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ダニエル・ラドクリフのスタントマン、懸賞生活のなすび、悪名高き弁護士……「Doc NYC」注目作を紹介【NY発コラム】

2023年12月10日 10:00

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「電波少年的懸賞生活」で一躍時の人になったなすびを描いた 「TheContestant」 

ニューヨークで注目されている映画・ドラマとは? 現地在住のライター・細木信宏が、スタッフやキャストのインタビュー、イベント取材を通じて、大作だけでなく、日本未公開作品や良質な独立系映画なども紹介していきます。



2010年から開催され、今年で14回目を迎える北米最大のドキュメンタリーの祭典「Doc NYC」。今年の長編作品は105本。短編をあわせると200以上の作品が出品され、 その中で30本がワールドプレミア、26本がUSプレミアを迎えた。今回は、同映画祭で話題になった作品と、筆者が鑑賞したおすすめの5作品を紹介しよう。

●「Ashima」

本作は、14歳で世界の頂点に立った日系アメリカ人のロッククライマー・白石阿島(現在は22歳)と、彼女の父親であり、かつては舞踏家だったPoppo(本名は白石久年)の関係をとらえたもの。阿島という名前は、父・Poppoの故郷「愛媛県新居浜市阿島」からとって名付けられたそう。クライミングが得意だった阿島を、Poppoがニューヨークのセントラルパークにある“Rat Rock”に毎日のように連れて行ったことから、ボルダリングへの傾倒が始まった。

ボルダリングの難易度を示すグレードは“V”で決められており、V0~2は初心者、V3~6は中級レベル、V7~9は上級レベル、V10~13がプロレベルとされている。幼い頃からボルダリングの才能を開花させた阿島がV13に挑戦したのはわずか10歳。映画では、阿島が最も若い年齢でV14を達成しようとしていく。

魅力的なのは、そんな阿島の才能を小さい頃から見抜いていた父親Poppo。彼女がクライミング中に落ちても良いように、マットを地面に敷いたり、大きな事故が起きないように下で手を広げて待つ。そんな父子の関係が全面に押し出されているのだ。海外の遠征先やトレーニングに同行するだけでなく、阿島の能力を最大限に伸ばすために注力している。

特に注目して欲しいのは、2人で行うトレーニングだ。Poppoは阿島を子どもだからと言って甘やかさず、舞踏家の経験から体をいかに使えばいいのかを教え、精神面をストイックに鍛えていく。世界最高峰のフリークライマー、クリス・シャーマのもとでのトレーニング映像だけでなく、世界の一線で活躍する著名人がプレゼンを披露するイベント「TED」トークのティーン版「Ted For Teen」の様子も。何を話すか、何をプレゼンするのかを話し合っている最中の阿島からは“ごく普通の女の子の表情”が見えるだろう。なお、今でこそ阿島にはスポンサーがついている。父親Poppoがトレーニングに専念していたため、当初は母親が家族全員を養って奔走している。その様子も見どころだ。

●「David Holmes:The Boy Who Lived」

世界中で人気を博した映画「ハリー・ポッター」シリーズ主演のダニエル・ラドクリフのスタントマンを務めた男デヴィッド・ホームズについての作品。事故で頚椎損傷を負っても希望を持って生きる姿、それをサポートするラドクリフの姿をとらえている。幼少期のホームズは好奇心旺盛。恐れることなくアスレチックや室内のキッズスペースなどで体を動かし、6~18歳には、本格的な体操の練習を毎週6日間続けるほどのめり込む。

少年時代からスタントマンになる夢を抱いていたホームズは、スタント・コーディネイターのグレッグ・パウエルに目をつけられ、映画「ロスト・イン・スペース」に出演。その後、いくつかの作品を経て「ハリー・ポッター」のラドクリフのスタントダブルに大抜擢されることになったのだ。

例えば、主人公のハリーがファイアボルト(ホウキ)を使って飛ぶシーン。長時間ファイアボルトにつかまっていなければならず、さらに雨のシーン、風の強いシーンはより困難を極めたことも明かしている。

「ハリー・ポッター」シリーズは長期に渡って製作されたため、俳優陣はセットでお互いの成長過程を見ながら、特別な絆を深めていった。今作で魅力的なのは、ホームズとラドクリフの信頼関係がしっかり描かれているところ。デヴィッドが先にアクションの手本を見せ、その後安全であることを確認してから、ラドクリフがデヴィッドの動きを真似しながらアクションに臨む。いつしか彼らの関係は深まり、ラドクリフはもうひとりのスタントマン・マークと共に、ニューヨークで遊ぶほど親密な関係になっていった。

だが、2009年、「ハリー・ポッター」シリーズ最終章のプリプロダクションの段階で、ホームズが頚椎損傷を負うという“大事故”が発生してしまう。ベッドに寝ているものの、それでも快活に話すホームズの姿を見たラドクリフは、元の状態に戻ることを信じていたようだ。

大事故を起こしたことに腹を立てたホームズの母親は、プロダクションを訴えるつもりだったが、ホームズはそれをながめ、ネガティブな気持ちを追い払った。ポジティブなマインドセットになっていき、車椅子の生活をしながらも、さまざまことに挑戦していく。あまり陽の目を見ないスタントマンが、どれだけ命懸けで映画を支えているのか。この1本を鑑賞するだけで、それが理解できるはず

●「Mediha」

審査員賞を獲得した話題の映画。本作は、ISISが画策したヤジディ教徒に対する大量虐殺の生存者となった女の子・メディハの日々、行方不明になった両親(父親はおそらく亡くなったとみなされている)、一番下の弟バザーンを捜索する過程をとらえている。現在、イラクの北部にあるクルディスタン地域(クルド人の自治地域) に住むメディハは、2人の兄弟ガザワンとアドナンと共に暮らしている。

映画では、羊が放牧された広大な土地、ダンスを踊る村人たちなど、ISIS襲撃前ののどかな映像も使用されている。メディハは自らカメラを持って撮影し、長年虐げられてきたクルド人の歴史を淡々と語っている。

ISISに囚われたヤジディ教徒の男性は殺害され、遺体は巨大な墓地に捨てられる。囚われた男の子たちは、チャイルド・ソルジャーとして訓練させられ、 女性や女の子は性奴隷にさせられ、ISISのメンバー間で売られるという衝撃的な事実が次々と判明していく。

ヤジディ教徒の人々をレスキューするチームに所属するバウザッドは、行方不明、もしくは殺害されたヤジディ教徒の人々を村ごとにファイルに記録。今でも3000人が行方不明のままであることが明かされる。

ISISに襲撃されたヤジディ教徒の親とコミュニティは、子どもたちにISISに襲撃された話を極力せず、恐怖の体験を思い起こさせないようにしている。だが、ISISの虐殺と性奴隷から逃れてきたメディハは、今もトラウマを抱え、診療所に通っている。本人はシャワーを浴びているときに「怖い」と感じる時があるようだ。

叔父が襲われた場所、崩壊した家屋を撮影し、自身の言葉で語るメディハ。両親を追っていたレスキューチームは、ISISによる暴力から避難を余儀なくされた人々が、シリア・アルホルのプリズン・キャンプで目撃されたという噂を聞きつける。ISISのメンバーにとらえられたヤジディ教徒の人々を、シリアやトルコも含めて探索し始める光景とともに、メディハがISISに囚われてた時にリストカットしたこと、薬を大量に飲んで自殺を図ろうとしたことがわかっていく。

戦争のトラウマ、それを克服するための困難な闘いに光を当てるとともに、捕らわれの身となった女性や子どもたちの心理的複雑さを深く抉った秀作。最後に驚きの展開が待ち受けている。

●「The Contestant」

「Doc NYC」オープニングナイトを飾った作品。1998年から放送された日本のバラエティ番組「進ぬ!電波少年」(「電波少年」シリーズ第2作)内の企画「電波少年的懸賞生活」(1998~1999年)で一躍時の人になった俳優でタレントのなすびを描いた作品だ。同番組での「懸賞生活」、東日本大震災が起きた際の復興への支援活動などをとらえている。

顔が長かったことで、子どもの頃にいじめられていた体験を明かすなすび。いつしかその特徴的な顔が強みになると判断し、芸人なることを決意する。

当時、日本中が注目していた「進ぬ!電波少年」。映画では、日本のテレビ番組ディレクターが「日本のテレビ番組が家族だとしたら『電波少年』は、ヤンチャ坊主!」だと語っている。当時、日本で勤務していた英国BBCのジュリエットも、この社会現象にもなった番組を同僚とともに見ていた。

そんな日本中で話題になっている「進ぬ!電波少年」で企画されたのが「電波少年的懸賞生活」だった。多くの応募者の中から選ばれたなすびは、 目隠しをされたまま小さな部屋に連れていかれる。そこで裸にされ、雑誌での懸賞金を当てるためにハガキを書き始めるという生活を強いられていく。

お米が当たったりすることもあるが、それを料理する調理器がない(ある発想から、なんとかお粥にする)。さらにドッグフードで食いつなぐ……現在であれば、あらゆる意味でコンプライアンス問題が生じそうな内容だ(なすびの姉・いくよや母親は、当時、かなり恥ずかしい思いをしたことと振り返っている)。

「電波少年的懸賞生活」の大ヒットは、一般人をリアリティ番組でとらえた映画「トルーマン・ショー」公開前であり、リアリティ番組がブームになる前のことだった。物珍しさが何よりも魅力だったのかもしれない。しかし、同番組の放送中に逃げることや自殺も考えたと語っているなすび。何も悪びれず、視聴率の高いお化け番組を作ったことを自慢げに語るプロデューサー。アメリカであれば、すぐに訴訟に発展しそうな内容ではないかと、番組の制作のあり方を考えさせられた。

懸賞金生活を終えたなすびは、一躍テレビの世界で人気者になる。だが、テレビ業界で自分の居場所を見つけられないまま、日々を過ごしていた。そんなある日、東日本大震災が起きた。実家が福島だったなすびは、復興活動を支援し、被災者からは「なすびさんにしかできないことを見つけて。頑張って!」と言われたことで、エベレスト登山に挑戦している。

●「The Trials of Alan Dershowitz」

おそらくアメリカで最も悪名高い弁護士アラン・ダーショウィッツを描いた作品。なぜ彼が悪名高いのか。世間の人々が毛嫌いする人物――元妻の殺害事件の被告人となったO・J・シンプソン、児童への性的暴行や売春斡旋などで有罪となったジェフリー・エプスタイン、大統領時代に弾劾が持ち上がった際のドナルド・トランプを弁護してきたからだ。

世間から“最低の人物”と見なされてきた者を、なぜ弁護するのか? それが、今作の見どころであり、大きなテーマとして描かれている。

ダーショウィッツは、1964年から2013年まで50年近くもハーバード大学のロースクールで教鞭をとり、これまで250以上もの裁判経験を有している。弁護士としての才能だけでなく、人々からも評価されている人物だが「あえて人生において注目の的となる選択をしてきた」と語っているのだ。

テッド・ケネディの「チャパキディック事件」から始まり、インスリンの過剰投与による妻の殺害容疑で逮捕されたクラウス・フォン・ビューロー、誘拐事件で話題になったパトリシア・ハースト、元米大統領ビル・クリントンの弾劾裁判、内部告発サイト「ウィキリークス」の裁判などに関わった。人々から「そんな不道徳なことをして、罪悪感はないのか?」とよく聞かれると言うダーショウィッツは、「どんな人物であろうと、弁護しないことこそが不道徳だ」と答えているそう。

ダーショウィッツは「自分は緊急手術室のドクターのようなものだ」と語り、「もしマフィアのボスがいて、このボスを救えば、また元に戻って悪さをするかもしれないが、不道徳だからと言って、ひどい手術をすることはない。僕の役割は、最も険悪で、人気がなかったり、限りなく犯罪者に近い人物でも弁護することだ」と語っている。

そのせいか、70年代に世間を騒がせた伝説のポルノ映画「ディープ・スロート」に出演していたハリー・リームスが猥褻容疑で告発され、一審で有罪となったが、上告した際に関わったことで、1年後に無罪判決を勝ち取った。興味深いのは、自身が教鞭をとるハーバード大学のロースクールの生徒たちに、自分の担当した事件の新たな証拠をボランティアでかき集めさせていること。通常は、一つの法律事務所の限られた弁護士やパラリーガルを一つのケースに関わらせるため、その作業はかなり効率が良いように思えた。

ダーショウィッツの長男エロンが10歳の時に悪性の腫瘍ができ、その後、できる限り医学を学び、彼のためにベストな医療を取り入れるようにしていること。 前妻と離婚した際に手料理を作ったことなど語っている。好きだった人物ウディ・アレンが、養女と関係を持ったことに憤慨していた姿も印象に残った。ジェフリー・エプスタインなどの弁護士になったことから、女性蔑視的な見方をされるそうだが、多くの同僚や友人、家族からの信頼は厚い。彼が関わったケースだけで、人々がいかに彼を毛嫌いしているか。この映画でいろいろ考えさせられた。

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