「そこのみにて光輝く」公開から10年 企画・製作の菅原和博氏が振り返る“幸せな光景”
2024年9月6日 20:00
呉美保監督のもと綾野剛、池脇千鶴、菅田将暉が共演した「そこのみにて光輝く」は、2014年を象徴する傑作として現在でも多くの人の記憶に刻まれている。あれから10年――。北海道・函館で映画館「シネマアイリス」の館主を務めながら、同作の企画・製作として奔走した菅原和博が当時を振り返る。(取材・文/大塚史貴)
10年前、「そこのみにて光輝く」が放った“熱量”は、函館から日本全国、そして世界を駆け巡った。第87回アカデミー賞外国語映画賞に日本代表作品として出品されたほか、第38回モントリオール世界映画祭では最優秀監督賞を受賞。13年6~7月に函館で撮影された今作は、同所で暮らす市井の人々の心に確かに寄り添い、それを世界の映画ファンが敏感に感じ取ったからこそ、ここまで高く評価されたのだろう。
全ての始まりは、更に4年さかのぼる。同じ佐藤泰志原作「海炭市叙景」(10/熊切和嘉監督)が函館市民の地道な募金活動で得た資金を軸にしながら製作され、第23回東京国際映画祭コンペティション部門に選出されたほか、第12回シネマニラ国際映画祭ではグランプリと最優秀俳優賞(アンサンブルキャスト)の2部門を制した。
地方発の映画が世界で勝負できたことが「そこのみにて光輝く」製作へと舵を切ったのかと思ったら、菅原はそうではないという。
「『海炭市叙景』を撮影中の2010年2~3月、エピソードを3つくらい撮り終えた頃だったかな。全ての撮影を終えたわけではなかったけれど、スタッフたちの表情からは明らかに手ごたえを感じていることがうかがえた。僕も同じで、きっとうまくいく…と確信していたんだ。
そんな時に星野秀樹プロデューサーと色々話をする機会があって、何げなく『実は佐藤原作でこういう小説があって、凄く映画的な物語だから読んでみてくれませんか?』と伝えたらすぐに読んでくれて、『凄く良かったです。ぜひ一緒に!』という展開になったんだよ。それから、少しずつ映画化に向けて互いにイメージを共有していったんです」
だが、資金面も含めてとんとん拍子で進むほど順調だったわけではない。「海炭市叙景」は興行面で堅調な結果を残し、何よりも作品評価が高かった。それでも、佐藤作品が次々と映画化された現在とは異なり、当時はまだ佐藤の知名度も高くはなかった。
「『海炭市叙景』が興行面でも批評面でも良かったので、『そこのみにて光輝く』はすんなり撮れるのかと思っていたんだけど、いいところまで進みながら『やっぱりちょっと話が暗いですね』と断られてしまったりで、試行錯誤しながら結局3年くらいかかってしまった。
それでも、飛ぶ鳥を落とす勢いの綾野剛さんが出演してくれることになり、高田亮さんが長い小説を上手く脚本に落とし込んでくれた。そこからは、TCエンタテインメントの永田守さんの尽力でお金も集まった。
スタッフに関しても『海炭市叙景』とほぼ一緒。撮影の近藤龍人さん、照明の藤井勇さんも勝手が分かったうえで違うものを作っていこうという気概に溢れていて、呉美保監督も含めて誰もが気合に満ちていた。それは、やっぱり『海炭市叙景』の存在が大きかった。そのエネルギーが、良い方に向かった。牽引してくれたのは綾野さんだけど、菅田将暉さんの存在も大きかったね」
「海炭市叙景」(10)、「そこのみにて光輝く」(14)、「オーバー・フェンス」(16)の3本は、“函館3部作”として認知されているが、熊切監督、呉監督、山下敦弘監督という大阪芸術大学出身の3人がメガホンをとっている。これは意図してオファーしたものと思っていたが……。「実は、全くの偶然なんだ。結果的にそうなったけれど、当時はそんなことを考えていなかったし、そんな余裕もなかったからね」と穏やかな笑みを浮かべる。
製作費に際しては、TCエンタテインメントの尽力、エグゼクティブプロデューサーを務めた前田紘孝さん(故人)が展開したクラウドファンディング、そして「海炭市叙景」の時と同様に函館市民からの寄付でまかなわれた。函館の人々の士気も上がっていたそうで、「撮影時期が夏だったし、開放感もあったね。地元からの期待値みたいなものは、ひしひしと感じていたし、とにかくまた撮れることがありがたかった」
そして、モントリオール世界映画祭での快挙は、興行面でも大きく貢献してくれた。14年9月25日には、シネマアイリスで呉監督が“凱旋”舞台挨拶を行っている。同所に居合わせた筆者も舞台挨拶を取材したが、客席は満席に近かった。
呉監督はこの舞台挨拶で、モントリオールの公式上映後のティーチインで菅田の人気が高かったことを明かしている。「『あの弟役は来ていないのか? あいつは最高だ!』という声がすごく多かったんです。暗くなりがちな世界観を絶妙に成立させたのは彼だ、3人そろってこそ成立したんだという声が多かったですね」と説明。授賞式は途中から受賞を諦めていたそうで、「ダメだと思って、みんなでダラっとしていたんです。そうしたら英題で作品名が呼ばれて、DVD特典映像用にビデオを回す予定だったプロデューサーの星野さんが慌てていた」と裏話を披露し、客席を沸かせていた。
「最初の興行も大成功でしたが、モントリオールから凱旋して改めて上映してみたら、すごくたくさんのお客さんが来てくれた。そのおかげで、その後の映画製作の資金が作れたようなものだから」
また、モントリオールへは家族も同伴したそうで、思い出深い一夜になったようだ。「授賞式の夜は、本当に幸せな時間だったなあ。みんなでモントリオールのレストランへ行ったんだけど、僕も家族を連れて行ったから約30人の大所帯だった。みんなが笑顔で、良い思いをさせてもらいました」。
帰国すると、芸能事務所から「うちの俳優も佐藤泰志の映画に出たいのですが…」という問い合わせが幾つも入ったようだ。現在68歳の菅原は改めて当時を振り返り、「当時は当たり前だけど、今よりもエネルギッシュだった。自分が観たいと思える映画を『海炭市叙景』と『そこのみにて光輝く』を作ることで、実現できた。より映画の心臓部に近づいた気がして興奮もしたし、いち映画ファンとしても醍醐味を味わうことができた。映画館を経営している人間としては、お客様がいっぱい足を運んでくれて活性化にもつながった。シネマアイリスは今年28年目だけど、ここまで続けてこられたのは映画作りを経験したからこそじゃないかって思うんです。映画が映画館を助けてくれたんだね」
コロナ禍で製作、公開した「草の響き」(21)以降、新作の話が具体化こそしていないが、これで立ち止まるつもりは毛頭ない。佐藤原作以外のものも含め、企画の構想は温めている。映画製作の“怖さ”も知っているだけに、機が熟すのを冷静に見極めようとしている菅原の今後を引き続き追いかけていきたい。
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執筆者紹介
大塚史貴 (おおつか・ふみたか)
映画.com副編集長。1976年生まれ、神奈川県出身。出版社やハリウッドのエンタメ業界紙の日本版「Variety Japan」を経て、2009年から映画.com編集部に所属。規模の大小を問わず、数多くの邦画作品の撮影現場を取材し、日本映画プロフェッショナル大賞選考委員を務める。
Twitter:@com56362672
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