【「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」評論】「月面着陸」=「真実」=「陰謀論」という奇妙な公式
2024年7月21日 14:00
アポロ11号は月面着陸していない。そう信じている人々は、今も一定数いる。アポロ計画に対する斯様な陰謀論は、半世紀以上経過した現在でも不思議と沈静化することがない。一方で、JAXAの小型月着陸実証機が撮影した月面画像が地球へ送信され、NASA主導のアルテミス計画では日本人宇宙飛行士の月面着陸参加が報じられるなど、月探査計画は日本にとっても現実的なものになってきたという感もある。
「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」は、世界中に生中継されたアポロ11号の月面着陸映像に対する陰謀論を基にした作品。宇宙飛行士の視点で描かれた「アポロ13」(1995)や「ファースト・マン」(2018)、或いは、技術者の視点で航空宇宙開発のプロセスを描いた「ドリーム」(2016)と異なり、今作ではスカーレット・ヨハンソン演じるPRのプロフェッショナルの視点でアポロ計画が描かれている点が特徴だといえる。それは、月面着陸そのものの成功よりも、月面着陸のフェイク映像を撮影するという“バックアッププラン”を成功させる方に物語の重点が置かれているからだ。
そこで想起させるのが、ピーター・ハイアムズ監督の「カプリコン・1」(1977)。設定を火星探査に置き換えることでフィクション性を高めながら、月面着陸に対する世間の疑惑を政治スリラーのような物語としてエンタメにしてみせていた。「国家の威信をかけたプロジェクトを失敗させるわけにはいかない」という理由を基に、地上のスタジオで着陸の一部始終を極秘に撮影するという同様の設定であったことが指摘できる。ところが、打ち上げられたロケットが帰還に失敗してしまう「カプリコン・1」とは反対に、「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」ではスタジオ内の撮影の方でトラブルが起こってしまう。
今作が優れているのは、陰謀説を基本にした物語を構築しながらも、結果的に歴史的事実の方へ敬意を払っている点にある。「月面着陸」=「真実」=「陰謀論」という奇妙な公式を導くことで、わたしたちはこの映画で描かれる<嘘>に魅せられてしまうのだ。加えて「偽物か? それとも本物か?」という命題に対して、男女の恋愛に同期させている点も秀逸だといえる。とどのつまり、「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」はアポロ計画に対する陰謀論をモチーフにしながら、異なる境遇の男女が相互理解に至る<ロマンティック・コメディ>というジャンルに帰着している。ロケットの打ち上げを見上げている瞬間だけは、誰もが成功を祈っているからこそ、そこに東西冷戦の確執や敵意は存在せず、男女の隔たりや人種間の隔たりさえも存在しないことが重要なのだ。
執筆者紹介
松崎健夫 (まつざき・たけお)
映画評論家。東京芸藝術大学大学院映像研究科映画専攻修了後、テレビや映画の現場を経て執筆業に転向。ゴールデン・グローブ賞の国際投票権を持ち、キネマ旬報ベスト・テン選考委員、田辺・弁慶映画祭審査員、デジタルハリウッド大学客員准教授を務めている。「そえまつ映画館」「シン・ラジオ」など、テレビ・ラジオ・配信番組に出演。劇場パンフレット等に多数寄稿し、共著に「現代映画用語事典」がある。
Twitter:@eigaoh
関連ニュース
浜辺美波、坂本龍馬役・赤楚衛二の「6キロ落とした」役作りにびっくり! 織田信長役のGACKTは「オファーがあった時に、まず話を聞かないで断った」
2024年4月22日 17:40
映画.com注目特集をチェック
ライオン・キング ムファサ NEW
【ディズニー史上最も温かく切ない“兄弟の絆”】この物語で本当の「ライオン・キング」が完成する
提供:ディズニー
中毒性200%の特殊な“刺激”作 NEW
【人生の楽しみが一個、増えた】ほかでは絶対に味わえない、尖りに尖った映画体験
提供:ローソンエンタテインメント
大人気マンガを実写化…大丈夫か!? NEW
ファンを失望させないか…? 不安な原作ファンが“企画した人”に忖度なしでインタビューしてきた
提供:東映
ラスト5分、涙腺崩壊――
【珠玉の傑作】いじめで退学になった少年の、再生と希望の物語。2024年の最後を優しい涙で包む感動作
提供:キノフィルムズ
映画を500円で観る“裏ワザ”
【「2000円は高い」というあなたに…】知らないと損する“超安くなる裏ワザ”、こっそり教えます
提供:KDDI
モアナと伝説の海2
【モアナが歴代No.1の人が観てきた】神曲揃いで超刺さった!!超オススメだからぜひ、ぜひ観て!!
提供:ディズニー
【眠れなくなる衝撃作】
ショッキングな展開に沼落ち確定…映画.comユーザーに熱烈にオススメしたい圧巻作
提供:hulu
関連コンテンツをチェック
シネマ映画.comで今すぐ見る
内容のあまりの過激さに世界各国で上映の際に多くのシーンがカット、ないしは上映そのものが禁止されるなど物議をかもしたセルビア製ゴアスリラー。元ポルノ男優のミロシュは、怪しげな大作ポルノ映画への出演を依頼され、高額なギャラにひかれて話を引き受ける。ある豪邸につれていかれ、そこに現れたビクミルと名乗る謎の男から「大金持ちのクライアントの嗜好を満たす芸術的なポルノ映画が撮りたい」と諭されたミロシュは、具体的な内容の説明も聞かぬうちに契約書にサインしてしまうが……。日本では2012年にノーカット版で劇場公開。2022年には4Kデジタルリマスター化&無修正の「4Kリマスター完全版」で公開。※本作品はHD画質での配信となります。予め、ご了承くださいませ。
父親と2人で過ごした夏休みを、20年後、その時の父親と同じ年齢になった娘の視点からつづり、当時は知らなかった父親の新たな一面を見いだしていく姿を描いたヒューマンドラマ。 11歳の夏休み、思春期のソフィは、離れて暮らす31歳の父親カラムとともにトルコのひなびたリゾート地にやってきた。まぶしい太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、2人は親密な時間を過ごす。20年後、当時のカラムと同じ年齢になったソフィは、その時に撮影した懐かしい映像を振り返り、大好きだった父との記憶をよみがえらてゆく。 テレビドラマ「ノーマル・ピープル」でブレイクしたポール・メスカルが愛情深くも繊細な父親カラムを演じ、第95回アカデミー主演男優賞にノミネート。ソフィ役はオーディションで選ばれた新人フランキー・コリオ。監督・脚本はこれが長編デビューとなる、スコットランド出身の新星シャーロット・ウェルズ。
ギリシャ・クレタ島のリゾート地を舞台に、10代の少女たちの友情や恋愛やセックスが絡み合う夏休みをいきいきと描いた青春ドラマ。 タラ、スカイ、エムの親友3人組は卒業旅行の締めくくりとして、パーティが盛んなクレタ島のリゾート地マリアへやって来る。3人の中で自分だけがバージンのタラはこの地で初体験を果たすべく焦りを募らせるが、スカイとエムはお節介な混乱を招いてばかり。バーやナイトクラブが立ち並ぶ雑踏を、酒に酔ってひとりさまようタラ。やがて彼女はホテルの隣室の青年たちと出会い、思い出に残る夏の日々への期待を抱くが……。 主人公タラ役に、ドラマ「ヴァンパイア・アカデミー」のミア・マッケンナ=ブルース。「SCRAPPER スクラッパー」などの作品で撮影監督として活躍してきたモリー・マニング・ウォーカーが長編初監督・脚本を手がけ、2023年・第76回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリをはじめ世界各地の映画祭で高く評価された。
「苦役列車」「まなみ100%」の脚本や「れいこいるか」などの監督作で知られるいまおかしんじ監督が、突然体が入れ替わってしまった男女を主人公に、セックスもジェンダーも超えた恋の形をユーモラスにつづった奇想天外なラブストーリー。 39歳の小説家・辺見たかしと24歳の美容師・横澤サトミは、街で衝突して一緒に階段から転げ落ちたことをきっかけに、体が入れ替わってしまう。お互いになりきってそれぞれの生活を送り始める2人だったが、たかしの妻・由莉奈には別の男の影があり、レズビアンのサトミは同棲中の真紀から男の恋人ができたことを理由に別れを告げられる。たかしとサトミはお互いの人生を好転させるため、周囲の人々を巻き込みながら奮闘を続けるが……。 小説家たかしを小出恵介、たかしと体が入れ替わってしまう美容師サトミをグラビアアイドルの風吹ケイ、たかしの妻・由莉奈を新藤まなみ、たかしとサトミを見守るゲイのバー店主を田中幸太朗が演じた。
奔放な美少女に翻弄される男の姿をつづった谷崎潤一郎の長編小説「痴人の愛」を、現代に舞台を置き換えて主人公ふたりの性別を逆転させるなど大胆なアレンジを加えて映画化。 教師のなおみは、捨て猫のように道端に座り込んでいた青年ゆずるを放っておくことができず、広い家に引っ越して一緒に暮らし始める。ゆずるとの間に体の関係はなく、なおみは彼の成長を見守るだけのはずだった。しかし、ゆずるの自由奔放な行動に振り回されるうちに、その蠱惑的な魅力の虜になっていき……。 2022年の映画「鍵」でも谷崎作品のヒロインを務めた桝田幸希が主人公なおみ、「ロストサマー」「ブルーイマジン」の林裕太がゆずるを演じ、「青春ジャック 止められるか、俺たちを2」の碧木愛莉、「きのう生まれたわけじゃない」の守屋文雄が共演。「家政夫のミタゾノ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭が監督・脚本を担当。
文豪・谷崎潤一郎が同性愛や不倫に溺れる男女の破滅的な情愛を赤裸々につづった長編小説「卍」を、現代に舞台を置き換えて登場人物の性別を逆にするなど大胆なアレンジを加えて映画化。 画家になる夢を諦めきれず、サラリーマンを辞めて美術学校に通う園田。家庭では弁護士の妻・弥生が生計を支えていた。そんな中、園田は学校で見かけた美しい青年・光を目で追うようになり、デッサンのモデルとして自宅に招く。園田と光は自然に体を重ね、その後も逢瀬を繰り返していく。弥生からの誘いを断って光との情事に溺れる園田だったが、光には香織という婚約者がいることが発覚し……。 「クロガラス0」の中﨑絵梨奈が弥生役を体当たりで演じ、「ヘタな二人の恋の話」の鈴木志遠、「モダンかアナーキー」の門間航が共演。監督・脚本は「家政夫のミタゾノ」「孤独のグルメ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭。