ヴェンダース「ベルリン・天使の詩」ミニシアターブーム時代の大ヒット作の楽しみ方 湯山玲子、オノ セイゲンがトーク
2023年10月15日 09:00
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東京・池袋の新文芸坐で開催される世界的音響エンジニア、オノ セイゲン氏によるプログラム「Seigen Ono presents オーディオルーム新文芸坐」で、ヴィム・ヴェンダース監督の「ベルリン・天使の詩 4Kレストア版」が上映された。9月29日の上映後、著述家でプロデューサーの湯山玲子氏をゲストに迎えてのトークが行われた。
「オーディオルーム新文芸坐」は、録音エンジニアとして、82年の「坂本龍一/戦場のメリークリスマス」をはじめ、国内外の著名アーティストのプロジェクトに参加するオノ氏が、新文芸坐の「BUNGEI-PHONIC SOUND SYSTEM」をダイレクトに調整し、極上の音響空間を創出。オノ氏が音声トラックをリマスターしたBlu-rayだけでなく、音楽や音の素晴らしい映画を紹介していく企画だ。
オノ氏は、ヴェンダース監督本人のチェックの下「ヴィム・ヴェンダース ニューマスターBlu-ray BOX」全12作のリマスターを手がけており、この日の「ベルリン・天使の詩 4Kレストア版」は、現在販売されているBlu-rayで上映された。
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トークの聞き手を務めた新文芸坐の花俟良王支配人は「DCPより良かったかもしれない」と感想を述べ、音や音楽が面白かったヴェンダース作品をオノ氏に尋ねると「『都会のアリス』のモノラル、そしてやっぱり『ベルリン・天使の詩』『時の翼にのって ファラウェイ・ソー・クロース!』。『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』。『夢の涯てまでも』は素晴らしいですよ、長いけど。『ベルリン・天使の詩』は音楽以外の、気配の感じ。図書館のシーンだとか。反射音など空間の大きさによって音が変わるところ。もちろん映画館で観るのが一番だけれど、Blu-rayだったら戻って何度も確かめられるのがいい」と回答した。
湯山氏は、「ベルリン・天使の詩」でのベルリンのクラブのシーンを挙げ、「クラブの中に入ると爆音のフロアとウェイティングバーの空気と音圧が違うんです。それがこのBlu-rayバージョンでは再現されていました」と指摘する。「例えば、デパートに入った瞬間、飛行機や空港など、私たちの五感は環境の中で空気が変わることによってその違いを感じ取っているのですが、耳で再現しているのは素晴らしかった。そういった部分が天才」とオノ氏の仕事を称えた。
オノ氏は今回の上映で「音のことは自分でやってるからわかるんだけど、今日この大きなスクリーンで改めて際立っていたのが、アンリ・アルカンの照明と撮影の構図です。最近の8Kカメラなら別ですけど、35ミリフィルムで撮影された映画は、2KのBlu-rayをパナソニックのプレーヤーで4Kアップコンバートして上映するとDCPはいらないと思いました。映るもの全てに照明を付けて、天使を撮るときの逆光というか、太陽のような後ろからの光に感激した」と「ローマの休日」やジャン・コクトー「美女と野獣」などを手がけた名撮影監督のこだわりに言及した。
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ヴェンダースの代表作の一つである「ベルリン・天使の詩」は、1988年の日本公開時、1年にわたるロングラン上映を記録した。学生時代に鑑賞したという湯山氏は「あの時代、ヴェンダースは映画的に最先端のカッコいいもの、というくくりでしたね。文化系だったらとにかく観なければ、という空気があり、みんなとにかく足を運んだ。私もそんな感じですよ。しかし、あの幽霊が隣にいるような感覚は、意外にも少女漫画の大島弓子作品に似ているなあ、と思いましたね。日本文学の川端康成の短編のように、生きている人と死んでいる人が隣合わせの感覚がヴェンダースにはある」と初めて鑑賞した当時の印象を語る。
そして、「最初は文化系少女時代に観たけれど、これもまた歳をとってから観ると趣が違って見える作品。なぜなら、個人史の中にベルリンという都市の体験が入ってきているから。ベルリンという都市は絵空事ではなく、その後クラブカルチャーやベルリンフィルなどのクラシック体験を通して、あの街の独特の空気を知ると、壁の崩壊の意味を含めてあの“天使”の視点が際立ってくる」さらに「最近観直した『パリ・テキサス』も、主人公の男のダメさ加減と、家族が幸せというものの象徴になり得ない苦さなどは、まあ、おぼこい20代では理解できなかったわけです」と作品を深く理解するのに適切な鑑賞タイミングがあることを発見したという。
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映像面や物語の構成については「外からの視点、天使が塔から世界を見下ろす俯瞰の視点が面白い」と。湯山氏の専門であるクラシック音楽から、古き良き時代のウィーンを雲の上から見て懐かしむというコンセプトで作られた、ラヴェルの名曲「ラ・ヴァルス」も紹介しながら「今はよく見かけるドローンの視点、これは昔はほとんどなくて、『ベルリン・天使の詩』から身近になった感じがする。映画ではその先駆けだったのでは」と述べた。
音楽を通して、長年頻繁にヨーロッパを訪れているふたりは、冷戦時代の東西ドイツの思い出話に花を咲かせる。オノ氏は80年代の東西の雰囲気の違いを「東ベルリンの街に広告はまったくない、グレーな世界。西側とは物価が10倍違ったので、僕のような当時20代の若者でさえ豪華なホテル、ホワイエでシャンパン付きのオペラなんかも楽しめた。東にもクラブはあって、何かあって西に帰れなかったらどうしようという緊張感が常にあった」「若き日のプーチンは当時KGBで東ドイツにいたから、もしかしたら西の情報を集めるために西ベルリンのクラブにも来ていたかも。西でも人気のミハイル・ゴルバチョフ(当時)ソビエト連邦大統領の肖像が貼られていましたから。そして壁がなくなって『時の翼にのって』では冒頭で本人役で出演してます」など当時の様子を解説し、ヴェンダース作品は「ヨーロッパの近現代史を勉強するとより楽しめる」とアドバイスする。
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そしてふたりの話題はヴェンダースのロック好きな側面に。「ヴェンダースに頼まれて断るミュージシャンはまずいないから、音楽がすごくいい。『ベルリン・天使の詩』にはニック・ケイヴがクラブのシーンで演奏しているけれど、『時の翼にのって』ではルー・リードまで」「『パリ・テキサス』にはジョン・ルーリーも出ているけど、やっぱりライ・クーダーのスライドギター」と盛り上がる。
最新作「PERFECT DAYS」を試写で観たオノ氏は「役所広司さんが演じる主人公の平山さんがかける音楽が全部カセットです。ヴェンダースのロードムービーでは、ポータブルレコードプレイヤーを車に積んでいたり、ジュークボックスもよく出てくるけど、平山さんはカセットテープのカーステレオで聴くという設定で。この映画からレコードの次は、カセットブームが来るのでは」と音楽へのこだわりがあるヴェンダースらしい設定を明かした。
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この日は、若い世代の観客や、初めて「ベルリン・天使の詩」を鑑賞した観客が多かったことから、花俟支配人は、「ミニシアターの代名詞的な映画だったけれど、僕らも当時は(リアルな欧州の)文化にあまり触れてこなかったから、わからないことがたくさんあった。今日初めて観た方は本題に入るまでずっと長くて、なんだこれは? と思ったかもしれませんが、最後はいい気分になって見終われたのではと思います」とコメント。
湯山氏も「今、理解できないもの、わからないものは嫌われる傾向があるけれど、それこそが文化。アルアルと共感ばかりのエンタメだけでは、人間の精神は満足できない」「今日ご覧になった方は、ここ(映画館)では絶対にスマホをいじらなかったと思います。配信など自宅で観ていたら、ついつい触ってしまうもの。そういう視聴癖には気をつけた方がいい。私の専門のクラシックの話になりますが、50分もなぜじっとマーラーを聴くかというと、音にずっと対峙していると、作品と自分との間に何らかの紐帯ができるのです。『ベルリン・天使の詩』も、そういう感じの映画かもしれない。その紐帯の量がすなわち、自分なりの文化の指針となる」と“わからなさ”を楽しむ醍醐味を伝えていた。
10月28日、30日、31日の「Seigen Ono presents オーディオルーム新文芸坐」では、ヴィム・ヴェンダース監督の「パリ、テキサス」2Kレストア版を上映する。28日の上映後のトークゲストは音楽家の三宅純氏。「PERFECT DAYS」は12月22日公開。
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