【「新米記者トロッ子 私がやらねば誰がやる!」評論】儚さと強さを持つヒロインがリアルとフィクションの間で瑞々しく輝く
2024年8月18日 08:00
人気アイドルグループ「櫻坂46」の藤吉夏鈴が映画初出演にして初主演を務めたアイドル映画として充分楽しめるが、本作はそれ以上の輝きを放つ青春映画に仕上がっている。メガホンをとったのは、「ももいろそらを」「殺さない彼と死なない彼女」などのひと癖ある作品で青春映画の演出に定評のある小林啓一監督。藤吉の俳優としての魅力を引き出して主人公トロッ子と融合させ、藤吉もその演出に応えて新たな可能性を見せている。
原案はなんと、日本大学藝術学部・映画学科に在籍中だった宮川彰太郎が、高校生の時にアイデアを考え、大学の授業の課題として提出したオリジナル映画の企画書。母校の不祥事に端を発した熱量の高い原案がプロデューサーの目に留まり、「辻占恋慕」の大野大輔が脚本を手がけ、映画化実現に至ったという。高校の新聞部を舞台に、高校生たちが大人たちの闇を暴き、“善悪”や“正義”とは何かを問いかける、痛快な社会派の青春エンターテインメント作品に昇華した。
文学少女で憧れの作家がいる名門高校の文芸部に入部するはずが、ひょんなことから非公認の新聞部に潜入し、新米記者として活動することになった主人公のトロッ子こと所結衣が、高校の闇に切り込んでいくことになる。トロッ子=トロッコとは、新聞業界用語で「新人記者」のことで、「まだ記者(汽車)として一人前ではない」という冷やかしの意味合いでそう呼ばれていた。取材を続けるうちにジャーナリスト魂に火がつくトロッ子を、藤吉が内に秘めたような眼差しで真っ直ぐに演じ、彼女が醸し出す独特な空気感とテンポで突き進んでいく様が、破天荒な新聞部部長を演じた髙石あかりに引っ張られながら物語展開をけん引していく。
今回は大野脚本の台詞の要素も強いが、小林監督の演出は、通常のテンポとは異なるような台詞まわしと俳優同士の掛け合いが特徴的。特に注目して欲しいのは、登場人物たちの視線とその交わりである。映画演出において当たり前と言えば当たり前なのだが、カットごとに切り取られる視線の方向とつなぎが的確で、それによって人物同士の感情の交わりが伝わってくる。成瀬巳喜男監督の視線の演出を想起したほど。また、主人公たちを切り取る世界も光(自然光)を意識した画面とカメラの動き(特に横移動)、風や電車などの日常における生活音によって、リアルでありながら、不思議な物語世界へと誘っていく。
その世界の中で、髙石あかりと文芸部部長を演じた久間田琳加が存在感を放ち、中井友望、外原寧々、綱啓永ら次代を担う若手キャストたちがケミストリーを発揮。さらに髙嶋政宏、石倉三郎、筧美和子らが脇を固めてコメディ要素と説得力を与えてる。小林監督ワールドのリアルとフィクションの間で、藤吉が儚さと強さを持つヒロインを瑞々しく演じ、また新しい世代の“アイドル”青春映画が誕生した。
執筆者紹介
和田隆 (わだ・たかし)
1974年生まれ。映画業界紙の記者、編集長などを経て取締役に就任。キネマ旬報などに寄稿。2014年より映画.comで国内映画ランキング、新規事業などを担当。映画もプロデュース。
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