トロント国際映画祭、ダブルストライキで生じた“変化”について スターの代わりを務めたのは有名監督たち【ハリウッドコラムvol.341】
2023年9月20日 14:00

ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米ロサンゼルス在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの最新情報をお届けします。
今年もトロント国際映画祭に取材に行ってきた。同じ北米大陸でも、ロサンゼルスは西部、トロントは東部にあるので3時間の時差がある。初日の取材は午前8時スタートなので、体内時計では午前5時。深い眠りに入ったばかりのところをアラームで現実に引き戻され、寝不足のまま取材場所のリッツ・カールトンに向かった。
最初の取材は2021年に起きたゲームストップ騒動を題材にした「ダム・マネー(原題)」だ。空売りを仕掛けた大手ヘッジファンドに対し、SNSで繋がった不特定多数の個人投資家たちが共同で買い上げ、株価を急騰させた事件である。「クルエラ」や「アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」のクレイグ・ギレスピー監督がメガホンを取り、ポール・ダノ、セス・ローゲンらが出演している注目作だ。この日の夜にワールドプレミアが行われることになっている。
取材会場は大きな宴会場で、円卓が三つある。一番乗りのぼくは奥のテーブルを選び、着席した。ホテルのロゴ入りのメモ帳と鉛筆を取り、準備は万端だ。頭はぼうっとしていたけれど、興奮してもいた。コロナが明けてからもオンラインでの取材が多かったので、対面はひさしぶりだ。コーヒーを飲んでいると、他の席も埋まっていった。
他の記者たちと雑談を交わしていると、見知らぬ男性が加わった。
「やあ、みんな。よく眠れたかい?」
ぼくらは顔を見合わせた。誰、この人?
その男はカジュアルな服装をしているのもの、仕立ての良さからブランドものであるのは明らかだ。つまり、薄給のぼくらとは違う世界に住む人間だ。
「いつトロント入りしたの?」「もう何かいい映画、見た?」
当たり障りのない会話が展開していくなかで、ぼくは寝不足の頭を必至で回転させた。一度も見たことがない顔なので、彼が俳優ではないことは明らかだった。
相手が誰か分からなくては取材のしようがない。アイドリングの会話が途切れ、気まずい間ができると、本人が助け船を出した。
「今朝はわざわざ来てくれてありがとう。プロデューサーと話したがる人なんてめったにいないからね」
ぼくは2つのことを瞬時に理解した。まず、彼が「ダム・マネー(原題)」のプロデューサーの一人であること。そして、もっと大事なことは、今年のトロント国際映画祭の取材に有名俳優はやってこないことだ。米脚本家組合と米俳優組合のストライキが継続中で、所属会員が宣伝をボイコットしているためだ。
その後、ギレスピー監督も同席してくれたおかげで、「ダム・マネー(原題)」の取材はなんとかなった。

さて、ダブルストライキという異常事態のなかで実施された今年のトロント国際映画祭は、一見すると、いつもと変わらなかった。中心部のオールドトロントはいつも通りの賑わいをみせていた。上映館前には長蛇の列ができ、歩行者天国となったキング・ストリートには出店が立ち並んでいる。オープニング作品の「君たちはどう生きるか」を皮切りに、あいついで注目作が披露され、その評判が参加者たちを駆けめぐっていく。
だが、レッドカーペットはまったく違った様相をみせていた。例年ならリムジンで乗りつけるセレブたちを一目見ようと劇場前は大混雑していたのだが、今年の人集りはこじんまりとしていた。それも無理はない。レッドカーペットを歩くのが監督やプロデューサーのような、一般には顔が知られていない人たちばかりなのだから。
ハリウッドの労使紛争と無関係の外国映画やインディペンデント映画の場合、出演者もきちんとレッドカーペットを歩いた。でも、ニコラス・ケイジやビゴ・モーテンセン、パトリシア・アークエットといった俳優たちは、彼らには申し訳ないけれど、熱狂を生み出していたとは言いがたい。

むしろ、スター俳優の代わりを務めたのは有名監督たちだ。
以前、「ジョジョ・ラビット」で観客賞を受賞し、その後のアカデミー賞レースで話題をさらったタイカ・ワイティティ監督は、新作「ネクスト・ゴール・ウィンズ」を携えてやってきた。本作は、ドキュメンタリー映画「ネクスト・ゴール! 世界最弱のサッカー代表チーム 0対31からの挑戦」が下敷き。アメリカ領サモアの弱小サッカーチームにやってきたオランダ人監督の葛藤を描く実話ドラマだ。「ソー ラブ&サンダー」のワイティティ監督らしく、コメディ色が強い。
「ネクスト・ゴール・ウィンズ」のワールドプレミアにワイティティ監督が登壇すると、会場のボルテージが一気にあがった。その歓声に興奮したのか、ワイティティ監督はなぜか演壇のマイクをサンドバックに見立てて、ボクシングをはじめる。やりすぎて故障させてしまったほどだ。

また、映画祭期間中に行われたTIFFトリビュート賞には、ペドロ・アルモドバル、スパイク・リー、バリー・ジェンキンスといった有名監督が参加し、彼らの発言がメディアを賑わせていた。
記者たちが映画祭に参加するのは、主に取材をするためだ。とくにトロント国際映画祭といえばアカデミー賞レースがはじまる秋口に開催され、しかも、ハリウッドから近いこともあって、たくさんのセレブが詰めかけることで知られる。
だが、今年はストライキの影響で、執筆時に売りになるようなスターのコメントを取ることができない。そこでぼくは頭を切り替えて、できるだけ多くの作品を見てやろうと考えた。トロントではアカデミー賞狙いの作品が大量投下されるのに、いつもは取材スケジュールとぶつかって、充分な数をこなせなかったからだ。今年は映画に没頭するチャンスだ。

だが、そう考えたのはぼくだけではなかった。注目作の前売券はとっくに売りきれていて、キャンセル待ちの人たちの「ラッシュライン」や、チケットなしで観賞できるプレス試写も、何ブロックにもわたって行列ができている。まさか並んだことが今年のトロント映画祭の最大の思い出となるとは。

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