綾野剛、柄本佑、さとうほなみ 荒井晴彦監督の“ピンク映画へのレクイエム”に挑む
2023年11月12日 12:00
第123回芥川賞を受賞した松浦寿輝氏の同名小説が原作。荒井監督と脚本の中野太が原作を大胆に脚色し、撮れなくなったピンク映画監督栩谷(くたに)を綾野、脚本家志望だった男、伊関を柄本、そして栩谷と伊関の元恋人で女優の祥子をさとうが演じる。すべてを腐らせてしまうような雨の日、互いの元恋人が同一人物だとは知らぬまま、偶然出会った栩谷と伊関は酒を飲みかわし、亡き女の思い出を語り合う。
監督、脚本の荒井晴彦をはじめ、昭和、平成を駆け抜けた映画人も出演。荒井監督自ら“ピンク映画へのレクイエム”と言うように、朽ちゆくピンク映画界をテーマにしながらも、現代の日本映画界をけん引していく、綾野や柄本らにバトンを渡すような趣も感じられる作品だ。
「『火口のふたり』も見ていたので、とにかく荒井さんの世界に入れることがうれしくて、脚本を読む前から、お引き受けしたいと思っていました。(今作に関わる)映画人の中で生きてみたい。そんな純粋な役者としての思いに駆られました」と綾野。
「とてつもなく作家性の強い、強烈な作品。脚本の段階で読み物として成立していて、これを映像化する畏怖を感じました。この完成度をどこまで追求できるのか、と」衝撃を受けたという。
「本読みの時に、佑君が迷わず直線距離でセリフを紡いでいる姿を見て、すごいなと思いました。『栩谷ってどう生きたらいいんですか?』と監督にまっすぐ聞いたら、『脚本は書きものだから、好きに読んで、好きにやっていいんだよ』って。その時に、栩谷は荒井さんだと思えたんです。現場での荒井さんの姿からいろいろ盗んで、栩谷に投影しました。実際に、『栩谷って荒井さんですよね?』と聞いたら、何とも言えない顔で頭を掻いてらっしゃいました。その表情がチャーミングで」
柄本は長年荒井監督と親交があり、若い男女の大胆な性愛描写が話題を集めた荒井監督の前作「火口のふたり」に続く出演となる。「今回もやっぱり本が面白かったですね。とてもソリッドで。でも、『火口のふたり』と『花腐し』って、真逆の作品なんです。『火口のふたり』の脚本を読んだときに、ああ、荒井さんの脚本だなあ……と思っていたのですが、その後原作を読んだら、実はセリフはほぼ原作通り。荒井さんが原作に入って出てきたものが自然と荒井晴彦の作品になっている、という感じでした。こちらは、原作の要素は、男二人の会話が中心ということ以外は、オリジナルの要素が大きくて、荒井さんのピンク映画業界の内幕を描きたいという狙いやディティールへのこだわりを強く感じました」
2度目の出演ということで、現場の雰囲気もわかっていて気が楽なのでは?と尋ねると、「実は僕、『火口のふたり』で失敗していて。当初、少年のようなセリフだな、と思って初日に臨んだのですが、実際やってみたらなんだか重くて違ったんです。このセリフは荒井さんの持つ、何周もした少年性だから、めちゃくちゃ大人なセリフなんだな……と分かって、軌道修正に時間を使った経験があるので、今回は割と緊張して現場に入りました」と明かす。
「2回目に呼ばれるっていよいよ問われるな……という感じがあります。がっかりされたらどうしようって、初めてより緊張するもので。そして、2度目があると、1回目のあの時、良かったのかな?と思って、逆に肩に力が入っちゃう(笑)。荒井さんは僕が5歳の時から知っているので、関係としては通常の役者と監督という関係とはちょっと違うと思うのですが、『火口のふたり』でお尻は出し尽くしたので……今回また新しい形で、まだまだ出すべきお尻があったか、とも(笑)」
お尻というワードから、本作でのとある性愛シーンに話題が及ぶ。「僕のあのシーンは『女性側からの復讐劇だね』って、荒井さんが仰っていましたね。荒井さんのベッドシーンって、いつもセリフみたいなんです。気持ちでしているというより、物語でしている、という感じ。いろんなタイミングがすべて書かれています」と説明する。
ベッドシーンの指示が詳細であるほうが、役者としては演じやすいものなのか?と問うと「佑君が言うように、肉体を使って会話をしているように見せるために、特にこの作品では、監督の第三の目、主観より客観の芸術性も含めた視点が必要だと思いました」と綾野。
綾野の背中から発せられる怪しい色気、柄本の静と動の対比……数々の傑作で愛のシーンを映してきた撮影監督の川上皓市氏の手腕が光る。柄本が「匂い立つように背中を美しく撮る方」と評すると、綾野も「カメラの機材や技術も上がっていて、映像が揺らいだり浮遊するような作品も多い中で、川上さんはFIXでどっしり撮られるんです。その重力の中の『花腐し』という世界に生きていた人たちすべてが総合芸術になっています。だから強度がある。ズームがまた、それはロマンチックで、エモーショナルでしたね」と述懐する。
二人の男の元恋人、祥子を演じたさとうは「荒井さんに『なんで(オーディション)受けたの? アナルのシーンがあったりする、変な映画だと思わない?』って聞かれました。そして、オーディションで芝居を見ていただいたら、『祥子は暗い女なんだけど、君は明るいじゃない』って。だから、これは落ちたな……と思っていたら、呼んでいただいて。お会いしただけで安心感のあるチームとお二人だったので、私は初めてですし、ハチャメチャやっちゃえばいい、そんな気分で挑みました。完成作で、川上さんの撮影方法や荒井さんの技術を見ると、何かをのぞき見している気分。特に栩谷と伊関さんの会話のシーンは、見ちゃいけないものを見てしまった気持ちになる」と振り返る。
そんなさとうの発言の通り、この物語は観客も、この世にはいない祥子の視点で、男二人の姿を窃視する一種の幽霊譚、ゴーストストーリーでもある。「荒井さんが脚本を送ってくださった後に電話をくれて、『俺、雨月物語をやりたいんだよ』って。荒井さん、お化けとか興味がなさそうですが、幽霊やるんだ、ってワクワクしましたね」と柄本が明かすと、「撮っているときは気が付きませんでしたが、ある種の怪談かもしれませんね」と綾野も同調する。
最後に綾野が、本作の世界観を表現する雨のシーンへのこだわり、技術スタッフの熱意を称えながら「モノクロとカラーのコントラストに目が行きがちですが、死と生きようとすることのコントラストを感じる映画。この作品の中で生きられたことが、幸福で、個人的にも大切な映画になりました。もちろん佑君が素敵で、そしてほなみさんのしっかりと地に足の着いたカッコよさ。完成作を見たら、撮影での答え合わせがすべて返ってきて、すごく大きなご褒美をいただいた感じでした」と本作への思い入れの深さをしみじみと語った。
綾野とさとうのカラオケでのデュエットシーンなど、本編を彩る昭和のヒット曲も本作の重要な要素のひとつだ。失われた時、愛した人の不在――今、リアルに触れられないものばかりが、抜けない棘のようにジクジクと心身に留まり続けるのはなぜだろうか? 人間の不確かさ、脆さとともに、いつか雨の上がる日にも思いを馳せずにはいられない1作だ。
(取材・文/編集部 撮影/間庭裕基)
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