巨匠チャン・イーモウが監督人生を振り返る「高倉健さんと撮った映画は、唯一僕がずっと立ったままで撮った映画」
2023年10月25日 14:51
国際交流基金と東京国際映画祭の共催による交流ラウンジで10月25日、チャン・イーモウ監督によるマスタークラスが開催された。
チャン監督は1987年に開催された第2回東京国際映画祭で、当時の最高賞である東京グランプリ賞・都知事賞を受賞したウー・ティエンミン監督作「古井戸」で最優秀男優賞を受賞しており、本映画祭とゆかりが深い。
「当時、自分の初監督作『紅いコーリャン』を撮影していました。それまで私はカメラマンとして映画に関わっていたのですが『古井戸』では俳優として参加していました。私は中国北西部のゴビ砂漠で夜の撮影していました。当時携帯電話もなかったので、ラインプロデューサーが走ってきて、私が東京国際映画祭で最優秀男優賞を獲ったと知らせたのです。人生初めての主演俳優賞でしたが、最後の主演俳優賞だと思います(笑)」とエピソードを明かす。
チャン監督は北京電影学院を卒業し、チェン・カイコー監督のデビュー作「黄色い大地」などでカメラマンを務め、その後映画監督になった。映画監督を職業にしてから、寡黙だった性格を変えざるを得なかったと明かす。「中国で監督になるには、言わなくてもいいことまで言わなくてはいけません。俳優たちにわかってもらうために話をしなければならないのです。私はくどくど話をするのが嫌いなのですが、変化しました」
そして、日中合作映画「単騎、千里を走る。」(06)で主演した高倉健さんとの思い出を語る。「高倉健さんと映画を作ったとき、彼は寡黙な人で、現場でほとんど話はしませんでした。無駄話をしているのは私だけなので、夜、現場から帰ってから自己嫌悪に陥るのです(笑)」
「高倉健さんと撮った映画は、唯一僕がずっと立ったままで撮った映画です。現場の彼はずっと立ちっぱなしで。当時70歳を超えてらっしゃいましたが、芝居がなく休みの時にも立っていました。休憩のキャンピングカーにも部屋にもいかずに、ほかの人の演技を立って見ているのです。どうして座らないのか? と通訳さんを通して尋ねたところ、『ほかの人の仕事を尊敬するような気持ちで見ている』という回答でした。ですから、この映画では、監督もスタッフも現場の椅子を撤去して、座れないような高いテーブルを置いたのです」
映画を作るにあたって、何より重要なのは脚本だといい、「完ぺきな脚本を事前に見ることは不可能です。すぐに完ぺきな脚本が手に入って、すぐに撮影に入れる。と、いつも夢を見るように望みますが、かなったことはありません。どんな脚本でも同じですが、時間をかけて修正や発展をさせることが重要です。早ければ1~2年でできますが、長いと5年、10年かかることがあります。それが普通で、自分は下手なのではないか?と自問することもありましたが、ほかの監督も同じだそうで、私は年に1本を撮れているので、良いほうなのだと思います」と語る。
そして、良い作品を作るためにスタッフ、俳優と多くの会話をする。「僕の習慣かもしれませんが、いろんな関係者とディスカッションするのが好きなのです。映画は一つの産業で、メカニズムかあります。1本のチェーンだと思います。そこで最も大事なのが役者。物語の中の人物がいないと映画は成り立たない。彼らの提案や意見は役に立ちます。すべての役者の話をきちんと聞いて、いいものがあれば採用する。それが私の習慣になっています」
「長年映画を撮っていると、チームができてきます。カメラマンのチョウさんとは16年一緒にやっています。暗黙の了解ができるので、撮影前に話をしつくします。現場に行くとスタッフとはあまり話しません。現場では役者と話をします。画面、色彩、美術、メイクは撮影前に万全になるよう話をしておきます。それが監督にとっての宿題だと思います。準備万端にして撮影に臨むのです」
様々なジャンルの作品を手掛けているが、それぞれの作品ごとに何に重きを置くのかを変えていく。「例えば、色彩がアーティスティックな新作を撮ろうと思ったら、まず美術の人と話をします。トーンをどう定めるのか決まったら、次はロケーション…と進みます。しかし、リアリズムな映画でのやり方は全く変わってきます。美術は重要でなくなり、操作しやすい4Kの小さなカメラを用意し、カメラマンにきちんと操作ができるように練習させます。その時の照明は最小限。なるべく自然光を使って、日常生活そのものをリアルに撮るのです」
本国中国で歴史的大ヒットを記録した新作「満江紅(マンジャンホン)」は、小さなカメラを10台ほど使用したという。「トップクラスの素晴らしい俳優さんたちが揃った群像劇なので、その素晴らしい演技の1分1秒を撮って、リハでは出てこなかったアドリブの会話や表情をきちんと収めたいのです。一人の俳優に1台、もしくは2台のカメラがついて、役者の動きに追っています。背景の電線などが入っても、今はCGで消すことができるので、このやり方は役者の演技を途切れさせることなく一気に撮影できるのです」
「そして、僕はモニターの前で、それぞれのカメラが映した映像を見ていくので、どこかのマンションの管理人になったような気分です(笑)。役者もどのモニターを見たらいいか混乱する人もいますが、私は大丈夫です。自慢になってしまいますが、中国の監督の中で一番モニターを見ている監督だと思います」
「満江紅(マンジャンホン)」には、実子も出演している。「南カリフォルニアで映画監督の勉強をしていて、今回現場実習として10~20秒のシーンを演じています。私には4人の子供がいて長女は映画監督、デビュー作がそろそろ中国で公開されます。長男はアニメ監督を目指しています。彼は日本のアニメを知り尽くしていますが、私は宮崎駿監督作品しか知りません。新海誠監督の作品は中国で大人気です」と明かした。
会場には多くの中国メディアや観客が詰めかけた。長年映画を作り続けられるモチベーションは?との質問を受けると、「やはり映画を愛することです」ときっぱり。「映画への愛で、苦労や疲れが吹っ飛びます。40年前に、自分の運命を変えようと思ってこの世界に入りましたが、作品を手掛けると愛情が高まって映画のファンになり、職業になりました。そして、やはり体力が何より大事。太ってはいけない、体を鍛えなければならない、たばこやお酒は一切やりません。健康な体が映画作りの資本になります。もうひとつは、投資してもらう必要があります。芸術家として映画を撮る、ということもありますが、やはり投資がないと成り立ちません。ですから、投資家にきちんと責任を取って作っていきます。相手に損をさせることはできません。商業映画に対して妥協するのではなく、赤字を出さないように考え、儲かるように撮ることも大事。3番目は先ほど申し上げた通り、脚本です」と映画監督としての心構えと矜持を語った。
第36回東京国際映画祭は、11月1日まで開催される。
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