“伊藤沙莉を浴びた”――仲野太賀の記憶に刻まれた「拾われた男」の思い出

2022年7月27日 10:00


初共演!
初共演!

金なし、ツテなし、コネもなし。しかし、強運と縁には恵まれている。

個性派俳優・松尾諭。彼の“現在”に至る道のりは、波乱万丈の言葉がふさわしい。

フィルモグラフィを振り返ってみよう。2000年に「忘れられぬ人々」で俳優デビュー。映画「亡国のイージス」、ドラマ版「電車男」などへの出演を経て、大ヒットドラマ「SP 警視庁警備部警護課第四係」(山本隆文役)で注目を浴びる。その後は、NHK大河ドラマや連続テレビ小説、メジャー大作から作家性の強い監督の作品にも参加。まさに引っ張りだこ状態。その“顔”は、きっとどこかで見かけたことがあるはずだ。

そんな松尾には“すっごい実話”がある。役者になるため、兵庫から上京。たまたま自宅前の路上で航空券を拾った。そんな些細な出来事が、さまざまな出会いを呼び寄せていく。しかも、人生はただ好転するだけではなく、思いがけない方向へ……。

そんな日々を綴ったのが、松尾の自伝風エッセイ「拾われた男」だ。

同作のドラマ版では、仲野太賀が“松尾諭をフィクション化した主人公”松戸諭、伊藤沙莉が諭の運命の女性となる比嘉結を演じている。劇中では抜群のコンビネーションを見せている2人だが、意外なことに、本作が初共演の機会になった。“拾い”“拾われる”ことで人生を切り開く物語――。笑って、泣いて、強固な信頼関係を築き上げた日々を振り返ってもらった。(取材・文/編集部 岡田寛司)


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――まずは、原作者・松尾諭さんとの関係性について教えてください。

仲野:実は、松尾さんとは、ほぼ面識がなかったんです。数年前、飲み会の場で一度お会いしたことぐらいで。その時に「僕の自伝をドラマ化したい。実現したら、ぜひ太賀君に演じてほしい」と仰って下さったらしいんですが……僕、その事を全く覚えていなかったんですよね(笑)。

――伊藤さんは、いかがでしょうか? 松尾さんから「託したい役がある」と言われていたそうですね。

伊藤:「託したい役がある」と言われていたんですが、のちのち松尾さんに聞いてみたら、(比嘉結ではなく)別の役だったみたいで……それに関してはびっくり仰天ですよ(笑)。もともとは飲み会でお会いして、少しお話した位の関係性だったんです。その後、ドラマ「THE LAST COP ラストコップ」でご一緒することに。当時は(主演の)唐沢寿明さんが頻繁に食事会を開催してくださっていたので、その場でもよくお会いしていました。

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――では、脚本の感想を教えていただけますか? 松尾さんの“自伝風”エッセイの内容を、「百円の恋」「喜劇・愛妻物語」の足立紳さんが非常に巧みな形で脚色されています。

仲野:松尾諭さんの自伝をドラマ化する――企画を聞いた時は、まずは意外だなと驚きがあって。実在の人物をテーマに映像化する場合、歴史上の偉人が題材になることは多いですよね。でも、今も実在している人をドラマ化する。「ドラマ化できるような波瀾万丈な人生なのか?」と興味が湧きました。原作を読んでみると、松尾さんが色々な縁と運によって成長していく様子、お兄さんや家族との関係性と、物語は想像していたものとは全く異なる方向へと進んでいくんです。この転調がとても面白くて、ぜひ演じさせていただきたいと思いました。脚本を読んでみると、第1、2話だけでも、ものすごい情報量がある。めまぐるしい展開なんです。これを演じるのは大変だろうなと思いましたけど、上手く表現することができたら、とても面白くなるという確信はありました。あと……松戸諭は、本当によく泣く。めちゃくちゃ泣くんです。こんなに泣けるのかなぁと思いましたね(笑)。

――序盤の展開を見ているだけでも、感情が激しく揺れ動くシーンが多いですよね。

仲野:怒ったり、泣いたり、笑ったり……感情の起伏が激しすぎるんです(笑)。でも、これを上手く表現できれば、人間味のあふれるドラマになるだろうな、と。そんな期待がありました。

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――演じることになったのは「実在の人物」です。役作りで心掛けたことはありますか?

仲野:モノマネをしてもしょうがないですし、ましてやノンフィクションというわけでもないので、松尾さんの人生をお借りしつつ、ドラマとして、見ている方々が共感できるように役を演じたいと思っていました。そういう思いがあったので、あまり気負いというものはなかったです。見た目は丸みを帯びている方がファニーでキャラクターとして説得力があるかなと思い、体を少し大きしくして体重を増やしました。

――伊藤さんは、いかがでしょうか?

伊藤:ディズニープラスのラインナップ発表会(APACコンテンツ・ショーケース)の時にも話しているんですが、結婚前の諭は、なかなか最低な感じになります。その時の原作の表現が面白くて。ト書きが並んでいる、台本のような形になっているんですよ。ここは2人の関係性が、一番試される部分。原作を読んでいたからこそ気になった部分なんですが、(脚本では)時間の経過、2人の関係性が丁寧に描かれていました。そこがとても有難かったんです。ひとつだけ付け加えておくと、結は諭に匹敵するほど、よく泣くんです。太賀さんとも「こんなに泣けますか?」「いや、こればかりはやってみないとわからない」と話していました(笑)。

―ーここまで泣きの芝居が入る作品は、あまりないですか?

伊藤:ないと思います。だって、悲しくなくても泣くんですもん。悔しくても泣く。ちょっとした衝撃で泣いちゃう赤ちゃんみたいな感じです(笑)。

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――今回演じられたのは、主人公にとっての「運命の女性」というもの。「ボクたちはみんな大人になれなかった」「ちょっと思い出しただけ」でも、同様の“運命の女性”を演じられていました。

伊藤:私、一時期「国民の元カノ」と言われていたんですよね。

仲野:(笑)。

伊藤:エゴサした結果、知ったんですけど……。それほど“元カノ”のイメージが強かったんですよ。だから、今回は“今カノ”になれて、嬉しかったんです。結婚にまで至ることができましたし、「人生のパートナー」というポジションを演じるのは、初めてに近いんです。

仲野:そうか、ついに添い逃げるんだ。

伊藤:そう(笑)。相手の事をふってもいないし、捨てられてもいない。(物語は)過去の出来事も含め、人生の途中を描いているじゃないですか。だからこそ、未来が見えているという点にも希望がもてました。シリアスな喧嘩もするんですけど、それは前向きな何かが残っていくものだと思っていて。関係性を良くするために、避けては通れない喧嘩ってありますよね。そこに諭と結の絆が見えたんです。

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――意外だったのは、お二人が初共演だということ。既に何本もご一緒されているのかと思っていました。改めて、今回の共演はいかがでしたか?

伊藤:すごい嬉しかったですよ。ずっとお芝居をご一緒させていただきたかった役者さんでしたし……そもそもファンだったんです。もちろん「(芝居の)掛け合いをしたい」という思いはありましたけど、ファンとしては「間近で芝居が見られるんだ!」と。太賀さんは、オンとオフの切り替えを見せず、芝居にスルっと入っていくような方だろうなと思っていました。想像していた通りの部分もありましたし、見ていて勉強になる部分もありました。

――「ファンだった」と仰られましたが、いつ頃から注目されていたんですか?

伊藤:(机に突っ伏しながら)えー……!

仲野:(笑)。教えてよー、どの辺からファンなのよー!

伊藤:どの辺からだろう……気づいたら頭の中にいた人なんですよ。「桐島、部活やめるってよ」の時には、「太賀さん、やっぱり超素敵」と思っていましたから。“やっぱり”がつくということは、それ以前から認識しているということですよね? ここが始まり……というのは、ちょっとわからないですね。でも「太賀さんはヤバい」という思いは、ずっと心の内にあったんです。

仲野:本当(笑)?

伊藤:本当なんですよ! でも、明確な始まりがわからない……。

仲野:「むしろ教えて。あんた、いつ頭の中に入り込んだのよ?」という感じね(笑)。

伊藤:そう、そんな感じです(笑)。

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――(笑)。仲野さんは、伊藤さんとの初共演はいかがでしたか?

仲野:とても嬉しかったです。このタイミングまで共演していなかったことが不思議なくらい。共演する前からご一緒したらきっと合うだろうなとは思っていましたね。あ、1回、ハワイで会ったよね?

伊藤:会いましたね。私が「全裸監督」に参加している時です。

仲野:たまたま僕もハワイにいて、海ではしゃいだ思い出があります。そんなことがありつつも共演することはなかったので、ご一緒できると聞いた時は本当に嬉しかったんです。隣に居てくれるだけで非常に頼もしい存在。芝居もビシバシ伝わってきて、とても楽しかったです。

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――序盤から中盤にかけての大きなテーマは「松戸諭の恋と仕事」。撮影時、印象に残ったエピソードを教えて頂けますか?

仲野:沙莉ちゃんには、シンパシーのようなものを感じているんです。「あの時はこうだったんだろうな」「今はこういうことを考えているんだろう」ということが、辿ってきた道も近いせいか、不思議とわかってしまう。そんなこともあったから、役として寄り添うことができたのが早かったのかもしれないです。印象に残っているのは、第3話のレンタルビデオ店(=諭のアルバイト先)のバックヤードで、諭と結が言葉を交わすシーン。タバコを吸っている結との些細なやり取りなんですけど……あのシーンは“伊藤沙莉を浴びた”感じがしたんです。

伊藤:(笑)。

仲野:「こんなに短いシーンでも上手い!」と思ったんです。完成版を見ても、沙莉ちゃんの芝居は“生き物として強い”。「これが伊藤沙莉だ!」という感じです。

伊藤:現場での太賀さんは、気をつかわせているなという感じもなく、ナチュラルに色々と話しかけて下さったんです。大体「最近どう?」と聞かれました。

仲野:前日も会ってるのにね(笑)。

伊藤:そう、会ってるのに(笑)。私もお喋りが好きなので「こんなことがありました」「こういう風に思っているんです」と話したり、お昼にも誘っていただいたり。そうするうちに、気持ちがどんどんほぐれていきました。撮影の裏側だけではなく、芝居の時にもほぐされていくような感覚がありました。掛け合いをするなかで、相手に芝居がきちんと届いているかどうかということは、すごく大切なことです。年末、神戸で1シーンを撮り、その次がレンタルビデオ店でのシーンでした。神戸での撮影はすぐに終わってしまったので、このシーンから丸1日一緒にいられるようになって、そこから結構話すようになりました。そう言えば、ここは1日で撮りきっているんです。

仲野:あぁ、確かにそうだったよね。

伊藤:初めての交流、休憩時間の会話、そこから深い関係に発展する。クランクイン直後の1日でしたが、私にとってはすごく濃いひととき。この1日だけで「太賀さんに絶対ついていきます」という感じにまでなりました。こんなに短期間で人を信頼することって、そんなにないんですよ。すごく珍しい事でしたし、「この現場は絶対に楽しい」と確信しました。

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――仲野さんは、当時の事を覚えていますか?

仲野:鮮明に憶えていますし、めちゃくちゃ話しかけていました。とにかく(やりとりが)弾んだよね?

伊藤:弾みましたよね。

仲野:実際にご一緒する前から信頼していましたし、構えることはなかったんですが、劇中では夫婦になるので距離を縮めておきたいなとは思っていました。だからこそ、すぐに近づくことができたのがよかったんです。それに絆が強まってからも、さらに深いところまで信頼し合えたような気がしました。いやぁ、よかったなぁ……。

伊藤:しみじみとし始めた(笑)。

仲野:愛情をぶつけ合うシーンがあるんですが、お互い感情が高まってしまって、カットをかけなかったら……二人の呼吸が自分の想像以上に重なり合ったように思えました。「でも、次のシーンでキスをするという描写があるから……今はしちゃだめだよね」と。

伊藤:そうそう(笑)。

仲野:うまくいきましたね(笑)。

――そんな話を聞いていると、中盤に訪れる喧嘩のシーンが楽しみになってきました。

仲野:あの喧嘩も楽しかったよねー!

伊藤:楽しかったですよね。太賀さん、ムカつく芝居をするんですよ。本当に腹が立つほど……(笑)。

仲野:(笑)。演じながら笑ってしまいそうになるんですよ。いやぁ、楽しかった。

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――では、最後の質問とさせていただきます。この物語は「航空券を拾う」という出来事からスタートし、波乱万丈の人生が描かれていきます。お二人も現在俳優としてご活躍されていますが、これまでの歩みを振り返った時、「航空券を拾う」と同等の出来事はありましたか?

仲野:演劇を見に行った時、岩松了さんのワークショップオーディションのチラシを見つけたんです。「これは絶対に受けたい」と事務所に申し出て、それに受かったことで、岩松さんと出会うことができました。これが、僕の人生を大きく変えた出来事の一つだと思います。

――そのチラシを拾っていなかったら、どうなっていたんでしょうか?

仲野:今の状況とは、全く違うことになっていたと思います。岩松さんとの出会いによって、色々なことが広がり、繋がっていきましたから。

――伊藤さんは、そのような出来事はありましたか?

伊藤:大きな転機は、オーディションに誘われたことです。もともとダンサーを目指していたので、ダンススクールに通っていました。その頃、芝居にはあまり興味はなくて。あくまで“見るもの”だと思っていたんです。でも、ある時、オーディションに関する張り紙のなかに、子役募集のものがありました。ダンススクールですから、踊りや歌が関連していないオーディションが掲示されると、スクール全体がざわつくんですよ(笑)。その時、一緒に通っていた友だちのお母さんが「うちの子を受けさせてみたいから、一緒にどう?」と誘ってくれて。私は「どっちでもいいかな」と思っていたんですけど、確か「終わったら、ここで遊ぼう」という“餌”があったんですよね(笑)。そのオーディションの合格が、今の仕事に繋がっています。その誘いにのっていなかったら……ましてや、その出来事の直前まで、違うダンススクールに通っていましたから。だから、もしダンススクールを移っていなかったら……と。色々なことが重なって、今に至っているんです。


「拾われた男」は、毎週日曜午後10時からNHK BSプレミアム、午後11時よりディズニープラス「スター」で見放題独占配信(毎週1話ずつ配信される)。

(C)2022 Disney & NHK Enterprises, Inc.

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