コラム:人間食べ食べカエル テラー小屋 - 第15回
2020年4月24日更新
「クリーピー 偽りの隣人」に見る、香川照之のレザーフェイス級な侵食者の恐怖
ご近所付き合い、それは特に人間関係が狭くなりがちな田舎では必要不可欠なものである。私が実家にいた頃も、学校から家に帰ると下着姿の近所のおじさんが勝手に家に入ってきてくつろいでいたり、隣の家の家族が普通に飯を食いに来たりしていて、心の底で勘弁してくれよと思っていた。
さて今回は、そんなご近所付き合いをきっかけに、想像を絶する恐怖に突き落とされる暗黒サイコスリラーを紹介したい。「あの人お父さんじゃありません、全然知らない人です」というインパクト絶大のキャッチコピーでお馴染みの映画「クリーピー 偽りの隣人」である。
ある事件をきっかけに刑事を辞めて犯罪心理学者となった男・高倉は妻の康子と共に新居に越してきた。高倉は刑事時代の同僚から6年前の一家失踪事件の分析を依頼され、事件の手掛かりを追うことに。一方、康子は隣に住む西野という男に挨拶をするが、彼の言動はどこかおかしい。康子は西野に対し不信感を抱きながらも、ご近所なので度々交流をしていたある日、西野の娘が駆け込んできてとんでもない事実を明かす。「あの人はお父さんじゃない」と……。
黒沢清監督が、前川裕の小説を映像化した作品。内容は原作から一部アレンジも加えられており、黒沢監督自身の持ち味も濃く反映されている。そんなわけで、本作はジャンルとしてはスリラー、サスペンスに入るが、圧倒的にホラー色の強い作り。全編、不穏な画が目白押しである。
物語の序盤、西島秀俊演じる高野が元同僚と6年前に起きた一家失踪事件の現場を訪れるシーンで出てくる、日当たりも悪くなく一見普通なのに何かよくないものが渦巻くように見える空き地の映像は黒沢演出の真骨頂だ。
香川照之演じる西野が住む家の空間の異様さ(一軒家の下が凄いことになっています)も素晴らしい。ライティングもホラー色高めで、照明により家の中も香川さんの顔も怖さ体感10割増しだ。佇むだけで恐ろしい霊を描かせたら右に出る者はいない黒沢さんの手腕が、幽霊の出ない本作でも見事に発揮されている。
そして、本作で最も特筆すべき点は、やはり名優・香川照之の怪演だろう。香川さんが本作の恐怖度を何百倍にも引き上げている。劇中の香川さんは、その個性的なビジュアルと確かな演技力を“怪しさ”に全振りし、暗黒面が爆発した絶対に触れてはいけないタイプのおじさんとして完璧に仕上がっている。
まず、序盤の、思わず「幽霊?」と言いたくなる玄関先登場シーンからツカミは完璧。その後の竹内結子演じる康子との噛み合いそうで噛み合わない会話は、本作の白眉と言える凄まじく気色悪い名シーンとなっている。
康子が挨拶の品でチョコを渡そうとしたら、香川演じる西野が「え~チョコですか?」と露骨に不満そうな言動を見せた後に一転して「ぼくね~、チョコレート、嫌いじゃないですよ~」と言ってからの「犬も好きですよ~」までの一連の流れはマジで凄い。実際に観てもらうと分かるが、テンションと距離感と会話の内容が絶妙におかしく、観ていて全身がぞわぞわする。ご近所さん同士の最初の挨拶をここまで気持ち悪く描けるのは天才的としか言いようがない。
香川さんは、ギョロっとした目の動き、にやあ~とした気色悪い笑顔から一瞬で張り詰めた無表情に切り替わる謎の感情の動きなど自身の顔を巧みに操り、深入りしたらアカン人感を見事に表現している。これからは香川“クリーピー”照之さんと呼びたい。もしこんなヤバイ人が自分の家の隣にいるのが分かったら、即引っ越し検討だ。
ストーリー面では、西野が高倉家に次第に取り入る様子が丁寧に描かれており、それがまた非常に恐ろしい。康子と次第に距離を縮めた西野が娘と一緒に高倉家にお邪魔して食卓を囲むようになるくだりはかなり怖い。家族が知らぬうちに距離を詰めて別の家族に取り入る構図は、ポン・ジュノ監督の「パラサイト 半地下の家族」を彷彿とさせる。こっちの方が先なので、ポンさんはたぶん本作も参考にしていると思う。いつの間にか日常を侵食される恐怖を、2時間かけて存分に味わえる。
結局のところマインドコントロールがどの程度効力があるのかなど、物語に疑問点が無くはないが、香川照之のビジュアル、そして凄まじい演技力を存分に引き出したところに対する加点が凄まじいため余裕で帳消しだ。これは「悪魔のいけにえ」in日本のご近所ですよ。怖すぎる。皆さんも引っ越しをする際は、お隣にも気を付けた方がいいかもしれませんね……。
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筆者紹介
人間食べ食べカエル(にんげんたべたべかえる)。人間食べ食べカエルです。X(旧Twitter)で人喰いツイッタラーをやっています。ID @TABECHAUYOで検索してみてください。WEBや誌面で不定期に寄稿をするほか、新作へのコメントなどを書いています。好きなジャンルはホラーとアクションで、特にモンスターに人が食べられるタイプの映画に目がありません。「ザ・グリード」に出てくる怪物を目指して日々精進しています。どうぞよろしくお願いします。
Twitter:@TABECHAUYO