【「マッドゴッド」評論】狂気の地獄巡りを映像化した壮大にして荘厳なストップモーション・アニメ
2022年12月4日 08:00

ハリウッドには映像の魔術師と呼ばれるクリエイターが何人もいるが、フィル・ティペットはまぎれもなく生ける伝説のひとりだ。「スター・ウォーズ」「ロボコップ」の両シリーズや「スターシップ・トゥルーパーズ」の特殊効果で名高いティペットは、二度のアカデミー賞に輝いたストップモーション・アニメの第一人者。しかし「ジュラシック・パーク」に参加したティペットは、革新的なまでにリアルな恐竜の映像を求めるスティーヴン・スピルバーグを満足させることができず、デニス・ミューレンを中心とするILMのCG技術に敗北。失意のどん底に突き落とされたティペットが、自らを恐竜になぞらえるようにして「もう私は絶滅だ」と嘆いたというのは有名な裏話だ。
そんなティペットが1990年代前半に製作を中断しながらも、若手クリエイターらの後押しによって完成させた30年越しのプロジェクトが「マッドゴッド」だ。その内容たるや、筆舌に尽くし難いほど凄まじい。ガスマスクと防護服を着けた“アサシン”と称するキャラクターが、あるミッションを遂行するために地上から地下世界に派遣される。ところが、いくつもの層がある地下世界はあらゆるものが惨たらしく荒廃しており、醜悪な怪物どもが跋扈している。
いわば本作は、観る者を暗黒のディストピア世界の深淵へと誘う地獄巡りの旅。ストップモーション・アニメと実写を融合させて生命を吹き込んだクリーチャーや機械の生々しいおぞましさ、精密に作り込まれたプロダクション・デザインによる世界観の異様さに圧倒されずにいられない。もしもあなたがH・P・ラヴクラフト、H・R・ギーガー、フランシス・ベーコン、はたまたヤン・シュヴァンクマイエル、デヴィッド・リンチらが紡いできた不条理な悪夢のイメージに魅了されてしまう奇特な趣味の持ち主ならば、メシを抜いてでも劇場に駆けつけるべきだ。
自らの狂気渦巻くヴィジョンをすべて映像と音で表現しようと試みたティペットは、説明的なセリフや描写を排除したため、いささか難解な仕上がりではある。バベルの塔を連想させるオープニング・ショットと旧約聖書「レビ記」の引用から始まる映像世界は、とかく箱庭的なサイズに収まりがちなストップモーション・アニメの創造性を壮大なスケールに押し広げ、環境汚染や強制労働、核戦争といった人類の愚かな厄災を映し出す。そしてついには、この世の滅亡と新たなる天地創造のサイクルまでヴィジュアル化してしまうのだ! もはや筆者の凡庸な理解力をはるかに超えた異形の怪作だが、おどろおどろしくも荘厳な映画体験がここにある。
(C)2021 Tippett Studio
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