小島秀夫、スタン・リーのドキュメンタリー映画も! トライベッカ映画祭で高評価を獲得した5作品を紹介【NY発コラム】
2023年7月9日 11:00
ニューヨークで注目されている映画・ドラマとは? 現地在住のライター・細木信宏が、スタッフやキャストのインタビュー、イベント取材を通じて、大作だけでなく、日本未公開作品や良質な独立系映画なども紹介していきます。
6月7日~17日にニューヨークで開催されたトライベッカ映画祭。2001年の同時多発テロ以降、復興を目指して立ち上がった同映画祭は、さまざまな人々に愛される存在へと成長した。今年は36カ国から作品が集い、127人のフィルムメイカーが手がけた109本の長編作品が披露された。今回は、そのなかでも特に高い評価を獲得した5作品を紹介しよう。
まず最初に紹介したいのは、「東ベルリンから来た女」でアカデミー外国語映画賞にノミネートされたクリスティアン・ペッツォル監督の新作。ベネチア国際映画祭、ベルリン国際映画祭などで評価された本作は、「未来を乗り越えた男」「水を抱く女」でペッツォル監督とタッグを組み、今や彼の作品には欠かせないミューズとなった若手女優パウラ・ベーアを主演に据えている。
作家レオン(トーマス・シューベルト)と写真家フェリックス(ラングストン・ウイベル)は、それぞれの芸術活動に勤しむために、バルト海沿いのビーチハウスを目指すが、道中で車が故障。なんとか宿に辿り着いたものの、そのビーチハウスには先約の女性ナージャ(パウラ・ベーア)が暮らしていた。美味しい料理を作り、夜遅くまで音楽を流し、ボーイフレンドらしき男デヴィッドと自由奔放に日々を過ごすナージャに、徐々にレオンは惹かれていく。レオンが彼女との距離を縮めていくなかで、夏の乾燥した暑さが周囲の森を徐々に“猛火”へと変えていく。
幾重もの繊細な感情や芸術家としての鋭利な言葉が投げかけられ、さらに夢のように朦朧とする美しいバカンスの地を背景にした映像を紡いだ。ワルナーズ(Wallners)の「in my mind」という楽曲を通して、ひと夏の思い出のように深く刻み込んでいく。特に秀逸なのは、ペツォールト監督が絶大な信頼を置くパウラ・ベーアの圧倒的な演技。間合い、感情の起伏、表情を大切にしながら、表現する姿は、世界的な大女優になる片鱗をのぞかせている。さらにペツォールト監督は、気候変動や死などの題材も絡めており、非常に完成度の高い作品に仕上げている。
グラミー賞を剥奪された2人組のダンス・ユニット「ミリ・ヴァニリ」を描いた映画。ニューヨークで生まれ、アフリカ系アメリカ人の兵士の父とドイツ人の母の間のもと、ミュンヘンで育ったロブ・ピラトゥスと、アフリカ系移民としてパリで生まれ、18歳でドイツに移ったファブリス・モーヴァンが運命的な出会いを果たし、ともに青春時代を過ごした過程が描かれている。
ロブは崩壊した家庭で育ち、ファブリスは子どもの頃に虐待を受けていたこともあった。同じような環境で育った2人は意気投合し、スーパースターになるという将来の目標さえも共有していた。ところが、1970年代にボニーMのプロデュースを手がけ大成功を収めたプロデューサーのフランク・フェーリアンと出会ったことで、2人の運命の歯車が狂い出していく。ラップをフィーチャーしたダンスグループ結成を考えていたフェーリアンは、ロブとファブリスをフロントマンにすえ、彼らに歌わせなかった。チャールズ・ショウ、ジョン・デイヴィス、ブラッド・ハウエルらをシンガーにし“口パク”させたのだ。
興味深いのは、リハーサルの段階でロブ&ファブリスは“口パク”の件を伝えられている。しかし、その時点で解散を選択したり、グループを辞めたりすれば、高額の賠償金を払わなければいけないという悪条件を突きつけられていたのだ。数曲を我慢すれば、自分たちも歌える……そう信じていた2人は、この条件に応じざるを得なかった。その後、彼らはヨーロッパ各国でのヒットを実績にアメリカへ上陸。アリスタ・レコードと契約して、楽曲「Girl You Know It's True」で全米2位、その後3枚のシングルで全米1位となる快挙を成し遂げた。しかし、それまで“口パク”だったことが発覚し、事実上、音楽界から追放された。
映画は、その後、彼らがどういう日々を過ごしたのかに焦点を置いた。歌手としての実力はあったものの冷酷な世間の目に晒され、アルコールと薬物の過剰摂取で亡くなったロブ。そして、当時から歌唱力があったファブリスが、今でも「ミリ・ヴァニリ」の楽曲を歌いながら、音楽活動をしている姿が目に焼き付く。音楽業界の悪質な商業性を炙り出している点も興味深い。
スタン・リーは、アメコミを芸術として人々に評価させただけでなく、大衆文化にまで押し上げた人物ではないだろうか。 今作は、そんなアメコミで唯一無二の存在だったスタン・リーを描いたドキュメンタリー作品だ。世界の食通を唸らせた鮨店「すきばやし次郎」の初代店主・小野次郎を描いた「二郎は鮨の夢を見る」で注目を集めたデビッド・ゲルブがメガホンをとっている。ちなみに、映画や読書に没頭していた時代――スタン・リー自身のアーカイブ映像が乏しかった頃の姿を、ゲルプ監督は粘土アートを使用して再現している。
わずか16歳という若さでタイムリー・コミックス(現:マーベル・コミック)に入社したスタンは、わずか18歳という若さで編集長に就任するものの、その後アメリカ陸軍入隊を志願。3年間の兵役を務めた。戦後、さまざまなアイデアを出しながらも、コミックは売れず。そんなどん底から方向転換を図るためにスタートさせたのが、現実的な展開も含めて描いた「ファンタスティック・フォー」。その後、ジャック・カービー、スティーブ・ディッコらと共に「ハルク」「ソー」「アイアンマン」「スパイダーマン」「X-メン」などを手掛けていく。
見どころは、スタンがどのようにして個性的なスーパーヒーローを生み出していったのかという点。そして、人種、薬物、社会格差や偏見といった難題を描くことで評価を得ていった過程も描かれる。ジャック・カービーとの対立だけでなく、マーベル・コミックとマーベル・プロダクションがニュー・ワールド・エンターテインメントに買収されたことで、テレビ・映画業界にも足を踏み入れたこと、マーベルの話題作にカメオ出演をし始めた理由などか描かれている。これまでマーベル作品に出演してきたクリス・エバンス、ロバート・ダウニー・Jr.、マーベル・スタジオ社長ケビン・ファイギらのインタビューなども織り交ぜつつ、スタン・リーの価値観、当時の社会を反映させたコミックへの想いなどが浮き彫りにされている。
伝説的ポップ・アイコンであるシンディ・ローパーの半生とキャリアを、ノスタルジックな雰囲気で描いた秀作ドキュメンタリー。シンディは、ニューヨークのブルックリンで生まれたものの、家族と共に長年クィーンズで暮らしていた。学校に馴染めずに退学し、さまざまな仕事に就く。そんななか、彼女はロックバンド「Doc West」に加入。ところが、喉を酷使したことで声帯を損傷し、音楽活動を休止。一度は諦めかけた音楽の道。声帯を回復させ、ポリドール・レコードを通してデビューを果たすものの、結局、バンドが解散してしまう。それほど世間には知られていないシンディの苦労時代、マネージャー兼恋人のデヴィッド・ウルフとの関係がどのように音楽に反映されているのかを紐解く。
ファースト・シングル「ガールズ・ジャスト・ワナ・ハヴ・ファン」「タイム・アフター・タイム」「シー・バップ」などを次々にヒットさせた彼女の歌唱力にフォーカスするだけではなく、MTVやトーク番組などで見せた独創的なファッションや興味深い発言などで、強烈で個性的なキャラクター像をしっかりと人々の記憶にうえつけているという戦略が語られる部分も注目ポイント。LGBTQコミュニティの共感を呼んだ楽曲「トゥルー・カラーズ」のリリース、アーティストたちと「True Colors 2007 Tour」を行い、同性愛者の権利を擁護・推進。チケット1枚につき1ドルを寄付する「Human Rights Campaign」の活動が評価され、オバマ大統領の就任式などにも招待される。音楽活動だけではない彼女の魅力や視点をとらえている部分も、おすすめしたくなる一つの要因だ。
ビデオゲーム「メタルギア」シリーズや「Death Stranding」などを手掛け、世界的なゲームクリエイターとして名を馳せた小島秀夫に迫ったドキュメンタリー作品。わずか60分のドキュメンタリーではあるものの、興味深い部分があった。それは幼少期の小島の周囲にはビデオゲームは存在せず「多くの映画に影響を受けてきた」と明かしていることだ。それとは反対に、小島のビデオゲームに影響を受けて映画監督になったギレルモ・デル・トロ、ニコラス・ウィンディング・レフン、「Death Stranding」のキャラクターモデルとなった仕事仲間のノーマン・リーダスらがインタビューに応じ「小島秀夫のクリエイティブ・マインド」に迫っている。
さらに、コジマプロダクション立ち上げ当時から描かれており、チーム内での意見交換やゲーム制作の過程、小島のあくなき探究心が垣間見えるだけでなく、「Death Stranding」へのこだわりなども確認できる。ちなみに、本作のプレミアがトライベッカ映画祭で行われた際には、メガホンをとったグレン・ミルナー監督と共に小島はステージに登壇。アメリカのファンからの質問に積極的に答えていた姿も印象深かった。
フォトギャラリー
関連ニュース
映画.com注目特集をチェック
関連コンテンツをチェック
シネマ映画.comで今すぐ見る
父親と2人で過ごした夏休みを、20年後、その時の父親と同じ年齢になった娘の視点からつづり、当時は知らなかった父親の新たな一面を見いだしていく姿を描いたヒューマンドラマ。 11歳の夏休み、思春期のソフィは、離れて暮らす31歳の父親カラムとともにトルコのひなびたリゾート地にやってきた。まぶしい太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、2人は親密な時間を過ごす。20年後、当時のカラムと同じ年齢になったソフィは、その時に撮影した懐かしい映像を振り返り、大好きだった父との記憶をよみがえらてゆく。 テレビドラマ「ノーマル・ピープル」でブレイクしたポール・メスカルが愛情深くも繊細な父親カラムを演じ、第95回アカデミー主演男優賞にノミネート。ソフィ役はオーディションで選ばれた新人フランキー・コリオ。監督・脚本はこれが長編デビューとなる、スコットランド出身の新星シャーロット・ウェルズ。
「苦役列車」「まなみ100%」の脚本や「れいこいるか」などの監督作で知られるいまおかしんじ監督が、突然体が入れ替わってしまった男女を主人公に、セックスもジェンダーも超えた恋の形をユーモラスにつづった奇想天外なラブストーリー。 39歳の小説家・辺見たかしと24歳の美容師・横澤サトミは、街で衝突して一緒に階段から転げ落ちたことをきっかけに、体が入れ替わってしまう。お互いになりきってそれぞれの生活を送り始める2人だったが、たかしの妻・由莉奈には別の男の影があり、レズビアンのサトミは同棲中の真紀から男の恋人ができたことを理由に別れを告げられる。たかしとサトミはお互いの人生を好転させるため、周囲の人々を巻き込みながら奮闘を続けるが……。 小説家たかしを小出恵介、たかしと体が入れ替わってしまう美容師サトミをグラビアアイドルの風吹ケイ、たかしの妻・由莉奈を新藤まなみ、たかしとサトミを見守るゲイのバー店主を田中幸太朗が演じた。
ギリシャ・クレタ島のリゾート地を舞台に、10代の少女たちの友情や恋愛やセックスが絡み合う夏休みをいきいきと描いた青春ドラマ。 タラ、スカイ、エムの親友3人組は卒業旅行の締めくくりとして、パーティが盛んなクレタ島のリゾート地マリアへやって来る。3人の中で自分だけがバージンのタラはこの地で初体験を果たすべく焦りを募らせるが、スカイとエムはお節介な混乱を招いてばかり。バーやナイトクラブが立ち並ぶ雑踏を、酒に酔ってひとりさまようタラ。やがて彼女はホテルの隣室の青年たちと出会い、思い出に残る夏の日々への期待を抱くが……。 主人公タラ役に、ドラマ「ヴァンパイア・アカデミー」のミア・マッケンナ=ブルース。「SCRAPPER スクラッパー」などの作品で撮影監督として活躍してきたモリー・マニング・ウォーカーが長編初監督・脚本を手がけ、2023年・第76回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリをはじめ世界各地の映画祭で高く評価された。
文豪・谷崎潤一郎が同性愛や不倫に溺れる男女の破滅的な情愛を赤裸々につづった長編小説「卍」を、現代に舞台を置き換えて登場人物の性別を逆にするなど大胆なアレンジを加えて映画化。 画家になる夢を諦めきれず、サラリーマンを辞めて美術学校に通う園田。家庭では弁護士の妻・弥生が生計を支えていた。そんな中、園田は学校で見かけた美しい青年・光を目で追うようになり、デッサンのモデルとして自宅に招く。園田と光は自然に体を重ね、その後も逢瀬を繰り返していく。弥生からの誘いを断って光との情事に溺れる園田だったが、光には香織という婚約者がいることが発覚し……。 「クロガラス0」の中﨑絵梨奈が弥生役を体当たりで演じ、「ヘタな二人の恋の話」の鈴木志遠、「モダンかアナーキー」の門間航が共演。監督・脚本は「家政夫のミタゾノ」「孤独のグルメ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭。
奔放な美少女に翻弄される男の姿をつづった谷崎潤一郎の長編小説「痴人の愛」を、現代に舞台を置き換えて主人公ふたりの性別を逆転させるなど大胆なアレンジを加えて映画化。 教師のなおみは、捨て猫のように道端に座り込んでいた青年ゆずるを放っておくことができず、広い家に引っ越して一緒に暮らし始める。ゆずるとの間に体の関係はなく、なおみは彼の成長を見守るだけのはずだった。しかし、ゆずるの自由奔放な行動に振り回されるうちに、その蠱惑的な魅力の虜になっていき……。 2022年の映画「鍵」でも谷崎作品のヒロインを務めた桝田幸希が主人公なおみ、「ロストサマー」「ブルーイマジン」の林裕太がゆずるを演じ、「青春ジャック 止められるか、俺たちを2」の碧木愛莉、「きのう生まれたわけじゃない」の守屋文雄が共演。「家政夫のミタゾノ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭が監督・脚本を担当。
内容のあまりの過激さに世界各国で上映の際に多くのシーンがカット、ないしは上映そのものが禁止されるなど物議をかもしたセルビア製ゴアスリラー。元ポルノ男優のミロシュは、怪しげな大作ポルノ映画への出演を依頼され、高額なギャラにひかれて話を引き受ける。ある豪邸につれていかれ、そこに現れたビクミルと名乗る謎の男から「大金持ちのクライアントの嗜好を満たす芸術的なポルノ映画が撮りたい」と諭されたミロシュは、具体的な内容の説明も聞かぬうちに契約書にサインしてしまうが……。日本では2012年にノーカット版で劇場公開。2022年には4Kデジタルリマスター化&無修正の「4Kリマスター完全版」で公開。※本作品はHD画質での配信となります。予め、ご了承くださいませ。