コラム:ニューヨークEXPRESS - 第22回

2023年1月12日更新

ニューヨークEXPRESS

ニューヨークで注目されている映画とは? 現地在住のライター・細木信宏が、スタッフやキャストのインタビュー、イベント取材を通じて、日本未公開作品や良質な独立系映画を紹介していきます。


第22回:ワインスタイン事件の映画化「SHE SAID」 スクープした記者“本人”と“演者”が秘話を語る

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イングリッシュ・ペイシェント」「グッド・ウィル・ハンティング 旅立ち」「恋におちたシェイクスピア」といったオスカー受賞作品を世に放ちながらも、2017年に長年隠ぺいしてきたセクシャルハラスメント、性的暴行を告発されたハーヴェイ・ワインスタイン。彼の卑劣な行為と抑圧を調査し、世間に公表したのが、ニューヨーク・タイムズの記者ジョディ・カンターミーガン・トゥーイーだ。

映画「SHE SAID シー・セッド その名を暴け」は、彼女たちの調査の過程から告発までを追っている。今回、主演を務めたキャリー・マリガンゾーイ・カザン、共演のジェニファー・イーリー、カンター&トゥーイーへのインタビューを実施することができた。

本作は、カンター&トゥーイーの著書「その名を暴け #MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い」を基に映画化。ニューヨーク・タイムズ紙の記者ミーガン・トゥーイー(演:マリガン)とジョディ・カンター(演:カザン)は、大物映画プロデューサーのワインスタインが数十年にわたって続けてきた性的暴行について取材を始めるが、ワインスタインがこれまで何度も記事をもみ消してきたことを知る。

被害女性の多くは示談に応じており、証言すれば訴えられるという恐怖や当時のトラウマによって声を上げられずにいた。問題の本質が業界の隠蔽体質にあると気づいた記者たちは、取材対象から拒否され、ワインスタイン側からの妨害を受けながらも、真実を追い求めて奔走する。

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のちの#MeToo運動を加速させ、ジャーナリズムの権威であるピューリッツァー賞を受賞した記事を手掛けたカンターとトゥーイー。カンターはアーツ&レジャー部門の編集者を務め、大統領選のキャンペーンの取材を行い、一方のトゥーイーは、アンダーグランドの養子縁組、搾取する医師などの調査記事を書いていた。

ワインスタインの調査で重要だったのは、プレデター(性的加害者)を追いかけるのではなく、プレデターをサポートするシステムに亀裂を入れること。まず彼女たちは、性的被害を受けたサバイバーからの信頼を得ることからスタートした。

「我々の仕事は“真実を語ること”に対して、人々の信頼を築くことです」と語るカンター。自身を演じたカザンに感謝しているそうだ。

カンター「ゾーイは、(本作のために)トラウマになるような話をたくさん聞いてくれました。劇中での演技がとても上手いと感じる要因は、(自身が出しゃばらず)話をしている女性に対して“シーンを委ねている”ことです。彼女は会話を支配したりせず、話し合うというよりも、むしろ聞いている。それは全てのジャーナリストが持つべき取材方法です。話を聞いているなか、彼女の感情を見ることができます。それはショック、苦痛のストーリーを、我々は記事にしなければいけない、この振る舞いを放置することはできないという感情です」

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トゥーイーは「キャリーが役柄の準備のため、私に質問したり、観察、研究したり――それは普段の私とは“逆の役割”。(慣れていなかったため)少し不安だったことを覚えています」と語りつつ「今作では私たちの仕事場での働きぶりだけでなく、個人の生活も描いています」と説明する。

トゥーイー「私は娘を産んだ後にうつ病を患いました。私の人生で最も困難な時期のひとつを人々に見せることにも意味があったんです。キャリーとは、その経験について話すことに多くの時間を費やしました。私生活を描かれることに繊細さを感じましたが、多くの女性たちは、これらの役柄に自分自身を見出していると思います。大勢の働く女性や母親が、今作の現実的な描写に共感するでしょう」

「良い警官・悪い警官」(尋問に使用される心理学的な戦術)を彷彿とさせるカンターとトゥーイーの取材方法が興味深い。

カンター「ミーガンが信じられないほど敏感な人物であること、私よりもはるかに権力を持つ人々と戦うための記事を書いてきたことは事実です。映画内の描写で“真実”だと感じる点は、ミーガンの方が男性に対して対立しているという部分。ラニー・デイビスのようなハーヴェイ・ワインスタインのアドバイザーと会議室で対決しているところも、劇中では見ることができます。私は、ひどい体験をした女性たちに注意深く耳を傾けていました。ある意味、それは全てのジャーナリストが必要とする“2極のスキル”を表しています。ひとつは、必要なときに非常にタフで対立的になる能力。もうひとつは、非常に優れた聞き手となり、悪いことを経験した人々との信頼を築くための能力です」

そんな取材手法が、実際に被害に遭ったキャサリン・ケンドール、ロウィーナ・チウ、サラ・アン・マッセ、ローラ・マッデンらの告白へとつながっていく。

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では、ワインスタインからセクシャルハラスメントや性的暴行を受けたセレブへの取材方法はどうしていたのか。

カンター「私は、(産後の)ミーガンが仕事に復帰する数週間前、ワインスタインの調査に一人で立ち向かっていて、女優たちに連絡を取ることに決めていました。その際、エージェントや広報を通さずに、女優に直接連絡することが非常に重要であると感じていました」

そこで取った方法は、このようなものだった。

カンター「セレブの個人的な電話番号や電子メールアドレスを取得するため、場合によっては、親戚に個人的なメモを渡すように依頼したり、セレブを知っている人を見つけようともしました。私は芸能記者ではないので、俳優との繋がりはありませんでした。だからこそ、非常に創造的な調査をしなければなりませんでした」

ちなみに、カンターは電話で話す際、最初の45秒以内で信頼を確立するための“完璧な言葉”があったそう。それが「過去にあなたに起こったことを変えることはできません。しかし、私たちがあなたに協力すれば、あなたの(悲惨な)経験を生産的に活用できるかもしれません」。その説得が功を奏し、最初の数週間でローズ・マッゴーワンアシュレイ・ジャッドグウィネス・パルトロウと連絡を取れたそうだ。

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記事が発表された後、#MeToo運動とそれに対する反発が爆発的に広がった。性暴力に関する議論は続き、それが本作に影響を与えている。

トゥーイー「#MeToo が口コミで広がってから5年が経ちました。紆余曲折や複雑な問題が生じて、困難な場合もあると思います。世界中の女性がハラスメントや虐待の経験について声を上げ始めたとき、私たちは皆、ダムが決壊するかのような大規模な変化を感じていました。ジョディと私が調査を行っていた頃『誰も気にしないだろう。真実を公表できたとしても、何かが変わることはないだろう』と何度も言われたことがありました。セクシャルハラスメントや虐待は当たり前のことで、どうしようもないこと――でも、そんなことを言っていた彼らが間違っていました。過去5年間で明らかになったのは、人々がこのストーリーを気にかけているということ。これは記事を公開した瞬間からすぐに感じることができました。また、これらの問題が非常に多くの異なる場所、多くの女性たちに蔓延しているということもわかりました」

「調査ジャーナリズムとは何かについて、私はあまり考えたことがなかった」と振り返ったマリガンは「本作が間違った人の手や間違った脚本家によってうまくいかない可能性があることを考えていた」と明かす。しかし、その思いは杞憂に終わる。「なぜなら、脚本家レベッカ・レンキェヴィッチと製作者デデ・ガードナーが早い段階で行った決定は、非常に正しく、繊細で賢明であると感じたからです。彼らは正しいことを優先しました。つまり、画面上に登場する性的暴行を受けた女性に対する“暴力の裏切り”(=彼女たちの意図に反した撮影)はなかったと言うことです。劇中では、ワインスタインは“映画の登場人物”として描いておらず、彼の顔を見ることはありません(=ワインスタイン役を演じている人物の顔は、映像では映していない)。つまり性的暴行を受けた女性たちに最良の配慮がなされたということです」

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劇中では、ジャーナリストが匿名の人々からメッセージを受けたり、脅迫される。「女優として、そのことを認識し、経験したことがあるか」と問いかけると、カザンは「ほとんどの女性は、何かしら不適切な興味を持たれたり、不快に感じさせられた経験があると思います」と話す。「私たちは性的に不適切であるという背景の中で、それらのことについて話してきました。彼ら(=加害者)の発言は、暴力や脅迫の一形態であり、人々をその場所に留めておく一形態でもあります。それらが全て繋がり、女性の安心・安全を犠牲にして、男性が思い通りに行動できる職場環境になるわけです。それは誰かに不適切なメッセージをInstagramなどで書くようにうながすことと同様の社会によって助長されていきます」と答え、さらに「それは家父長制を支持しようとすることが背景にある」とも訴えた。

マリガンは「今作で目撃するのは、女性たちが自分たちの人生で途方もない葛藤を経験しているというもの。特にローラ・マッデンの経験がそうです」と語った。マッデンは、死を想起するような脅迫を受け、住んでいる場所を特定される可能性もあるなかで、ワインスタインの卑劣な行為を最初に告発する人物となった。

そんなマッデン役を演じたイーリーは「ローラに会うことを提案されたわけではないのですが……彼女とは話しませんでした。それは選択ではなく、私があえて決めたことです。脚本からは、ローラの選択や彼女が示した勇気にとても敬意を表することができました。脚本は、非常に美しく、不純物が取り除かれています。映画でのローラの立ち位置は美しく、感情の微妙な差異やストーリーの変化に富んでいます」と明かしてくれた。

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マリガンは「#MeToo後の現場」についても言及している。

「私の経験では、以前に存在しなかった基準が設定されています。現在は行動規範に署名しますし、嫌がらせ防止のワークショップが実施されています。セットにはインティマシー・コーディネーター(映画やドラマのセックスシーンやヌードシーンなどの撮影に関して、制作側と役者との間に立ち、役者が嫌がる演技を強要されることなく、撮影がスムーズに進むように調整する専門家)がいます。今までなかったことがたくさんあるんです。もちろん、一夜にして劇的に変化するものは何もありませんが、物事は正しい方向に進んでいると感じています。どのような映画が作られ、どのようなストーリーが語られるかに関係しているとはいえ、女性監督が増えているという事実は、女性の経験を中心としたストーリーが多くなることを意味します。それは、長い間見られてこなかったことです」

トゥーイーは「SHE SAID シー・セッド その名を暴け」について「ジャーナリズムの威厳だけでなく、高潔な情報源によって素晴らしい形で表現され、人々の信頼を築くために役に立つ映画」と言い表し、「“正しい理由で声を上げる”という非常に難しい決断を下した誠実な女性を見てください! 次に彼らが世界中にもたらした影響を見てください!」とアピールした。

筆者紹介

細木信宏のコラム

細木信宏(ほそき・のぶひろ)。アメリカで映画を学ぶことを決意し渡米。フィルムスクールを卒業した後、テレビ東京ニューヨーク支社の番組「モーニングサテライト」のアシスタントとして働く。だが映画への想いが諦めきれず、アメリカ国内のプレス枠で現地の人々と共に15年間取材をしながら、日本の映画サイトに記事を寄稿している。またアメリカの友人とともに、英語の映画サイト「Cinema Daily US」を立ち上げた。

Website:https://ameblo.jp/nobuhosoki/

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