【世界の映画館めぐり】ゴッホが愛した南仏アルルでデビッド・リンチ「ブルーベルベット」を鑑賞
2025年9月13日 09:00

映画.comスタッフが訪れた日本&世界各地の映画館や上映施設を紹介する「世界の映画館めぐり」。今回は南フランス・アルルを訪問しました。

南仏プロヴァンス地方に位置するアルルは、ローマ時代の都市遺跡が数多く残り、街全体がユネスコ世界遺産に登録されている歴史ある場所です。画家、ゴッホが暮らした街としても有名で、近年はフランク・ゲーリーが設計、1万枚以上のステンレスパネルが使われたタワーと現代美術館などを擁する文化複合施設「リュマ・アルル(Luma Arles)」も話題を集めるなど、同地方の文化・芸術の発信地としても知られています。


今回筆者が訪れた劇場はCinémas Le Méjanです。出版社Actes Sudの関連施設で、3スクリーンを擁し、主にアート、インディペンデント作品を上映する映画館です。フランスならではの古い建物の内部をリノベーションした書店、レコード店、レストランが隣接しており、映画館のある一帯が文化複合施設のような趣があります。アルルの中心部にあるこの映画館、大きな川沿いに位置するのですが、その大きな川が、ローヌ川。その名前は知らなくても、ゴッホの作品「ローヌ川の星月夜」を知っている方は多いのではないでしょうか。


アルルの街中には、ローヌ川、ゴーギャンと住んだアパート“黄色い家”の跡地、(現在は閉店していますが)フォルム広場のカフェ、ローマ時代の墓地アリスカンなど、ゴッホが描いた場所がいくつもあり、案内板が設置されています。街を散策するだけで、約140年前に、ここをゴッホが歩いて、ここから見た景色を描いたのか……と感激します。筆者は上野や浅草など、浮世絵に描かれた場所にほど近い街に住んでいるので、日本に憧れていたゴッホと時空を超えて脳内で対話をするような気分で街歩きを楽しめました。


Cinémas Le Méjanでまず鑑賞したのは、ミシェル・ゴンドリー監督のアニメーション「Maya, donne-moi un titre」(日本未公開)。ゴンドリーの娘のマヤちゃんが繰り広げる、奇想天外な夢想やいたずらを、ゴンドリーらしいクリエイティビティと遊び心で仕上げた1作でした。小学生くらいのお子さん連れで見ても楽しめる作品なので、日本でも上映&公開の機会があるといいなあと個人的に激推しします。この作品は約1時間の中編で、子ども向けプログラムだったからかチケット代金は4ユーロと良心的。通常の長編作品も8ユーロなので、財布にやさしい映画館です。


「Maya」に大満足して映画館を出ようとしたところで、劇場(の関連出版社)が発行するフリー情報誌を発見。フランスをはじめとしたヨーロッパのインディペンデント作のみならず、日本や韓国などアジアの作品も並ぶなど特色あるラインナップの中、今年亡くなったデビッド・リンチ監督特集が組まれていました。しかも「ブルーベルベット」は野外上映まで行われるとのこと。滞在中にこんなラッキーなことがあるなんて! 映画と旅の神様ありがとう……と心の中でつぶやきました。

アルル市内の別会場で行われる「ブルーベルベット」野外上映参加に期待を膨らませていましたが、なんと終映は午前1時。宿から会場まで徒歩で10分ほどで、アルルはパリに比べるとずっと治安のよい街ですが、宿までの夜道に街灯がほとんどなく暗く、Uberなどの配車サービスも断られるような微妙な距離、流しのタクシーに乗るのも気が引けて、深夜の一人歩きのリスクを考え今回は断念。翌日日中のCinémas Le Méjanでの上映に行きました。


ゴンドリーの「Maya」が上映されたスクリーンの座席は真っ赤でしたが、作品に合わせたのでしょうか、「ブルーベルベット」上映スクリーンはブルーの座席で、テンションが上がります。「ブルーベルベット」はもう3回以上見ていますが、実は映画館で鑑賞するのは初体験、4Kリマスター版だったので映像の陰影や美しさがより際立っていました。リンチの代表作ですので、何度も見たり、あらすじをご存じの方も多いと思いますが、オープニングテーマが終わって、主人公のジェフリー(カイル・マクラクラン)が拾う衝撃的な落とし物は一度見たら忘れられませんよね。

そう、ゴッホの愛したこの街で、「ブルーベルベット」を見ることに重要な意味があったのです。アートにさほど興味がない人でも、世界的に有名な画家は? と聞かれたら、まずピカソやゴッホの名を挙げるのではないでしょうか。しかし、今有名なゴッホは、生きている間その作品が全く評価されず、芸術に強い情熱を抱きながらも精神を病んでしまったという逸話も有名で、その波乱万丈な人生は、「炎の人ゴッホ」「永遠の門 ゴッホの見た未来」など何度も映画化もされています。

生前、画家としては不遇の境遇にあり、様々なトラブルから自らの耳をそぎ落としてしまったゴッホ。実は、リンチも画家を目指し、美術学校に通っていました。けれども絵画だけで成功するのはとても大変なことです。そして、リンチはその芸術的才能を映画で発揮します。筆者がかつて取材を担当した、ヴィム・ヴェンダース監督や、ピーター・グリーナウェイ監督も「本当は画家になりたかった」と語ってくださったのを覚えていますし、世界のクロサワ、黒澤明監督も画家を志し、「夢」でゴッホを登場させています。職業として画家にはならず、“動く絵画”である映画の道に進んだ監督は多いようですね。

「ブルーベルベット」の劇中には、デニス・ホッパーが暴力をふるいながらつぶやく「ゴッホにならなくて良かったな」というセリフがありましたから、リンチが映画の長で切り取られた耳を置いたのは、ゴッホのエピソードを意識してのことだったのでしょう。伝説的監督として映画界にその名を刻んだリンチの作品を、ゴッホが芸術的インスピレーションを得た街アルルで見られたのは非常に感慨深いものでした。

個人的な話になりますが、実は前回のレポートで滞在したセート(https://eiga.com/news/20250810/9/)で予期せぬアクシデントがあり、急遽アルルに移動することになったのです。想定外のアルル滞在で、まるでゴッホに導かれたかのような映画体験ができたことに驚きです。ざっくりとした計画や予定があっても、何が起こるのかがわからないのが旅や人生の面白さだなあと痛感しました。

帰路、空港に行くために立ち寄ったパリではオルセー美術館に行くこともできました。ゴッホのコーナーは世界中から集まった観光客も多く、ものすごい人だかり。筆者もアルルを経て、ゴッホが描いた本物の「ローヌ川の星月夜」を間近でじっくり見ることができ、大感激でした。テクノロジーの進歩のおかげで、物体や風景を見たままのように写し撮れる写真や、様々な技術手法を用いて制作された映像作品でも「絵画のように美しい」と誉める言葉がありますよね。人間の手による絵画にしかできない、何か魔法のようなものがあるのかもしれないなあ、と素人ながらに思いました。

そして、現在東京では「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」(東京都美術館)が開催中、20日からは神戸で「阪神・淡路大震災30年 大ゴッホ展 夜のカフェテラス」(神戸市立博物館)が開催、しかも来年は「オルセー美術館展」も開催され「ローヌ川の星月夜」も来日するようです。芸術の秋、ゴッホに思いを馳せ、彼の作品やゴッホから影響を受けた監督たちのさまざまな映画を楽しんではいかがでしょうか。

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