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【広島国際映画祭2025】被爆80年 「この世界の片隅に」片渕須直監督が、広島で映画と戦争を語る

2025年11月29日 13:00

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片渕須直監督と谷口広樹監督
片渕須直監督と谷口広樹監督

広島市で11月28日、広島国際映画祭2025が開幕した。会期中には10の国・地域の長短編30本が上映される。被爆80年を迎える今年、広島では原爆や戦争をテーマとした作品が多く上映されているが、その中でも、2014年にダマー国際映画祭から改組して以降、毎年のように招待監督やゲストとして参加してきた片渕須直監督の本映画祭の登場は、今年ならではの意義を強く帯びたものとなった。とりわけ、「この世界の片隅に」で戦時下の広島・呉における市民生活を丹念に描いた片渕須直監督が、被爆80年の節目に再び広島で語る場を持ったことは、映画祭にとって大きな意味を持つ。本記事では、映画と戦争について語った片渕監督の登壇の様子をレポートする。

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まず、片渕監督は開幕作品「記憶の解凍」の上映後トークショーに登壇した。本作は、監督を務めた庭田杏珠(広島テレビ記者)が高校時代から続けてきた同名プロジェクト――被爆者との対話を通じて、個人が所蔵する旧中島本町(原爆ドーム周辺)が映し出された白黒写真をAIを用いてカラー化する取り組み――を記録した記録映像であり、片渕は劇中アニメーションの監修として参加している。

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片渕監督は、アニメーション制作において自身の共同作業者である野村建太の功績に触れたうえで、本作の意義について「『この世界の片隅に』を作った自分たちよりもっと若い世代が、再現というよりよみがえらせるという営みに取り組んでいること自体が、とても意味のあることだと思った」と語った。さらに、本作と「この世界の片隅に」の共通点として、戦争によって人々の日常生活が奪われていく点に着目していることを挙げ、このプロジェクトが次にどのような作品を生み出していくのかに期待を寄せた。

次に、広島国際映画祭プログラム・ディレクターである西崎智子をモデレーターに、映画監督の谷口広樹(「神の島」)との対談が行われ、片渕監督は、戦争と映画をめぐる谷口監督からのさまざまな質問に答えた。

まず、軍事に関する当時のリサーチのあり方について問われた片渕は、アジア歴史資料センターなどの公文書館が提供するデジタル・アーカイブを参照しつつも、「この世界の片隅に」の制作において呉の市民生活を描く必要性から、当時の船乗りの手記などを独自に入手して調査を続けていたと説明した。また、「神の島」がニューギニアを舞台にしている点に関連づけつつ、本作でも調査の過程でニューギニアと結びつく要素が見つかったことを指摘した。

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さらに、「80年間で人間の骨格は変化しているのではないか」という谷口の問いに対し、片渕監督は、アニメーション制作における重要な要素である歩き方にもその違いが表れると指摘。そのうえで、原作者・こうの史代と「昔の日本を描いたアニメーションでは、背筋が不自然にピンとしていることがあるが、実際はそうではないよね」と話し合っていたことを振り返った。また、当時の女性のぽちゃぽちゃした体形は、当時の糖質中心の食事環境に起因するのではないかという自身の考えも述べた。

片渕監督は、栄養状態についての考察として、水木しげるの漫画を読み返していた際の印象を紹介し、調べを進める中で、当時の身体の変化について見えてくるものがあったと語る。片渕監督は、「栄養失調とは実際どういう状態なのか」と考えていたと続け、「結局、栄養とは脳に送られるブドウ糖のことで、脳が最もカロリーを消費する。そこが絶たれると頭痛が起こるのではないか」と考察した。「本当に栄養失調で飢えて亡くなるとき、身体のどこがどうなるのか」と疑問を抱いていた片渕監督は、こうした事例に触れる中で、当時の人々が直面した極限状態を改めて理解することができたと述べた。

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谷口監督からは、戦争を描いたアニメとして「対馬丸 —さようなら沖繩—」(小林治)の歴史的意義が大きいと述べたうえで、日本のアニメと戦争の関係性について質問が投げかけられた。それに対し片渕監督は、実写映画と同様に「子どもの頃に経験した戦争を作品として残さなければならない」という思いがアニメーションにも存在し、小林治監督のように1945年前後に幼少期を過ごした世代が一つの核を形成しているのではないかと指摘した。

さらに片渕監督は、日本アニメーション史そのものが戦争と深く結びついていることを解説した。アニメーションは戦時中、国策として重要な位置づけにあり、東映動画の源流には、松竹でアニメーション制作を行っていたスタッフの存在がある。松竹のアニメーション・スタジオは空襲で焼失し、アニメーターたちも出征によって制作体制を失ったが、その後、政岡憲三らが戦後いちはやく制作再開を目指し、1946年(昭和21年)に「さくら」を完成させるという一連の動きが、後に東映動画へとつながる母体になったと説明した。こうした事例を踏まえ、観客は一般に日本アニメの起源として1958年の東映動画「白蛇伝」を想起しがちだが、実際にはその前に長い前史があり、戦前からの流れが戦後も確かに受け継がれており、こうした歴史の連続性こそが、日本アニメーションにとって重要な基盤であると片渕監督は指摘した。

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また保存という観点からも質問が寄せられた。片渕監督はまず、戦争体験の継承が「語り部の減少」によって困難になると言われがちだが、これは新たな証言だけに注目した発想であり、これまで蓄積されてきた膨大な資料や証言が十分にアーカイブ化されず、活用されていないことが問題だと指摘した。本来であれば、過去に集められた日記や手記、一次資料を体系的にデジタル化して検索可能にすることで、戦争の記憶は今後も継承可能であるはずだという。

一方で、片渕監督はデジタル保存の脆弱性にも注意を払う必要があることを示した。磁気障害などでデータが失われる危険性がある一方、フィルムは物質として残り続ける。日本では現在、フィルムへの5.1チャンネル音声の収録を行える施設が消滅していることから、自身の作品「この世界の片隅に」もフィルム化が国内では技術的に困難である現状を紹介し、映画文化の保存体制が危機にあると訴えた。こうした背景から片渕監督は、戦争体験や日常の記録、映像作品など、多様な資料を全て失われない形で残していくことが重要だと強調した。広島のように歴史的記憶を背負い、世界中の訪問者が集まる場所こそが、こうしたアーカイブ機能を担うべきだとの考えも示した。

片渕須直監督と谷口広樹監督
片渕須直監督と谷口広樹監督

最後に片渕監督は、日本の戦時下を考える際には、日本国内だけに視野を限定せず、海外との比較が不可欠であるという点を指摘した。片渕監督によれば、「この世界の片隅に」でも象徴的に描かれるモンペについて調べたところ、国民全体に同様の服装を義務づけた国はほとんどなく、日本特有の制度であったことが分かるという。また片渕監督は、日本とナチス・ドイツを例に、戦争が日常生活に及ぼした影響の違いを把握することの重要性を挙げた。

ナチス・ドイツでは一般市民が戦前と変わらない暮らしを維持するよう政策的に求められ、実際に戦況が悪化した1945年になっても、中学生が通常通り半ズボンで登校していた記録が残るなど、生活の形は最後まで大きく変えられなかったという。片渕監督は、こうした国際比較を通じてこそ、日本の戦時下における日常の変容の特殊性や固有性がより明確に浮かび上がると述べ、戦争描写を考える上での新たな視座の必要性を強調し、会場は重厚な議論を行った二人への大きな拍手で包まれた。(小城大知

広島国際映画祭2025は11月30日まで開催。会期中には10の国・地域の長短編30本が上映される。

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