コラム:ニューヨークEXPRESS - 第37回
2024年5月28日更新
ニューヨークで注目されている映画とは? 現地在住のライター・細木信宏が、スタッフやキャストのインタビュー、イベント取材を通じて、日本未公開作品や良質な独立系映画を紹介していきます。
ビッグフット一家の生活を描いた“最も奇怪な映画” ジェシー・アイゼンバーグが製作秘話を語る
今年のサンダンス映画祭やサウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)で披露され、“最も奇怪な映画”として話題となった作品がある。
それが「Sasquatch Sunset(原題)」。
「Sasquatch(サスカッチ)」とは、未確認生物の「ビッグフット」のこと。本作は、そんなビッグフット一家の生活をとらえた作品となっている。ジェシー・アイゼンバーグ(「ソーシャル・ネットワーク」など)やライリー・キーオ(エルヴィス・プレスリーの孫で女優)らが出演しているものの、“毛むくじゃらのビッグフット”というビジュアルなので、彼らが演じていることさえもわからない。「ミッドサマー」のアリ・アスター監督が製作総指揮を務めているというのも注目ポイントだ。
今回、主演を務めたアイゼンバーグが謎めいた本作の舞台裏について語ってくれた。
アイゼンバーグは主演だけでなく、プロデューサーも兼ねている。
「(製作費は)スペインのとある金融業者から資金提供を受けたんだ。もちろん、合法的な資金源だよ(笑)。ところが製作開始の2カ月前に、その資金提供が頓挫してしまった。そんな時、僕は『こんな映画は人生でまだやったことがない』と思ったし、今作はとても独創的で純粋なものだったので“作らなければならない”と思ったんだ。ちっぽけな映画だし、演じることのスリルは、その時はあまり考えてもいなかった。ただ、この作品を作るためにできることは何でもしようと思ったんだ。(最近の)他の映画はひどいものばかりだからね」
サスカッチを演じるために、俳優陣でブートキャンプを行ったそう。どのような事を行ったのだろうか?
「キャストとして最初にしたのは、お互いにZoomで交流することだった。僕は過去に、パントマイムの神様、マルセル・マルソーを演じた映画(『沈黙のレジスタンス ユダヤ孤児を救った芸術家』)を撮ったことがあった。その時に、パントマイムを教えてくれた師匠がローランという人物だった。ローランはパントマイムを行う者として、世界で最も偉大な人物のひとり。とても上品な経歴を持っていて、生前のマルソーにも師事していた方なんだ。そんな彼に『僕は(今度の映画で)サスカッチをやるから、サスカッチのように歩くことを教えてもらえないか』と頼んだんだ」
そんなローランから、どのようなことを教わったのだろうか。
「まず自分たちの家に十分なスペースを確保し、Zoomを行った。僕らは、カメラを部屋の一番端に置いて、サスカッチみたいにただ行ったり来たり歩いてみた。それはとても馬鹿馬鹿しく見えた。それが僕らがやった奇妙なことの一つだった。その他にやったことと言えば、生の葉っぱを食べて、その葉っぱが口からしたたり落ちる様子だったり、サーモンを獲って野生のようにかじる様子だったりを表現した。劇中では、僕のキャラクターは“詩人”だと思いながら演じていた。このキャラクターは、僕たちが考えるような陳腐なものではなく、自然を尊敬するような人物だ。特殊メイクを使って撮るという課題があったから、何時間の間、メイクを施している人たちを殺したいと思わないように努めたよ(笑)。朝から車で2時間も移動して、人里離れた荒野の現場に向かった。朝の4時には、顔の隅々まで接着剤を塗られ、ヤクの毛を貼られ、その上からメイクが施された。とても居心地の悪い気分で毎日が始まっていったんだ」
「僕よりずっとタイトな人のために作られたサスカッチ姿のスーツを着せられた。それは、全身の筋肉にフィットしなければならないものだった。そんなサスカッチのスーツ姿で、1日中食事をするんだ。映画の冒頭、サスカッチが野原を歩いているシーンがあるが、あの時が人生で一番疲れた日だった。野原の端っこに着いた時、僕ら(=サスカッチ役を演じている俳優陣)は、地面に横たわったくらいだ。それが初日で、俳優陣は『こんなの最悪だ』みたいな顔をしていた(笑)。とても疲れたんだ。人から哀れみを求めたくはないが、そんな哀れみを人から受けたいと思うほど、僕らは心底疲れていた」
「今作は全てロケで撮影されている。これまでも僕は撮影中に、肉体的労働を経験したことはあるが、これは“本物の肉体的労働”だった。特に足が疲れた。唯一素晴らしかったのは、鏡でサスカッチ姿の僕を見た時くらいだ。1日の途中でトイレに行かなければならない時もある。その過程もかなり大変だった。その度に、僕は鏡を見て『素晴らしいアートの世界にいる。この世界にいられることをとても光栄に思う。素晴らしいことなんだ』と言い聞かせていた」
「そして『今日の撮影はここまで。でも、翌日は違うだろう』という感じだった。野性的な怖さもあったと思う。でも、彼女(ライリー・キーオ)が魚を食べる姿を見るのが大好きだった。クールでグロくて、考えすぎる必要もないくらい自然体だ。私はいくつかの映画で、映画の舞台が現実世界と全く同じではないことを経験してきた。役者として、私はそのような映画にとても憧れていたんだ。いくつかの映画で経験したことだけど、映画は現実世界とはまったく違う場所で起こっている。社会的なやり方とは異なるやり方で演技をする許可や構造を与えてくれることもある。役者として、そのような映画にとても憧れた。サスカッチを演じることに恐れを抱いていたけれど、俳優として何かをするために“新たな挑戦”も必要なんだ」
では、サスカッチの思考プロセスや肉体的な性質など踏まえて、どのようにシーンをこなしていったのか。
「脚本はとても良かった。出版されたり、リークされたりすることも期待していたくらいだ。とにかく脚本が素晴らしい。脚本を読んでから映画を観た人は『ああ、こんなことができるんだ 』ときっと思うはずだ。撮影現場にはイマジネーションがあった。監督たちは、我々俳優陣のイマジネーションに頼ることができる。でも脚本には、それらの細部までもが見事に描かれていて、読めば手に取るようにわかるくらいだった。そんな経験はよくあるんだ。『ゾンビランド』に出演した時も、撮影現場で同じような経験をした。とてもおかしな映画だったけど、脚本がとても明確で、どの俳優も必要なショットを正確にこなしていた。今作も同じだ。脚本もストーリーもシーンも明確なので、必要なショットをすべて一緒に撮影できていた」
最後の話題は“サスカッチの声”。これをどのように考えたのか。
「サスカッチについては、古いバージョンの神話と、そのバージョンと対立する神話があるんだ。僕たちは、サスカッチと信じて人々が録音した音を再生して聴いていた。でも不思議だよね。サスカッチの神話は大好きなんだけど、その録音の多くには映像がない。僕たちは、どの音が正しいのか、そして実際に鳴らすべき音は何なのかを選んでいかなければならなかった。サスカッチの音とされているネット上のサウンドのいくつかは、本当に人間のもので、機械か何かで作り出しているものだった。僕たちは、サスカッチ用の語彙を考え出し、基本的な辞書を作成したんだ――最も1ページだけだけどね。世界で一番小さな辞書を作った。サスカッチを呼ぶ時は『ウー』と発するんだ。それは、僕が飼っているゴールデンレトリーバーのような鳴き声。犬がボウルに顔を埋めて食べ物を食べている時、3メートル以内に近づくと、気配を感じて『ウー』と鳴く。実際に僕が目の前に来るとグルグルと鳴いて近づいてくる……そんな感覚に似ているんだ」
筆者紹介
細木信宏(ほそき・のぶひろ)。アメリカで映画を学ぶことを決意し渡米。フィルムスクールを卒業した後、テレビ東京ニューヨーク支社の番組「モーニングサテライト」のアシスタントとして働く。だが映画への想いが諦めきれず、アメリカ国内のプレス枠で現地の人々と共に15年間取材をしながら、日本の映画サイトに記事を寄稿している。またアメリカの友人とともに、英語の映画サイト「Cinema Daily US」を立ち上げた。
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