トランプ関税でハリウッドは救えるのか? 映画産業の国際化と保護主義の矛盾【ハリウッドコラムvol.363】
2025年5月30日 13:00

ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの最新情報をお届けします。
いまさらトランプ大統領が自身のSNSで何を発表しても驚かないが、5月4日の投稿にはさすがに目を疑った。ハリウッドを救うために、なんと海外で製作された映画に100%の関税を課すというのだ。
意外なことだが「アメリカの映画産業は非常に速いペースで死に瀕している」という彼の指摘は、珍しく的を得ている。ハリウッドはコロナ禍とその後のダブルストライキの影響から立ち直っているとはいえず、州外、外国へのランナウェイプロダクション(税制優遇を求めて製作拠点を他の州や国に移転すること)の影響もあって、ロサンゼルスで暮らす「ビロウ・ザ・ライン」と呼ばれるスタッフの多くは生活に困窮している。
ちなみにこの「ライン」とは、映画予算書の最初のページに引かれる線のことで、監督、プロデューサー、脚本家、主要キャストなど撮影開始前に発生する固定費用が線の上、撮影中に発生する変動費用はその下に書かれることに由来している。
海外ロケ地としてカナダやニュージーランドは昔から有名だが、近年イギリスのロンドンは急速に「ニュー・ハリウッド」と呼ぶべき場所へと変貌している。イギリスの税制優遇策は世界でも最高レベルで、映画・ドラマ制作は適格制作費の最大40%の税額控除を受けられる。さらにインディペンデント映画では予算1500万ポンド(約30億円)以下なら、なんと53%もの税額控除が可能だ。
「007」「スター・ウォーズ」「ハリー・ポッター」シリーズなどを手がけた一流のスタジオ設備があり、トップレベルのクルーが常駐している。また、ロンドンからはヨーロッパ各地へのアクセスが良く、多様なロケ地への移動が短時間で可能というメリットもある。税優遇、インフラ、ロケ地へのアクセスといいことずくめ。こうした恵まれた環境を背景に、「バービー」や「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」など、物語上イギリスと無関係の大作までもがロンドンで製作されるようになっている。

今年の夏の大作映画の撮影場所を見ても、「サンダーボルツ*」は主にジョージア州アトランタ(マーベルの拠点)、「ミッション:インポッシブル ファイナル・レコニング」はイギリスをベースに、マルタ、南アフリカ、ノルウェー、「ベストキッド レジェンズ」はカナダのモントリオール、「バレリーナ」はチェコ、「ジュラシック・ワールド 復活の大地」もイギリスを拠点に、タイ、マルタで撮影している。こうした海外流出の結果、かつて活気に満ちていたハリウッドの巨大なサウンドステージは空っぽになってしまっている。アバブ・ザ・ラインのスターやクリエイターは世界を飛び回れる一方で、ロサンゼルスに残されたビロウ・ザ・ラインの人たちには仕事が激減しているのだ。

ただ、ハリウッドの危機という問題認識は的確であっても、外国で作られた映画に100%の関税をかけるという対策は、映画産業の実態を無視した大間違いだ。「アメリカを解放するために」打ち出した他の相互関税政策と同様に、映画産業のグローバルな構造を無視した有害な発想でしかない。
製作側が州外や海外に拠点を移している主な理由は、ハリウッドで製作するコストが高いからだ。仮に関税をかけて海外での撮影を阻止しても、国内製作コストが跳ね上がるだけだ。その結果、予算を維持するためにスタジオは年間製作本数を減らさざるを得なくなる。皮肉なことに、労働者の仕事は増えるどころか、さらに減少する可能性が高い。そもそも、現代の映画製作は国際的な分業体制が確立しており、撮影自体をハリウッドで行ったとしても、VFXなどのポストプロダクションはインド、カナダ、ニュージーランドなど世界中の拠点と連携している。この煩雑極まりない製作工程のどこからどこまでを「海外製作」とみなし、関税をどう適用するのか、現実的に実行可能な方法は見当たらない。
関税政策がもたらすもうひとつの深刻な問題は、映画の創造性そのものを損なうことだ。映画の本質的な魅力は観客を多様な世界や場所へと誘うことにある。しかし、経済的な理由でアメリカ国内のみの撮影を強いられれば、映画が描ける物語や舞台は著しく制限されてしまう。この制約の中では、クリエイターはアメリカ国内の舞台に限定した物語を作るか、あるいは高価なCG合成に頼って海外ロケーションを偽造するしかなくなる。どちらも映画の多様性と真正性を損なう結果となり、最終的に観客体験の質を低下させることになるだろう。
トランプ大統領が引き起こした今回の議論の唯一の価値は、長年進行していたハリウッドの空洞化問題が改めて公の議論の場に出てきたことだろう。そして、実効性のある解決策は明らかだ。保護主義的な関税というムチではなく、競争力を高める税優遇という飴を提示することこそが必要なのだ。カリフォルニア州州議会は現在、映画製作税額控除プログラムを年間3億3000万ドルから7億5000万ドルへと引き上げ、控除率を35%に拡大する法案を検討中である。これに加えて連邦政府がさらに大きな規模の税制優遇を実施すれば、他州や他国と十分に競争できる製作環境が整い、ハリウッドの再生につながるだろう。
だが、自らを「ミスター・タリフマン」と呼び、関税というカードを愛用するマッチョな大統領が、実効性はあっても派手さに欠ける政策を選択するかどうかは疑問である。
執筆者紹介

小西未来 (こにし・みらい)
1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi
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