観客動員200万人、興行収入26.7億円を記録した「ラーゲリより愛を込めて」のチームが再結集して製作したのは、累計発行部数50万部を突破した馳氏の同名原作(文春文庫刊)。大切な人に会うため、岩手県釜石から彷徨ってきた1匹の犬“多聞(たもん)”が、西の方角を目指して日本を縦断する旅路で出会った、傷つき、悩み、惑う人々との心の交流を描いている。
(C)2025映画「少年と犬」製作委員会
(C)2025映画「少年と犬」製作委員会高橋が息吹を注いだのは、東日本大震災後の貧困にあえぐ中で家族のために被災地で窃盗団のドライバーをする中垣和正。多聞と出会い、生活を共にするうちに、多聞が「西の方角」を見つめ続けていることに気づくという役どころだ。一方の西野演じる須貝美羽は、ある秘密を抱えながらデートクラブで働いているが、多聞と出会ったことで本当の自分を取り戻していくという設定。美羽は多聞のことを“レオ”と呼び、徐々に平和な日常を取り戻していくが、そこに多聞を追ってきた和正が現れる。こうして2人と1匹の新たな生活が始まるが……。
■瀬々組に参加したことで得た俳優としての財産
本編を観るとロードムービー的な要素も含まれているが、生きることの喜び、そして相反する悲惨さについて考えを巡らせられる構成に仕上がっている。ふたりは、今作と関わることでこれまで自身のなかにあった考え方、価値観に変化が生じたと語る。

高橋「“当たり前”の概念が変わりました。当たり前に横にいてくれる人がいて、当たり前に自分を愛してくれる人がいて、当たり前に自分がそこに存在していることへの有難みって、日々生活をしていくと薄れていく部分なのかもしれません。この作品に関わって、和正を演じることで、最初は多聞が自分の元を離れていったり引き寄せ合うことへの奇跡の繋がりについて自分とは遠いお話だとも感じていました。ですが、やっていくなかで日常の当たり前とは異なる類というか、経験したことのない当たり前をこの作品で少しばかり感じられたのかなと思います」

西野「わたしも完成した作品を観て、『明日から大事に生きよう』と思ったのを覚えています。時間は過ぎ行くものなので、色々忘れがちですよね。明日がくることが普通だと思いがちですが、いつ何か起こるか分からないですし、誰かと急に会えなくなることも有り得るので、そういったことも含めて、改めて大事に生きようと思いました」
「ラーゲリより愛を込めて」はもちろん、「糸」「8年越しの花嫁 奇跡の実話」「春に散る」など、骨太な社会派ドラマからラブストーリーまで幅広いジャンルの作品を手がけてきた瀬々組での撮影は、ふたりの俳優としてのキャリアに大きな財産をもたらすはずだ。
高橋「瀬々監督はキャラクターの心情……、心情というと簡単そうに聞こえてしまいますが、心の中にあるものをすごく大切にしているイメージがあります。演出をつけてくださるときも『こういう感情で……』という言葉はあまり聞かなかったです。『こんなことがあって、あんなことがあって、どんな思いで今ここにいますか?』と聞いてくださるんです。
(C)2025映画「少年と犬」製作委員会自分で考える時間もいただきながら、瀬々監督からも『こういうパターンもあるよ』とアドバイスをいただける。僕らも演じながら考えてはいるのですが、演じるということとの線引きがなくなってきた気がします。自分をキャラクターに投影するというよりは、自分が役を生きたからこそ生まれるキャラクターの良い部分、悪い部分、総じてひとりの人間なんだと思わせてくれました」
西野「わたしは、感覚的な感じで演出の言葉をいただいていたかなと思います。擬音が多めといいますか……。わたし自身もお芝居に関して感覚的で、理論的に考えることが苦手なタイプなので、擬音がすっと入ってきました」
高橋「クランクインの日、僕は『もっと軽く』という言葉を何度となく言われました。役柄とかバックボーンを加味して重めのお芝居をしたら、『いや、違う。もっと軽く。ふわーっと』って。その言葉を撮影中、ずっと意識していました。重めの部分は美羽が担い、和正はそこにのまれないようにしなければ、と思いながらやっていました」
■“多聞”と過ごした日々は「驚きの連続」
そしてまた、多聞を演じたシェパード犬のさくらと過ごした日々についても聞かねばならない。ふたりは「驚きの連続だった」と口をそろえる。
高橋「犬と映画を作るということでキャスト、スタッフともに、それなりの覚悟をもって現場に臨むものですが、犬らしくない部分も併せ持った子なので、そういうことを感じさせることがないんです。撮影していないときに遊んだりしていると、一気にかわいさを垣間見せてくれるんですけどね。
(C)2025映画「少年と犬」製作委員会お芝居をしているとき、本人は意図していないんでしょうけど、こちらの気持ちを汲み取っているような瞬間があるんです。それがなんなのかは多聞にしか分からないのですが……。目を合わせてお芝居をするときも、テストではやっていなかったことを本番でやってくれたりして、それがグッとくるんです。急に目線をくれたり、『な、なに? どうしたの?』みたいな感覚が結構ありました」
西野「多聞はワンちゃんっぽい『人が大好き!』というよりは、『飼い主さん命』の忠実な子なので、遊んでくれますが基本的にクールでした。本番中もテイクは重ねてはいたのですが、不意にバチっと決めてくれましたし、目をじっと見つめてくれたりするとドキッとするんです。見透かされている印象もあり、人間にはない犬だけが出せる不思議な力があるんだと思います」

■表現者として、2人は「どこへ」向かおうとしているのか
本編中に「どっから来て、どこへ?」と問いかけるシーンがある。ふたりは俳優として、表現者として「どこへ」向かおうとしているのだろうか。
高橋「どこに向かいたいかは役者としてというのも含めあるにはありますが、まだ確固たるものにできていないと思いますし、ちょうどいま探している最中なんだと思います。年齢的にも24歳ですし、やっと大人への入り口を開けられたかなという感覚。ここから6~7年、30歳という節目のタイミングでこういう位置にいたいなというのはありますが、それを具現化するためにいま生きている感じです」

西野「どこへ……。難しいなあ。でも、いいところ、いい場所、楽園へ行きたいです。父が、昔からずっと『人生は修行だ』と言っていて、わたしも自然とそういう考え方をするようになったんです。なので、今のこの人生をわたしは修行ととらえています」
和正の「ひとつだけでいいから、良いことをしたい」というセリフも、観る者に強い余韻をもたらしてくれる。「良いこと」について話題を振ったら、高橋が意外な展開へと舵を切った。
高橋「今日、エレベーターにあった落とし物をフロントに届けました。僕、落とし物を届けるのが好きなんです。誰かの落とし物を僕が届ける。人から人へ。受け取ってくれた持ち主の人のことも思うし、そのつながりが好きで、落とし物を見つけると絶対に届けます」

西野「落とし物なのか、そうじゃないのか迷うことってない? どっちなんだろうこれは? みたいな。そんなことを色々と考えすぎてしまって、拾えなかったことはあります」
高橋「僕もこれまでに何度か財布を落としたのですが、必ず返ってくるんです。一度としてなくなったことがない……。これこそが、日ごろの行いのおかげなのかもしれませんね」