アルツハイマー病の恐怖に立ち向かい愛を育んだ夫婦の姿 「83歳のやさしいスパイ」監督に“新作”の話を聞く【NY発コラム】
2023年9月8日 10:00

ニューヨークで注目されている映画・ドラマとは? 現地在住のライター・細木信宏が、スタッフやキャストのインタビュー、イベント取材を通じて、大作だけでなく、日本未公開作品や良質な独立系映画なども紹介していきます。
あなたは、記憶を失うことへの恐怖を感じたことがあるだろうか?
アルツハイマー病は、それまで大切にしていた思い出や、その時の感情だけでなく、愛する人との記憶さえも奪っていく。そんな恐怖に真正面から立ち向かい、真摯な愛を育んだ夫婦を描いたのが、ドキュメンタリー映画「The Eternal Memory」だ。今年のサンダンス映画祭のワールド・シネマ・ドキュメンタリー部門長編作品であり、審査員大賞を獲得している。
今回は、同作でメガホンをとったマイテ・アルベルディ監督の単独インタビューを通じて、作品の魅力を紐解いていきたい。

第93回アカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞にノミネートされた「83歳のやさしいスパイ」の監督としても知られるマイテ・アルベルディ。新作でカメラを向けたのは、アウグスト・ゴンゴラとパウリナ・ウルティアという夫婦だった。
彼らは25年間パートナーとして連れ添っており、8年前に夫アウグストのアルツハイマー病が発覚。その後、6年前に結婚をしている。アウグストの記憶が徐々に薄れていくなか、妻のパウリナは夫とのありふれた会話や優しい口調を通して、ともに過ごした輝かしい日々の記憶を取り戻そうとするのだが……という内容だ。
まず質問してみたのは、アウグスト・ゴンゴラとパウリナ・ウルティアとの出会いだ。
「出会いのきっかけは、パウリナが勤める大学の授業に、私が参加したことです。授業をしていると、パウリナと一緒にいたアウグストが質問してきたんです。彼がアルツハイマー病であることは、有名な雑誌でのインタビューを通じて知っていました。パウリナと彼女の仕事仲間が、どのようにアウグストと接していたかという点に驚かされました。そして、パウリナのアウグストへの愛も感じました。アルツハイマー病で記憶を失いかけている人が、社会からまったく孤立していないという事例を初めて目の当たりにしました。彼らは完全に社会に溶け込み、カップルとして成立していました。だからこそ、2人がアルツハイマー病を通して、夫婦であり続けることができるのかを問うことで、彼らのラブストーリーを描きたかったんです」

撮影は約5年にも及んでいる。その甲斐もあってか、劇中には“夫婦の親密な瞬間”が映し出されていた。
「5年間、幾度となく撮影するなかで、夫婦と共に“境界線”を築いていったと思います。どの部分は撮影していても居心地がよく、逆にどの部分はそうでないのか……そういうことについて、彼らと話していました。その結果、お互いに自信が生まれてきたと思っています」
コロナ禍では、アルツハイマーを患っているアウグストに近づけなかったため、パウリナにカメラを渡し撮影してもらっていたこともあったそうだ。そして、彼らが過去に撮影した“家族のアーカイブ映像”も使用。どのように一貫性のある映画として構成していったのだろう。
「コロナ禍におけるロックダウンの時間は、本当に長かった。最初の頃、私が彼らの家に戻ってくるまでの間、そこで何が起きているのかを理解するため、そして主にリサーチ資料のようなものとして、パウリナに撮影を頼んでおいたんです。でも、ロックダウンは私の予想よりも長かったんです。当時、パウリナに何をすべきかといった指示を与えることは考えていませんでした。彼女にとって撮影は、完全に直感的なことだったんです。実は、カメラの使い方を指示しましたが、彼女は結局カメラの使い方をよく覚えていませんでした。でも、このおかげで、私が全てのシーンに(撮影の)アクセスができたとしても、決して撮れなかったであろう“親密なシーン”を生み出すことができました。夜中に起きた出来事のすべてを撮影することはできませんから」

アルツハイマー病は進行性の病気であり、記憶力や思考力が徐々に失われていく。最終的には、日常生活の最も単純な作業さえもできなくなる。
「今回、アウグストがチリのアウグスト・ピノチェト独裁政権時代に友人を亡くした時の辛さなどを“身体が決して忘れず、最後まで覚えている”という点に気付かされました。最後まで認識がハッキリしている夜もあれば、物事の記憶を失いかけたままの夜もありました。でも、アウグストはパウリナのことだけはずっと認識していたんです。これはある意味、特別な“永遠の記憶”のようなもの。だからこそ、この映画のタイトルを『The Eternal Memory』にしました」
かつてジャーナリストだったアウグスト。その職業柄、チリの社会における重要な瞬間のいくつかを回想している。彼のジャーナリストとしてのキャリアについて、どのような点に魅力を感じていたのだろうか。
「アウグストは、ずっとチリで何が起きているのかを伝えようとしていた人でした。というのも、当時多くのメディアは軍の支配下にあり、人々が知る情報の精度には偏りが生じていました。彼は友人たちとともに、命がけで情報を発信していました。その後、民主主義が復活すると、彼は視聴者に文化を取り戻してもらうことに関心を持ち、公共テレビで多くの文化番組を作りました。つまり、記憶を構築し、保存することに関心を持った人物でした。だからこそ、私にとって彼のキャリアは『常に記憶を守ろうとした人物の記憶の喪失』というテーマと関連しており、最終的にこの映画にとっては重要なものでした」
本作は、記憶や思い出を持ち続けることについての映画であり、“いま”を生きることについての映画でもあった。
「今作は、現在を促進しているような映画だと思っています。夫婦が生きている“いまの瞬間”を見ていると、2人が本当につながっていると感じました。そして、その瞬間は過去と関係していることでもあります。 過去を見ずに、現在を生きるということを理解することはできません。だから今作は、直線的な“時間の経過”とともに編集されたものではありません。彼らとのやり取りによって編集されたものなんです」

コロナ禍、アウグストが“なぜ友人や家族が、自分の家を訪れてくれないのか”と思い悩んでいる様子が映し出されている。パウリナが撮影した同映像を初めて見たとき、どのようなことを思ったのだろう。
「とても胸が張り裂けそうでした。それは、アウグストにロックダウンのことをきちんと説明することができないからです。まるで2歳の息子と暮らしているようで、なぜ外出できないのかを説明することができませんから。パウリナがアウグストを世に送り出し、一緒に活動する。そんな社交的であろうとするアウグストの姿を見せることが、今作のひとつの目標でした。アウグストが社交の場に出ることができなくなる……彼がアイデンティティを失っているのは明らかでした。つまり彼は、とてもよくケアされていましたが、外部の人々も必要なんだということを実感させられました」
では、本作の撮影を通じて学んだ“最も重要なこと”は何だったのだろうか。
「最後まで彼らと一緒にいられたことだと思います(アウグストは、今年亡くなっている)。2人は最後まで夫婦であり続けよう、良い瞬間を持ち続けようという精神を有していました。悪い状況を通り過ぎていたとしても、一緒にいられるなら悲劇だと思わないという人もいる。新しい生き方や愛し方、夫婦のあり方を目の当たりにしました。私にとっては教訓であり、贈り物でした」
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