横浜流星×吉岡里帆×山田杏奈×森本慎太郎、それぞれの「信頼」と「疑念」
2024年11月29日 20:00
横浜流星と藤井道人監督が、長編劇場映画では3度目のタッグを組んだ「正体」が、11月29日から全国で公開される。世間を震撼させる殺人事件の容疑者として逮捕され、死刑判決を受けながらも脱走する指名手配犯・鏑木慶一に息吹を注いだ横浜、逃亡を続ける鏑木と日本各地で出会い、無実を信じるメインキャラクターに扮した吉岡里帆、山田杏奈、森本慎太郎が集い、それぞれの思いを語り合った。(取材・文/大塚史貴、写真/間庭裕基)
「悪い夏」で第37回横溝正史ミステリ大賞の優秀賞を受賞した染井為人氏の同名小説(光文社文庫)を、藤井監督のメガホンで映画化するもの。今作が極上のサスペンスドラマに仕上がっているのは、単に鏑木の448日間に及ぶ逃亡劇を描いているだけでなく、警察の取り調べを受ける潜伏先で出会った人々の目に映った鏑木が、それぞれまったく別人のような姿で描かれている点が挙げられる。観る者は、必然的に鏑木の“正体”を追うようになっていく。
無実を信じる3人を演じた吉岡、山田、森本の自らの役への理解度も目を見張るものがあり、作品世界にリアリティをもたらしている。吉岡扮する編集者の沙耶香は、東京でフリーライターをする鏑木が住む家がないところを助け、一緒に暮らすうちに指名手配犯であると気づきながらも無実を信じる役どころ。森本は大阪の日雇い労働者として工事現場で働きながら鏑木と友人になるが、犯人ではないかと疑念を募らせる和也を体現。山田が演じた舞は、長野の介護施設で働く鏑木と出会い、恋心を抱いていく。
2月に報道陣に公開された撮影現場で、藤井監督は今作が横浜との初長編映画になる予定だったことを明かしている。
「『正体』を撮ろうと決めた時期としては、Netflix版『新聞記者』のクランクインよりも前でした。そこから『ヤクザと家族 The Family』や『ヴィレッジ』を撮るわけですが、河村光庸(故人)と出会ってしまったがために、順番が前後しただけ。本当はこれが僕と流星にとっての最初の長編映画という思いで撮っています。いま撮れて良かったのは、最終形態に近いくらい互いのことを知り尽くしている。逃亡する先々で流星七変化というか、全ての流星が見られます。そのひとつひとつの精度、人間になり切る力が圧倒的なんです。周囲が『流星すごい!』と驚いているのを横目で見て、『うん、俺は知ってる』と思いながら撮っています(笑)」
キャスト4人にとって、藤井組の現場はどのように映ったのだろうか。横浜以外の3人は初参加となったなかで、現場で感じ取ったものがいかなるものであっただろうか。
横浜「基本的には変わらないですし、そこが良いところです。何度もタッグを組ませてもらっていますが、今回は藤井イズムを残しながらエンタメに振り切ったなと感じましたし、作品に入る前から思いも聞いていました。だからこそ自分は役に入り込み過ぎず、ちゃんとコミュニケーションを取って俯瞰で臨めたらと思っていました。これからも組んでいきますが、現時点での集大成になったのかなと感じています」
吉岡「絶対に諦めない監督。成立しているような仕上がりでも、誤差があれば絶対に修正されますし、妥協がないとはまさにこのこと。そもそも、こういう感情のこういう表情が欲しいというのはあるのでしょうが、もっと匂い立つ、にじみ出てくる目に見えないものを撮ろうとしている印象がありました。そこにチャレンジしていくって居心地が良くて、良い現場だなと何度も思いました」
森本「スタッフの皆さん、すごく仲が良いですよね。藤井監督がどういう意図で何が撮りたいというのを皆が分かっているから、すぐに動いてすぐに修正する。そして絶対に怒らない。一丸になって撮っていますよね。藤井組は本当に良いチームだなと感じました」
山田「すごいペースで何作も撮ってこられた藤井組に参加するのを、楽しみにしていました。お芝居はもちろん大事ですが、演出のうえで気持ちの部分であったり、動機は? など真摯に向き合ってくださって、役者として芝居ができて楽しいなと思える期間でした」
今作を観るにつけ、人をどこまで信じられるのか、そして信じ切れるのか…という問いを突き付けられる。改めて「信頼」と辞書で調べてみると、「信じて頼りにすること。頼りになると信じる気持ち」とある。俳優という仕事をするうえでの「信頼」とは何か、「信頼」という言葉を受け止めてどのような気持ちが湧き上がってくるか聞いてみた。
吉岡「共演する方が、わたしの考えていなかった解釈をされた際、『この人がそうするのなら、それもいいな』と思えたときに信頼しているんだなと感じます。信頼がなければ、そうは思えないから。監督が、私が脚本を読み込んだときと全く解釈が違って『あ、そう読むんだ』となったとしても、監督がそうして欲しいと言われたら素直にやれちゃったりしますしね。逆も然りで、『絶対に嫌だ!』というときもあるんですけどね(笑)」
横浜「まずは自分をさらけ出します。作品において覚悟を持って、責任感を持って、自分も背負う覚悟でやる。そうすることで、自分は決意を固めているので、皆でひとつの作品をつくっていくという方向性を瞬間瞬間で感じられるんです。ひとつになっているな、信頼しあっているなって。自分はその部分を大事にしながら、現場に臨んでいます」
森本「『頼りになると信じる気持ち』ということでいうと、流星くんが“顔”として引っ張ってくれる。背負っているものが透けて見えて頼りになるから、付いていける。いまの流星くんの言葉を聞いて、改めて現場で主役として立っている佇まいを観ると、俳優として信頼できますよね」
山田「現場でお芝居をしているときは、全ての部署の方を信頼していますし、私たちも信頼されているんだろうなと思います。アクション部の方々には命を預けているわけですから。皆の気持ちが同じ方を向いて、作品を共につくる仲間を“信頼”し合うという関係性で繋がっているんだなと改めて感じました」
一方で、4人が身を粉にして演じた役どころが抱く「疑念」について、誰もが理解を示すことができるはずだ。情報があふれ過ぎた時代だからこそ、目の前の相手と向き合うことこそ疎かにすべきでないと感じることが多々あるが、どのようなときに「疑念」を胸中に抱くか、またそれをどう払拭してきたのか聞いてみた。
横浜「自分は疑念を大切にしています。何で疑念が生まれるんだろう?って。疑念がなければ払拭しようとも思わないし、疑念を乗り越えた先に何かがあると信じているので、疑念は悪いことでもない。大切なものだととらえています」
吉岡「どういうときに疑念が生まれるかですよね。私は信じるタイプだと思っていたのですが、流星くんの今の発言を受けて、私はすごくドライなのかなと思う。信じたい人しか見ていないから信じる。でも、ちょっとでも信じられないと思うとガードが固くなったり…。具体例がうまく出てきませんが、言葉のチョイスとか、いまなんでこの話? とか、現場で皆が集中しているときにあれ? とか。そういうことは、どんどん忘れてなかったことにしちゃうかもしれませんね。だから、意外と冷たい人間なのかも」
山田「わたしもドライな方かもしれません。あれ? と思ったらなるべく関わらないようにしてきたかも。一歩踏み込もうと思える流星さんがすごいです。時にはその労力を割かなけれいけないんだなと思わせられました」
吉岡「本当に、私もそう思う。疑って、それを払拭して、その先って…。私が演じた沙耶香って、鏑木に対してあそこまで出来るって、相当思い入れがないと出来ないこと。相手をちゃんと大事に思ないと出来ないことだから、すごいと思う」
横浜「自分も、決意しなければそうはならないです。見たいものを見ようともしない自分もいるから、その決意を固めないと」
森本「僕も基本的には、人に対してちゃんと向き合おうと思うタイプです。ただ、根本は疑っているのかもしれませんね。この先に、そういう感情がなくなったときに一歩進めた感じがします」
吉岡「これは男女の違いなのかもしれませんね」
今作は、藤井監督が撮影現場で「これまでで最もエンタメ色の強い作品にする」と話していた通りの作品に仕上がっている。その中心で座長として牽引した横浜を、3人はどのように見ていたのだろうか。また横浜は、実力派の3人と様々な局面で対峙して得たものは、どのようなものだったのだろうか。
横浜「僕は皆さんから、全て与えてもらっていた側なんです。委ねていたというか、皆さんにリードしてもらった感覚です。和也は森本さんじゃなきゃいけなかったし、沙耶香は吉岡さんじゃなきゃダメだったし、舞は山田さんでなければ成立しなかった。この3人だからこそ、鏑木はああやって生きられた。違う方々だったら、ああいう風にはなっていなかっただろうし、だから皆さんに感謝の気持ちでいっぱいですよ」
吉岡「人生でなかなか経験できない役でした。楽しんでもらうだけでなく、心の中に残るものがあり、観た人に問いかける内容になっていて、エンタメだけどすごくセンシティブに撮る藤井監督のやり方は何も変わっていない。その真ん中で体現しているのが流星くん。鏑木が見てきた世界が良いものだったから、最後の落としどころへと繋がっていく。ただ変装しながら逃亡し、自分の無実を証明するためだけに生きてきた人であれば、関わってきた人たちもこうはなっていないと思う。そういう人間であるということ。それって、何カ月かの撮影期間だけで表現できるものではない。これまで生きてきたなかで、物事に真剣に向き合ってきた人の真実味があればこそ。その凄まじさと、これまで積み重ねてきたものの厚みを私は現場で感じました」
山田「横浜さんと藤井監督の信頼関係が凄いですよね。藤井監督が横浜さんのことを信頼しているのと同様に、愛を持ちながら追いかけていっている感じもしました。それは、横浜さんがひとつひとつのことに真摯に向き合われてきたからなんでしょうね。わたしは、それを近くで見させてもらっただけで良い経験をさせてもらいました」
森本「流星くんは皆に引っ張ってもらったって言っていますが、僕は流星くんに引っ張ってもらった感覚の方が強いので、逆にありがとうございますという心境です。じゃないと、和也はあの感じになっていなかったでしょうし。藤井監督と流星くんの信頼関係はもちろんですが、現場での居方も含めて引っ張ってもらった感覚が強いです」
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執筆者紹介
大塚史貴 (おおつか・ふみたか)
映画.com副編集長。1976年生まれ、神奈川県出身。出版社やハリウッドのエンタメ業界紙の日本版「Variety Japan」を経て、2009年から映画.com編集部に所属。規模の大小を問わず、数多くの邦画作品の撮影現場を取材し、日本映画プロフェッショナル大賞選考委員を務める。
Twitter:@com56362672
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