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【「海の沈黙」評論】表層的な印象で物事を判断することの危うさを戒める作品

2024年11月24日 10:00

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画像1(C)2024 映画「海の沈黙」INUP CO.,LTD

世界的な画家・田村(石坂浩二)の展覧会で、彼が展示作品のひとつを贋作だと訴えた事件。そして、北海道で全身刺青の女性が死体で見つかった事件。いっけんすると異なる二つの事件から浮かび上がったのは、かつて新進気鋭の天才画家と呼ばれながらも、突然姿を消した津山(本木雅弘)という男。「海の沈黙」(2024)は、津山の過去を描きながら、芸術に対する執念と事件の真相が解き明かされてゆく。倉本聰の脚本で北海道が舞台のひとつとなると、彼がこれまで手掛けてきた作品群を想起せずにはいられないが、映画の脚本としては「海へ See you」(1988)以来36年ぶりの作品なのである。加えて、倉本聰が「構想60年」と述懐していることから、どうしても作品として形にしたかった脚本だったことを推し量れる。そんな彼の熱意は、キャストに名を連ねた極上な俳優たちの面子にも表れている。

本作で描かれている、本物か?それとも偽物か?という問い。或いは、それまでの評価を一転する出来事というのは、これまでの倉本聰作品で踏襲されてきたものだ。例えば、池上季実子にとって“足ながおじさん”のような存在だった「冬の華」(1978)の高倉健や、「北の国から‘95秘密」(1995)における宮沢りえの存在は、その好例だといえる。「思っていた人と違う」ということが、人間関係に襞を生んでいたからだ。そういった心の変化に対して倉本聰が抱く疑念を、「海の沈黙」では偽物であると判明した途端に世間が芸術作品に対する価値を下げてしまう風潮へと変容させていることが判る。

自戒の念を込めて言及すると、“映画に対する評価”においても倉本聰が投げかける問題とは無縁ではない。やや異なる視点ではあるが、或る作品に対する評価なるものは、時間の経過とともに変化してゆくという側面があるからだ。例えば、不朽の名作とされてきた「風と共に去りぬ」(1939)。初公開時から黒人の描写が差別的だと指摘されてきたが、現在アメリカでは問題に対する解説動画を本編前に加えた形式で配信されている。好きな映画のベストテンでは長きにわたって不動の1位を誇っていた作品だが、現状では偏見を助長する作品として以前よりも評価が下がっている。他方、<B級映画>よりも質の低い<Z級映画>と揶揄されたエド・ウッド監督のような事例もある。駄作との刻印を押され、誰も見向きもしなかった作品が、ティム・バートン監督の「エド・ウッド」(1994)によって再評価。日本では1987年に「死霊の盆踊り」(1965)が劇場公開されたことによって、ウッドの名がクローズアップされたという経緯もあった。

風と共に去りぬ」にしても、エド・ウッドの監督作品にしても、作品そのものは何も変わっていない。社会の潮流が変化したことで、世間の評価が変わっただけに過ぎないのだ。ならば、初公開当時の観客がスカーレット・オハラの姿に感動したという反応を、現代社会の視座のみで「偽物だった」と容易には断罪できないのではないか。これまで多角的な形で倉本聰が投げかけてきた“疑念”は、SNSの時代を迎えて美術や映画のみならず、或る特定の人間に対する評価のあり方にも向けられている。それゆえ、個人の特性や文脈を軽視して、表層的な印象で物事を判断することの危うさを、「海の沈黙」は改めて自戒させるのである。

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