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「アリスとテレスのまぼろし工場」から考える「オリジナル」の本質【氷川竜介の「アニメに歴史あり」】

2023年9月14日 21:00

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画像1(C)新見伏製鐵保存会

映画.comが運営するアニメ情報サイト「アニメハック」(https://anime.eiga.com/)では、アニメに関するコラムを複数掲載しています。コラム群のなかから、劇場アニメ「アリスとテレスのまぼろし工場」をテーマにアニメ・特撮研究家の氷川竜介さんが書いたコラムをご紹介します。(アニメハック編集部)

岡田麿里原作・脚本・監督の新作映画「アリスとテレスのまぼろし工場」が9月15日から公開される。MAPPA初の劇場オリジナル作品で、同監督の前作「さよならの朝に約束の花をかざろう」に続く個性的な作風である。中島みゆきが主題歌「心音(しんおん)」を提供したことも画期的で、プレスシートによると台本を読み、岡田麿里に惚れ込んで書き下ろした曲だとのこと。そんな作家同士の響き合いも含め、特殊な映画になった気がしている。

筆者は試写会で拝見したとき、なんとも不思議で持てあますような心境になった。ストーリーに密着した美麗な描写の数々はアニメでなければ不可能な情緒をたたえているし、どこがどう心に作用したか数えあげればキリがない。だが、部分ではなく全体の印象が規格外だと思えた。何よりも「これを伝えたい」と「物語の圧」が全体から感じられ、改めて確認に行きたいという気持ちになった。

物語は、閉鎖空間と化したある地方都市で進む。題名の「まぼろし工場」は住民の生活の中心にある製鉄所のことで、そこが爆発事故を起こした結果、冬の季節から時間が進まない異常事態が発生して久しい。学校では自分が誰か、認識が崩壊しないようノートへの記録を指導するし、変化を起こそうとした者は均衡を乱した罰を受けたかのように消されてしまう。
 中学3年生の正宗少年は、混乱と停滞と鬱屈に満ちた世界で、決して仲がいいとは言えない同級生の少女・睦実に命じられ、言葉も満足に話せない野生児のような女の子の面倒を見ることになる……。

無限に繰り返すループものとは少し様相が異なるストーリーは、やがて類例のない展開を見せ始める。その緊張の中で、人が人に惹かれるとはどういうことなのか、瑞々しく純度の高い問いかけがエスカレートし、感情を揺さぶる。平松禎史副監督の絵づくりも終始美麗で感情の起伏と同期し、MAPPAのスキのない作画力が微妙な気持ちの揺らぎを全身の演技として描き出し、さらには映画的なアクションもスペクタクルとして用意されているため、目の離せない時間が流れていく。

ロジックで考え過ぎると、評価が大きく分かれる映画になるとも思った。しかしそんな評価を決めつけることは避けたいので、以下は本作で思った「監督とは何か、作家性とは」と、そんな話題にシフトする。

監督とは「役割」に過ぎないと言われる。全体を統括して方向性を出し、OKかリテイクかを判断するのが監督の役割だ。現場をまとめる中間管理職的な場合も多く、必ずしも作家性が必要なわけではない。原作ものだと、監督が前面に出てこないメガヒット作も近年増えているし、ファンが自称「ユーザー」になるにつれて、監督の存在をさほど気にしなくなったようにさえ思える。

そんな状況下で、「原作・脚本・監督」と作家性のすべてを一貫する状態で提示した岡田麿里のオリジナルアニメは、その統一性で注目に値する。もちろん宮崎駿細田守新海誠などの前例もあるが、「アニメ監督が脚本も兼ねた」と映像中心からの帰結が主流である。「アニメづくりの核は絵づくりにある」という既成概念の壁は厚い。

そう検証してみると、すべてを文字中心で規定する「原作・脚本」から創造を始め、最終的な作家性を映像にまとめる「監督」として終端した本作は、極めてレアというほかない。漫画家が自身の原作を監督としてアニメ化するケースが若干近いが、その場合も「絵づくり」が核だ。より記号性の高い「文字の人」が、どんなアプローチでアニメ作品を結晶化したのか、実に興味深いのである。

問題の「作家性」をもう少し具体化する。近年、自分のアニメへの関心は「オリジナルかどうか」に偏っている。「先行する原作の有無」は本質ではなく、最終的な成果物に「オリジン」が含まれているかどうかを気にしている。それを「個から発する源流」であると規定するならば、曖昧に使われがちな「作家性」の言葉を、ひとつ絞りこめるのではと考えている。

となれば、大事なのは「個」からの発信である。そこに「単一であること」という意味の「ユニーク」が含まれている。つまり「その人でなければ作れないもの」かどうかが、「オリジナルの作家性」を見きわめる基準のひとつということになる。

さて、ここで大きな問題に突き当たる。これが「ユニーク」であればあるほど、届く人は限られてしまうということだ。受容できる人の数を増やそうと努力し過ぎると、研ぎ澄まされた表現は鋭いエッジを失い、最大公約数的となった結果として「どこかで見たことのあるもの」になったり、先の読める「予定調和」を招いたりする。

「言葉で説明すればいい」と思う人も多いだろうが、ロジックの世界に属する言葉を重ねれば重ねるほど、感情や生理レベルの伝達は陳腐化し、共鳴現象も疎外される。「分かる」という文字のとおり「論理で分解」してしまったら、間にあったジューシーな滋養が吹き飛んでしまうかもしれないのだ。「アリスとテレスのまぼろし工場」は、まさにこうした本質を深く掘り下げるのに、うってつけの事例だとも思えた。

もうひとつ、本作が現れたタイミングもまた気になる。スタジオジブリの「君たちはどう生きるか」とスタジオポノックの「屋根裏のラジャー」に挟まれているからだ。実は3作品を並べると、「そもそも物語とは何か、物語の中で生きる人とは誰か」というメタな観点での共通性がある。筆者としては、心や感情の問題に関連した「物語」や「作品」と呼ぶ人が減り、マネーメイキング主体の「コンテンツ」「IP」と呼ぶ人が急増したことへの警鐘に思えてならないのだ。

物語の役割については「君たちはどう生きるか」が参照したと思しき児童文学「失われたものたちの本」(ジョン・コナリー著)の最初の方に書いてあることが全てと言っていい。読者の想像力に根を下ろし、その人の未来を変えうるものが物語の役目であり、株価の報道など固定された情報とは、まったく異質なのである。だから受け手の人格によって変化の有無や、変化の性質はどんなに変わってもいいし、再読、再見によって前に気づかなかったことから刺激を受けて新しい変化が生まれてもいいのである。それを「正しい読解」などによって、ひとつにまとめるのは愚行に近い。

このような本質的条件を充たす「物語志向」が急に増えているならば、先に待つ未知なる展開も楽しみになってきた。一過性の消費物、倍速視聴で確認できてしまう情報コンテンツではない「物語」としてのアニメ映画に、期待するものは大きい。


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