柄本明と川島鈴遥が振り返る、オダギリジョー初監督作「ある船頭の話」の撮影現場
2019年9月15日 07:00
オダギリジョーが初監督した長編「ある船頭の話」は、橋の建築が進む近代化以前と思しき山村を舞台に、村と町を繋ぐため船頭を続けるトイチの物語だ。文明のあり方、人間にとって大切なものは何かを問いかける。映画には、主演の柄本明を始め映画界を代表する俳優陣が集結。スタッフには、撮影監督に「ブエノスアイレス」のクリストファー・ドイル氏と国際的な顔ぶれが集まった。オダギリ監督、柄本、謎めいた少女役を演じた川島鈴遥に聞いた。(取材・文/平辻哲也 撮影/松蔭浩之)
映画は約10年前にオダギリ監督が書いた脚本をブラッシュアップ。当初は自身が演じるつもりだった主人公トイチの年齢設定を大幅に変え、日本映画界を代表する柄本にオファー。昨年7~8月と今年1月にかけて新潟の阿賀川流域などで撮影し、3月に完成した。オダギリは短編映画やドラマ「時効警察」の脚本・監督は手掛けたことはあるが、長編映画は初挑戦となる。オダギリ監督は「甘えが生まれるような現場では駄目だと思っていたので、柄本さんにお願いしたということもあります。そういう意味でも、ちゃんと最初から最後までしっかりと緊張感を持ち、作品作りに向かうことができました。もちろん最初に柄本さんにお願いした時点でトイチという役にも不安はもうありませんでした。しっかりといろんなことを乗り越えられたなと思います」と手応えを感じている。
一方、今村昌平監督、相米慎二監督といった数々の巨匠と組んできた柄本はオダギリ監督の演出について「非常に真摯で、真面目な監督さんでした」と評する。ただ、撮影自体は過酷だったという。「大変でしたね。監督は、言葉は優しいんだけども、やらせることは厳しい。仕方ないんだけどね。(ロケ地の)岩場で足元は悪いし、暑いし、逃げ場(日陰)がない。なんせ出突っ張りだったから。途中で気づいたんだよね。なんでこんなに出ているんだろうって。あれ? 俺、全シーンに出ているという感じでしたね」と笑い。
事前に船頭のトレーニングも受け、そのスキルはみるみる上達していった。「自分で言うのもなんだけど、上手くなりましたよね」と柄本。オダギリ監督も「大雪の中、柄本さんがリアルに舟をこぐシーンを10分くらい長回しましたが、あれを見るだけでも相当のレベルだと伝わると思います」と先輩俳優の取り組みに感謝する。
映画には、監督のこだわりが詰まっている。柄本のほかにも村上虹郎、伊原剛志、浅野忠信、村上淳、蒼井優、笹野高史、草笛光子、細野晴臣、永瀬正敏、橋爪功らが日本を代表する俳優陣が集まった。スタッフにも、ドイル氏を始め、黒澤明監督の「乱」でオスカーに輝いたワダエミが衣装デザイン、アルメニア出身のジャズピアニスト、ティグラン・ハマシアンが初めて映画音楽を手がけた。
初監督のきっかけはドイル氏との出会いだった。ドイル氏が共同監督した「宵闇真珠」に出演した際、ドイル氏から「ジョーは監督をしないのか? 監督するなら俺はなんでもする」と言われ、かつて自主映画としてやろうとしていた脚本を引っ張り出してきたのだ。「(ドイル氏との仕事は)最高でした。海外の撮影監督の中には、カット割りやカメラ位置に口を出させない人がいるとも聞きますが、クリスは100%僕が望むことを実現し、サポートに徹してくれました。しかも、僕に内緒で色々と風景などを撮ってくれていたんです。編集の時に発見し、その中から良いものは映画の中でも使っています。独特なクリスの日本の描き方、切り取り方をしてくれました。クリスも『こんな美しい日本を撮った外国人カメラマンいないだろう』と笑っていました」とオダギリ監督。2時間17分という上映時間も、こだわりの現れと言える。特にトイチの日常を映し出す導入部分にはこだわった。「トイチの生活を見せないと、その人物も描けない、ストーリーも進んでいかない。その入り口であるので、丁寧に描きたいと思っていました」と話す。
名優たちに混じって好演したのが、トイチの目の前に現れる謎めいた少女役の川島だ。「今まで自分が出ている作品では、悔いが残ることがあったのですが、この作品では演技レッスンをしていただいて、いっぱい準備をしました。悔いが残らなかった作品は初めてです。すごく自分の中で大切な作品になりました」と話す。しかし、監督の第一印象は怖かったとか。「自分が少しでも演技で嘘があったら見透かされそうで怖かったんです。目を見て話してくれる時に、怖くて表情がいつも固まっちゃうんです」と振り返る。
撮影前から数か月かけて川島を指導したオダギリ監督は「台詞の練習なんて1回もやってないんです。彼女の感性や、感覚的なものを伸ばすやり方でした。やるたびに成長が見え、伸びしろがすごい。本当の自分はどういう人間かを知る為に、自分自身に意識を向けることから始めて欲しかったので、『今日うれしかったこと、悲しかったこと、驚いたこと、何でもいいから気持ちが動いたことを一つショートメールで送ってください』とお願いしたりしていました(笑)。レッスンは僕が学んだ演技メソッドですが、彼女が持っている感性を広げることに繋がったと思います。この若さでこの方法論を知ったことは、大きなメリットだと思います」と話す。
一方、「悔いが残らない映画になった」と胸を張る川島とは対称的なのが柄本だ。「あれだけ自分が出ていると、(作品として)いいか、悪いかは分からないですね。だいたい自分が出ているのを見るのはイヤなんだよね。僕は見なかったりもするんですけど、今回は(主役だから)そういうわけにもいかないし(笑)。後は見ていただく方がそれぞれ、どういう風に思われるかです」と笑い。
オダギリも、自身の出演作を観るのは苦手だという。「自分の芝居を見ると粗を探してしまうので、見たくはないですよね。昔は自分でノートをつけていた時期もあります。自分のダメ出しを全部書くんです。若い時はそのくらい気になりましたね」。こちらが「川島さんが『悔いが残らなかった』というのはすごいですね」と水を向けると、「それは勘違いですよ(笑)。多分数年後見たら、粗が見えてくると思いますよ」と笑った。
川島に柄本ら先輩俳優から学んだことを聞くと、「一番印象に残っているのは、クランクアップの日、柄本さんが休憩中に『演技なんてさあ、普段もしているんだから、カメラの前で演じることは、なんてことはないんだよ』とおっしゃったことです。私はその時に『ああ、そうですね』と言ったんですけど、本当は意味が全くわからなくって、それをわかるようになりたいと思いました」というと、柄本も「俺、いいこと言ったね」と笑い。川島については「とってもピンとしていて、そのままやってくれるから、こちら側も大変良い刺激を頂いて良かったです」と褒めた。
オダギリ監督は、今後について「自分が監督するなどおこがましいと思っているので、簡単には撮るつもりはありません。ただ、本当に描きたいものがあったり、やりたい題材が見つかれば、その時に改めて考えると思います。職業として本当に命をかけてやっている監督の方々がいますから、僕が何か軽々しく何本もノリで撮ることはあってはならないことだと思います。本当に撮るのだったら、真っ向勝負ができるようにちゃんとオリジナルにこだわりたいし、自分がやりたいことをしっかりと作らないといけない」と語る。
映画は、第76回ベネチア国際映画祭のベニス・デイズ部門にも正式出品されたが、「ベネチアには船頭さんいっぱいいるから、身近に感じてくれたんですかね(笑)。世界の人に伝わるものがあれば良いのですが……」とオダギリ監督。柄本は「監督はそう言うけれども、映画を観てもらうと、日本人って、こんな感じなのかなということは伝わると思うな。もちろん、船頭はどこにでもいるし、結局、人間なんて、世界中どこでも変わらないんだ、とは思うんだろうけど」と話していた。
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