マチュー・アマルリック、「彼女のいない部屋」主演のビッキー・クリープスは「前世で出会っていたのかも」
2022年8月26日 17:00
2021年・第74回カンヌ国際映画祭の「カンヌ・プレミア部門」選出作で、フランスの俳優マチュー・アマルリックが監督・脚本を手がけた長編第4作「彼女のいない部屋」が公開された。本国での劇場公開前に明かされたストーリーは「家出をした女性の物語、のようだ」という1文のみで、物語の詳細は伏せられており、主人公クラリスの、一見バラバラな行動がつなぎ合わさることで、ある真実にたどり着く感動作。主演はポール・トーマス・アンダーソン監督作「ファントム・スレッド」(17)で国際的な知名度を高めたビッキー・クリープス。このほど、アマルリックがオンラインインタビューに応じた。
自宅で執筆を始めて、一日半ぐらいでビジョンが現れたのです。私の目の前にビッキーの姿が現れたのです。まるでジャンヌ・ダルクが神の声を聞いた――そんな経験でした。彼女じゃないといけないと思い込んだのです。
ビッキーはベルギーの隣にあるルクセンブルク出身で、フランス語、ドイツ語、そして英語も話される国です。それまで個人的に彼女のことは知りませんでしたが、絶対に彼女はフランス語を話せるという確信があったので、インターネットで見つけたエージェントの電話番号に電話して、3週間後に彼女に会いました。
彼女の作品は「ファントム・スレッド」を見ていました。最初の登場シーン、ダニエル・デイ=ルイスが朝食をとるレストランで、注文を取りにくるウェイトレスとして現れます。あの時にすぐに「あっ、この子を知ってる」となぜか思ったんです。ひょっとしたら前世で出会っていたのかもしれない……そんなことを感じる出会い。そういうことってありますよね。現実でも、メトロや街中やお店で、なぜかこの人を知っている……そんな霊的な出会いです。私は、この人の人生ってどんな感じなんだろうな、と想像するのがすごく好きなので、あのウエイトレス姿のビッキーを見てイマジネーションが膨らみました。
不思議なことですよね。でも、敢えてその女性の生き方を語ろうと思って作ってるわけではなく、たまたまそうなっています。確かに私自身の人生は、女優達と共に生きてきました。例えば、ジャンヌ・バリバールだったり、「青の寝室」のステファニー・クレオ、あるいは「さすらいの女神(ディーバ)たち」のバーレスクの女性だったり。そういう形で女性に接してきた影響はありますが、今回は原作である、クロディーヌ・ガレアの戯曲を読んで感銘を受けたのです。
そして、また今回も女性の話を語ることになりました。ひょっとしたら自分自身が女性の頭の中に入り込むのが好きなのかもしれません。それは意図的ではないのですが、きっとその方がミステリアスですし、その方が豊かで、面白いことが起きるんじゃないか、そういう期待があるので、女性の物語に力が入るのです。
私は彼女達を女優だとは思っていないのです。そこにあるのは私にとっては友情、あるいは共犯関係、そういうものでしょうか。今回のプロデューサーは女性ふたりだったのですが、彼女たちから「あなたとビッキーってまるで双子ね」と言われて。女優と監督という関係ではなく、双生児のような関係もあると今回気づけたんです。
私はビッキーに出会えて本当に幸運で、彼女と出会えていなかったらこの作品はできなかったと思います。彼女を女優としても見ませんでしたし、自分が監督として演出をしたという気持ちもないんです。もちろん私はシナリオを書きました。それを彼女が、彼女の人生でとても親密なシーンを、私からバトンを受けとる形で、それを延長することが役割だったんです。
(元パートナーで女優の)ジャンヌ・バリバールとの関係とは全く違います。子どももいるので、私たちの人生をひっくるめて、その現場にいます。それから「さすらいの女神(ディーバ)たち」の女性達もまた別の関係です。でも、どの作品においても女優を監督が指導する――そういった関係は私の場合ないですね。
はじめから自分が出演することは考えていませんでした。私の年齢を考えてください(笑)。やはりビッキーが演じるクラリスにぴったりの男性を選ぶべきだと思っていたので。だからこそ(夫役の)アリエ・ワルトアルテのように、強くてハンサムで、そしてクラリスとの間に、肉体的にも彼らは結びついている――情熱的でセクシュアルな関係性があるなと、観客にそういうことを感じさせるカップルじゃないと駄目だなと。そうでないと、この作品を見ても泣いてくれないだろうと思ったんです。ですから、身体とルックスはとても重要でした。
最初にアリエに出会った時、ああ、彼はもうビッキーにぴったりだと感じたんです。それだけではなく、彼は子どもにもすごくなつかれて。子どもがアリエのことを大好きで、本当の両親以上に慕っているような感じだったんです。ですから、僕は最初からビッキーの相手役になるつもりはありませんでした。