【ネタバレ解説】「竜とそばかすの姫」竜の正体とすずの選択、ラストの展開にこめられた細田守監督の思い
2022年9月23日 19:00
「デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!」(2000)、「サマーウォーズ」(09)と約10年おきにインターネットを題材にしたアニメ映画を手がけてきた細田監督。本作ではネットが社会のインフラとして当たり前になった現代を舞台に、日本の田舎で暮らす女子高生が現実と仮想のふたつの世界で葛藤しながら成長する姿が、圧倒的なビジュアルと音楽で描かれています。
目にも耳にもうれしいサービス満点の映画でありつつ、終盤では見る人に何かを厳しく突きつけるかのような重たいドラマが展開されました。映画.comが公開前に実施したインタビューでは細田監督自身、「ラスト付近の一種の葛藤はこの映画にとっての芯の部分」だと語り、スタッフの間でも意見がわかれたなか、ただ楽しいだけではない「今を描く映画」にするため、並々ならぬ覚悟で終盤のドラマをつくっていたことを話してくれました。
映画.comとアニメハックで実施したインタビュー、映画公開後に発売されたガイドブックでの細田監督の発言を参照しながら、終盤の展開にこめられた意図や細田監督の思いを解説します。
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高知の自然豊かな村に住む17歳の女子高生・内藤鈴(すず)は、幼い頃に母を川の事故で亡くして父とふたり暮らし。彼女は母の死をきっかけに心を閉ざし、大好きな歌を歌えなくなっていた。そんな彼女はひょんなことから、全世界で50億人以上が集う仮想世界<U>に「ベル」というアバターで参加し、自分がつくった歌を披露する。あっという間に世界中の人気者になっていくベルの前に突然、竜の姿をした謎の存在が姿をあらわす。
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すずたちが竜の正体を探るなかで<U>のアバターである<As>たちの実像が暴かれていったように、ネットやSNSの世界では匿名によって実像と虚像が表裏一体のものとして存在します。そうしたネットの特性は、本作の発想の原点になった「美女と野獣」の表裏一体感とシンクロするのではないかという発想で、物語がつくられていきました。
映画.comのインタビューで細田監督は、「『美女と野獣』もインターネットのSNSも同じ二面性をはらんでいるなと思ったんです」と述べ、「すずは<U>の世界で大人気の歌姫ベルになるという二面性を抱えると同時に、『生と死』の死の部分を深く抱えながら生きている人でもあるっていうふうにしたかったんです」と話しています。
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主人公のすずが暮らしているのは高知県の山あいの町。作中では仁淀川と鏡川というふたつの川が登場し、すずの心情をあらわすようにさまざまな姿を見せます。おだやかなで美しい光景がみられる一方、川はすずの母の命を奪ったおそろしい存在でもあり、川も二面性の象徴のひとつとして描かれています。
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細田監督は映画.comのインタビューで、「川にも美しいところと、濁流になって人が亡くなってしまうこともある両面があって、だからこそ川は人生にたとえられることもありますよね」と語り、物事には表と裏があることに目を向ける要素を作中に多くとりいれていった狙いを明かしています。
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作中で明確に言葉にはされていませんが、人口が減って学校やバスの路線がなくなりつつあるすずの住む町は過疎化が進んでいることが分かります。細田監督はロケハンで実際にバスに乗ったとき、自分たち以外の乗客がいなかったことを振り返りながら、「インターネットの世界で<U>とつながって華やかな舞台にいながらも、同時に現実世界の崖っぷちにいるような女の子という対比をハッキリと打ちだせたらなと思っていました」と語っています。
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物語の終盤で、謎の存在だった竜の正体が、東京で父と弟の3人で暮らす14歳の少年・恵(けい)であることが明かされます。「この家では父さんの言うことがルールだ」「価値がないなら消えろ」と強い言葉を投げつける父から弟の知(とも)を守ろうとする恵は現実でも孤立しています。
ガイドブックのインタビューで細田監督は、主人公のすずが助けることになる竜の正体について、「大きな病気をしている女性」と「虐待された少年」のふたつの可能性にしぼったうえで、「現在の流れがこの物語の正しいカタチに思えた」と話しています。
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恵と知を虐待する父親自身も問題を抱えたひとりの人間であり、常識を超越した狂気的な存在としては描かれていません。細田監督は、多くの虐待は今の世界に根差した構造的な問題から生じているのではないかという考えのもと、ふたりの子の父である自分自身をふくめ、「全ての親は、その当事者になる可能性だってなくはない状態で子どもと一緒に生きているわけです」と指摘します。
制作中、子どもも見るアニメーション映画にセンシティブな要素をもちこむことに否定的な意見もあったそうですが、「それを描かないってことは、その問題が世の中にないのと同じにしてしまう」と思い、「描かないわけにはいかない」と感じたとも語っています。
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「何も知らないくせに」「でも結局何も変わらない」「助ける。助ける。助ける。うんざりなんだよ!」。物語の終盤、感情をむきだしにしてPCの画面ごしに観客にも訴えかけるように叫ぶ恵=竜の姿からは、信用できる他人がおらず、深い絶望を抱えていることが伝わってきます。
すずは恵と知の信頼をえるため、<U>の無数の観客たちの前でベルの正体は自分であるとリアルの姿をさらけ出します。現代の高校生であるすずを極限まで追いこみ、<U>で積み上げてきたもうひとりの自分=ベルを捨てることができるのか――細田監督はガイドブックのインタビューで、「安全な場所から正論を言うこととは違う、『助けたい』という思いをどう伝えるのか」を考えたすえの展開だと説明し、「そこで初めて、すずという人間の真価が問われる」と語っています。
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その後、すずは高知から恵と知の住む東京までひとりで移動し、ふたりを守るため父と対峙します。そこで頬にえぐられたような赤い傷ができますが、ここでも「やりすぎではないか」という声が現場からでたそうです。細田監督は、「顔に傷を負っても大切なものを守るのが今の『美女』なんじゃないでしょうか」と語り、このシーンによって現代の“美女と野獣”を成立させられたことで、「この映画の目標が達成されたな、と思った」と述懐しています。
すずが恵たちを助けたあと、本作の冒頭で<U>の説明として「さあ、世界を変えよう」と呼びかけるナレーションが繰り返されます。すずの行動を見てきた観客は、その言葉を違った意味にうけとめるはずです。
細田監督は、ナレーションの言葉の受けとめ方が変わるのは見ている人の意識が変化したからで、その仕掛けを「ネットと現実社会の向き合い方みたいなものに対する一種の問題提起」であると説明しています。この部分も、エンタテインメント作品にそうした要素をこめないほうが、さらっと見られて物語としていいのではないかという声があったそうですが、細田監督は「僕はやっぱりあった方がいいんじゃないかと思う」と決断した理由を力強く語っています。
ここまで解説してきたように、本作は外枠ではエンタテインメントのかぎりをつくしながら、今の社会とインターネットにまつわる現実や問題がさまざまなかたちで織り込まれています。「時をかける少女」以降、3年ペースで映画をつくり続けている細田監督は、アニメハックのインタビューで自身の映画づくりについて以下のように語っています。
「3年ごとに映画のネタがあるのかみたいなことを思う方もいるかもかもしれませんが、世の中が変化していますからね。そこに目をむけていれば自然と描くべきものとか、これからどんなものが人々の関心を集めていくのか分かるんじゃないかなと思っているんです」
「社会的な情勢とはまったく関係のないものをつくろうというなら話は別ですけど、僕の場合はそういうものが映画だとはあまり思えなくて、やっぱり見ている側も現代のなかに生きているわけじゃないですか。そこに問題意識のようなものがあるとして、喜びや不安、こんなふうに考え方が変わったというようなことが、見ている映画やエンタテインメント全般に密接にリンクしていると思うんです」
次回作では、細田監督がどんな「今」を取り入れた映画を届けてくれるのか楽しみに待ちたいと思います。
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