黒澤明監督作「生きる」との違いは? 英国リメイク版の監督、脚本カズオ・イシグロらが明かす【NY発コラム】
2023年1月4日 20:00
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ニューヨークで注目されている映画・ドラマとは? 現地在住のライター・細木信宏が、スタッフやキャストのインタビュー、イベント取材を通じて、日本未公開作品や良質な独立系映画を紹介していきます。
日本の名匠・黒澤明がメガホンをとった不朽の名作「生きる」を、英国でリメイクした「生きる LIVING」(日本公開:2023年3月31日)。この待望の新作の全貌を、キャストのエイミー・ルー・ウッド、脚本を担当したノーベル賞作家カズオ・イシグロ、オリバー・ハーマナス監督のインタビューから紐解いていこう。
本作の舞台は、1952年の英国。妻に先立たれ、息子夫婦と暮らすウィリアムズ(ビル・ナイ)は、毎日、仕事一筋で、織り目正しい生活を続けていた。ところがある日、医者から余命わずかと宣告されてしまう。残された日々をいかに大切に過ごしていくか――。そんなことを考えながら、どこの部署も手をつけなかった戦後の廃墟地への「公園建設」に取り組んでいく。
以前、企画倒れにはなったものの、トム・ハンクス主演での“アメリカ版リメイク”の話があった。英国のプロダクションが「生きる」を新たな解釈で描くと聞いた際、筆者は「英国が舞台ならば、日本の官僚的な要素と礼儀正しさが、正しく移行できるのではないか?」と感じることができた。もちろん、黒澤、橋本忍、小国英雄が手掛けた名作の脚本に、手を加える勇気のある脚本家がいればの話だったが……。ノーベル文学賞受賞作家以外、そんな無謀な試みに挑戦しようと思う人はいなかったのかもしれない。
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小説「日の名残り」「わたしを離さないで」で知られるイシグロは、本作を“英国を舞台にした「生きる」のリメイク”ではなく、“ビル・ナイありきの「生きる」のリメイク”だと語っている。黒澤監督作「生きる」を最初に鑑賞したのは、11、12歳の頃だったそうだ。そこから月日が流れ、もう一度見直した時には、まるで別の映画のように感じるほど、見方が変わってしまう作品だったそうだ。
日本の長崎で生まれたものの、幼少期に英国へと渡ったことで、日本文化との接触があまりなかったイシグロ。そんな彼にとって「生きる」は重要な作品だった。
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幼少期から英国南東部にあるサリーで育ったイシグロは、学生時代はギルフォード駅からウォータールー駅を利用して通学していた。その際、列車の中で見ていたのが、ロンドンに向かう山高帽や傘を持ったイギリスのビジネスマンたちだった。そんなイシグロは「生きる」を通じて、日本の官僚と英国紳士を同一視していた。英国側、日本側の両面を学んで育ったイシグロは「生きる」について「“スター”になったり、素晴らしいことをしたり、裕福になったりしなくても、それは問題ではないことを示唆している。そのことに対して、非常に刺激を受けた」と明かしてくれた。
「生きる」への特別な思いを抱いていたイシグロは「クライング・ゲーム」「キャロル」などのプロデューサーとして知られるスティーブン・ウーリーに、映画化のアイデアを持ち込んでいる。当初は“アイデアだけ”のつもりだったが、ウーリーに説得される形で、本作の脚本を書くことになった。
メガホンをとったハーマナス監督は、南アフリカのケープタウン出身。英国の1950年代を舞台にした作品をどのように作り上げたのだろうか。
「まずは、当時の写真や映画を見た。ロンドンを映画的に描きたくて、古い写真からアイデアを生みだしたり、クラシック映画で繰り返される表現などを試し、英国をアウトサイダーの観点から自分のものにしながら作っていた。スティーブンが私を雇ったのは、英国出身ではなく、異なった見解ができるためだ。彼に任されたからこそ『英国をどのように表現したいか』を喜んで考え抜いていた」
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話題は“オフィス作り”について。プロダクション・デザイナーのヘレン・スコットとのタッグについて語ってくれた。
「オフィススペースは、少し誇張していたと思う。当時のもっともらしく見えるような映像にする必要がありました。最大の問題は、壁を黒くしたかったが、書類が積み重なっているため、家具は木の色調でなければならなかったこと。書類が重なった場面の撮影テストで我々がやったことは、書類の間に隙間があることを確認することだった。これによって、書類が重なっているオフィスの人々を見ることができる。書類は高さがあるが、密集していない。興味深い映像が撮影できた」
ちなみに、オリジナル版とはモノクロとカラーという違いがある。本作ではあえてモノクロを彷彿させるようなプロダクション・デザインを施しているそうだ。
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「生きる」では、名優・志村喬(渡辺役)が「いのち短し、恋せよ乙女」という歌詞の楽曲「ゴンドラの唄」をブランコにのりながら歌っている。今作でビル・ナイが歌うのは「The Rowan Tree」というスコットランドの伝統的な歌。この曲を選んだ経緯と理由について、イシグロは「黒澤明監督を尊敬し、『生きる』も好きだが、オリジナルの映画には“直接的な部分”があった。冒頭にナレーションが入ることで、テーマが直接的に表現されすぎてしまっている。そして、あの映画の中でそれほど好きではなかった部分が歌の選曲だった。もちろん、志村喬がブランコに乗りながら『ゴンドラの唄』を歌っているシーンは、映画史上最高のシーンのひとつだ。しかし、歌自体は、それほど物語に対して直接言及した歌詞ではない」
「ウィリアムズは、妻が亡くなる前、おそらくもっとオープンで、もっと充実した生活を送っていたと思う。だからこそ、楽曲の選曲は非常に重要な部分だった。僕はこの曲の選択によって、彼の親族が亡くなっていること、彼が『Mr.ゾンビ』(=ニックネーム)になる前、もっとイキイキしていた頃の妻の記憶がどこかにあることを示唆したかった。『The Rowan Tree』という曲は、彼のスコットランド人の妻に結びつけたかった。今作では、彼は2回も歌っている。公園の建設を達成し、意気揚々としてブランコで歌うとき、その特別な瞬間を妻と一緒にいたいと思っている。実は、私の妻もスコットランド人で、これは彼女から教わった歌。彼女が祖母から学んだ歌で、彼女はよく歌っている。 僕にとってはヒット曲ではなく、人に受け継がれてきた曲のようなものだ」
ハーマナス監督は、のちにミュージック・スーパーバイザーに頼んで、キーやテンポを全く別のリズムで再構築するように依頼。より音楽的になり、ビル・ナイが歌うシーンを感情的にすることができたそうだ。
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では「生きる」との“違い”は?イシグロは、オリジナルよりも“楽観的”であると分析した。
「黒澤明、橋本忍、小国英雄が手がけた『生きる』の脚本は、軍国主義の支配、第2次世界大戦のひどさ、原爆、アメリカの支配など、日本の歴史における恐ろしい部分を体験していた頃に生み出された。日本の人々が悲観的になるのは、正しいことだ。 黒澤さんと彼のチームは、日本が数年後にはあんなにも繁栄するとは思っていなかったはず。 それだけでなく、日本が非常に強固な自由民主主義国家になるとも思っていなかったかもしれない。だから、黒澤さんの映画はかなり悲観的だと思う。 渡辺の(死ぬ前の)輝きよりも、官僚主義の重み、日本を再建しようとする巨大な負担によって、すべてが押しつぶされるという感覚があるように思えた」
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劇中、普段は口数が少ないウィリアムズが自身の病気を告白しながら、急に饒舌になり、普段はお喋りなマーガレットが耳を傾けるという重要なシーンがある。ウッドはこのシーンについて「オリバーの演出では私とビルに会話をさせず、ビルの演技に反応し、自然と涙が出てくるような演技になったの。何枚もティッシュを使った」と振り返っている。
個性的なマーガレットは、ウィリアムズのことをあるニックネームで呼んでいる。そんなニックネームをナイとハーマナス監督につけるとしたらと聞くと、ウッドは「ビル・ナイ=Mr. Magic」「ハーマナス監督=Mr.Visionary(明確なビジョンを持った人)」と答えてくれた。
衣装はサンディ・パウエル、プロダクション・デザイナーはヘレン・スコットが担当している。ウッドは「サンディの衣装を着た瞬間、何か異なった感じがして、私が演じたマーガレットのように自信を持つことができた」と答えつつ、スコットについて「彼女は、その世界をどのように創造し、感情や性格、場所、時間の感覚を作るかを正確に知っている」と評価した。
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本作は、第35回東京国際映画祭のクロージングを飾り、日本での配給元は「生きる」を公開した東宝となった。この点について、ハーマナス監督は「考えてみると、素晴らしいことだ。オリジナル映画の公開から70周年、黒澤明監督と同じ東宝で公開されると知った時は、とても特別な気分になった。製作者のスティーブにとっても、東京国際映画祭のクロージングナイトを飾れたことは特別なこと。この作品をとても温かく迎えてくれたそうで心強かった」と感謝を述べた。
最後に「本作からどんなことを受け取ってほしいのか?」とハーマナス監督にたずねてみた。
「オリジナル映画の焦点と反響――今作にも同じメッセージを見出せることを願っている。それはあなたの人生を意のままにして、充実した方法で活動し、世界の一部になることを可能にすることを見つけるということ。仕事の大きさや業績ではなく、あなたが生きる人生、あなたが過ごす時間は、いつでもあなたの内側(=心)と、繋がりのある“正直な場所”から来ていることを意識する必要がある。小さなメッセージだが、本作にはそんな重要なものがある」
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