャリアをスタートさせた、ぼくらの秘密兵器なんだ。

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――オリビア・コールマンとベネディクト・カンバーバッチのキャスティングについてお話しいただけますか? 本当に素晴らしいと思いました。
ジェイ・ローチ :実は、運が良かったんです。2人とも既にキャスティングが決まっていて、私が参加する前からトニーと仕事をしてたんです。それで驚いたのは、2人が一度も共演したことなかったということ。私は長年イギリスの番組やユーモアの大ファンで、イギリスでは皆がいつも一緒に仕事してて、こっちよりずっと結束が強いんだろうって想像してたんです。だって小さな島国ですから。彼らにはその感覚があって、だから……そう、完璧だと思ったんです。彼らが互いのユーモアを理解し合う姿を想像できること、トニーが書いたあの軽妙な掛け合いを、現実でも“あの速さ”でやり合える姿を。想像するのは本当に楽しかった。あとは飛び込んで「イエス」と言うだけでした。

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――夕食のシーンについてお話しいただけますか?テーブルには才能ある俳優たちが揃い、キッチンには多くの料理人がいます。そのシーンをどのように書き、どのように演出されたのですか?
トニー・マクナマラ :脚本を書くにあたっては、ミニ劇みたいなものだから、すごく短時間で書きました。映画にはたくさんのシーンが続くシークエンスがたくさんあって、ある時点で全てを一箇所に集めて全員を閉じ込めたいと思ったんです。どんどん感情的に落ち込んでいく、すごく面白いものにしようってね。それがコンセプトでした。それを、ジェイが形にしなければならなかったんです。
ジェイ・ローチ :僕は数多くの夕食シーンを撮ってきましたが、その魅力は皆がしばらく同じ場所に閉じ込められる点です。彼らをそこに置き、ただ観察するだけでいい。僕にとっては、素晴らしい演劇を観ているようでした。トニーが構築したこのシーンの驚くべき点は、2人の主役がシーンの進行と共に、徐々に酸のような、腐食的で破壊的な対立を生み出していくところです。どんどん悪化していく。その一方で、笑えるコメディアンたちが冗談を飛ばし、場違いな状況で必死に笑いを取ろうとする。激しい対立と荒唐無稽なコメディのトーンの衝突が、アメリカ人たちが彼らの軽妙なやり取りを真似ようとする中で繰り広げられる。まさにこれが、私がこの映画をやりたかった理由です。最初から最後まで見事に設計されたあのシーンを、心待ちにしていました。最初から完璧に設計されていて、アンディ・サムバーグやケイト・マッキノン、スニータ・マニ、ゾーイ・チャオなど、この素晴らしいキャスト全員を幸運にも集められました。彼らの演技は驚くほど素晴らしかったです。

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―― 今作はカップルへの戒めの物語でありながら、同時に彼らの関係について話し合う機会を与えるものですが、観客にこの作品から何を感じ取ってほしいですか?
トニー・マクナマラ:ベネディクトも最初からずっと言っていたように、これは万人のための戒めの物語です。結婚生活では多くの選択ができる。あなたを奈落の底へ落とすような小さな選択もあれば、実際にあなたを救う小さな選択もある。今作は、2人の人間が下す選択についての物語です。彼が言っていたのは、観客が映画館を後にする時、パートナーを見て「そうだ、お互いにもっと優しくしよう」と思ってもらいたいということ。それが僕たちの意図でした。
ジェイ・ローチ:これはカップルセラピーそのものだと思います。カップルセラピー入門の教材にすべきなんです。なぜなら、カップルがこの映画から多くを得て話し合う姿を何度も目にしてきたから。同時に、もしあなたが今恋人がいない状態で観るなら、こう思うだろでしょう。
「いつか恋人ができた時、あの2人よりもうまくやっていけるようになりたい」と。
筆者紹介

細木信宏(ほそき・のぶひろ)。アメリカで映画を学ぶことを決意し渡米。フィルムスクールを卒業した後、テレビ東京ニューヨーク支社の番組「モーニングサテライト」のアシスタントとして働く。だが映画への想いが諦めきれず、アメリカ国内のプレス枠で現地の人々と共に15年間取材をしながら、日本の映画サイトに記事を寄稿している。またアメリカの友人とともに、英語の映画サイト「Cinema Daily US」を立ち上げた。
Website:https://ameblo.jp/nobuhosoki/