【「YOLO 百元の恋」評論】徹底した役作りと“自分に打ち勝つ”という普遍的なテーマが心を打つ
2024年7月14日 08:00
驚くべき映画である。オリジナル版に強い敬意を示しつつ、リメイクを超えて見事に換骨奪胎し、映画の原点であるリアルなアクションとコメディ、そして普遍的なテーマが人々の心を打つことを改めて証明した、映画愛に溢れる作品だ。中国の国民的コメディアンであるジャー・リンが主演だけでなく自ら監督も務めており、その才能と並々ならぬ熱い思いがスクリーンから伝わってきて、倒されても何度でも立ち上がる様に、笑い、涙せずにはいられない。
オリジナル版は、足立紳の脚本を、武正晴監督のメガホン、安藤サクラの主演で映画化した「百円の恋」(2014)。異例のロングランヒットを記録し、米アカデミー賞の外国語映画賞日本代表作品に選出されるなど高い評価を得た秀作だ。今回のリメイクに際し、足立、武監督、佐藤現プロデューサーが監修として開発段階から参加したという。
ジャー・リンは製作に挑むにあたり、なんと1年以上もメディアから姿を消し、元々80キロほどあった体重からさらに20キロも増量。100キロを超えた状態で撮影に入り、並行して取り組んだボクシングトレーニングを経て、最終的に50キロ以上も減量するという、名作「レイジング・ブル」(1980)などでロバート・デ・ニーロがみせた“デ・ニーロ・アプローチ”(徹底した役作り)ばりの役作りを実践してみせる。本作の冒頭、ジャー・リン演じる主人公のドゥ・ローインが100キロを超えた状態で登場する姿は、昨今の映画で多用されている特殊メイクではないかと見間違うほどの迫力だ。
無職で実家に引きこもっていた32歳のローインが、出戻りの妹とケンカをして家を出て、ボクサーの男にひと目ぼれしてボクシングに出あうという、物語の中盤あたりまではオリジナル版に沿ったドラマが展開する。そして、プライドを傷つけられ失意のどん底から「一度は勝ってみたい」という思いでボクシング大会への出場を決意してからは、ジャー・リンワールドに突入していく。ボクシング映画の名作のテーマ曲が流れ(パロディとリスペクト)、ボクシングの厳しいトレーニングに励みながら、徐々に身体が絞られていく様がテンポよく描かれる。
100キロからの無謀な挑戦は、本気でも数年かかると思われたが、ローインは短期間で達成し、その鍛え上げられた肉体には息をのむ。CGやVFX、特殊メイクではない、撮影と並行してリアルに鍛え上げられていくその姿だけで胸が熱くなる。そして、プロ相手の試合に偶然出場できることが決まり、ドラマチックなクライマックスを期待するが、ここからの展開はその期待を超えてくるだろう。ボクシング大会への出場をなぜ決意したのか、「人生は一度きり」と、その理由が回収されていく。シルベスター・スタローンの名作「ロッキー」(1976)のように、ローインの目的はやがて試合の勝敗ではなく、「自分自身に打ち勝つこと」なのだ。
昨今、身体や容姿への差別的表現は非常にセンシティブだが、ジャー・リン監督は自ら主人公を演じることで、笑いを随所に挟みながらヒューマンコメディへと昇華させている。そしてさらに、物語が終わったと思いきや、ジャッキー・チェン作品のエンドロールのNGシーンのように、本作の製作メイキングが流れ、ローインの物語であるとともに、ジャー・リンの物語が重ね合わされる。チャールズ・チャップリン、バスター・キートンからジャッキー・チェンらへと脈々と受け継がれているアクションコメディ、そして一度きりの人生をいかに生きるかというボクシングドラマを継承する快作だ。
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