ミュージカル版「雨に唄えば」のアダム・クーパーが、劇場に戻れた幸福感を日本の観客と分かち合う!【若林ゆり 舞台.com】
2021年12月5日 08:00
やっと、待ちに待ったこのミュージカルが日本に帰ってくる! ミュージカル史に残る大傑作「SINGIN’ IN THE RAIN~雨に唄えば~」だ。筆者がこの舞台を初めて見たのは2012年、ロンドンでのこと。そのときの感激は、本コラム第18回(https://eiga.com/extra/butai/18/)に書いたが、それに加えて過去2回の来日公演を観劇できたことは、人生でも最高の体験だったと思っている。そして本当なら、この作品は昨年秋、日本における3度目の開幕を迎えるはずだった。しかしコロナ禍の影響は避けられず、あえなく延期に。
しかし、この作品がロンドンでの上演を経て、いよいよ22年の1月~2月、日本での開幕を果たす! これは必見だ。ウイルスとの闘いに勝利できるという手応えを誰もが感じ、我慢の日々に終止符が打たれようとしているこの時期に、これほどふさわしい作品があるだろうか?
主演のアダム・クーパーも「これ以上の作品はないよ」と太鼓判を押す。それはこの夏、長い延期期間の後にロンドンのサドラーズ・ウェルズ劇場で公演したクーパー自身が手にした確信だった。
「ロンドンの劇場で幕を開けたとき、僕たちと同じようにお客様も劇場に戻ってこられたことをどれだけ喜んでいるか、肌でビシビシと感じることができた。個人的な意見だけど、『SINGIN’ IN THE RAIN』ほど、見て幸福感に満たされる作品はほかにないよ! だからこそ、いまの時期、我慢を強いられていた時間から解放されるというときに上演するのに最適だと思うんだ。それにこの作品は、時代の変わり目を舞台にしている。映画界がサイレント映画からトーキーへ、新しい時代へと変化する瞬間を描いているから『最悪の時代は去った、これからまた新たなステージに入った』ということを祝えるいまの状況とリンクするところもあると思う。劇場に来てこの作品が発する喜びを体感しているお客様と、演じる喜びに溢れた僕たち俳優が完全に一体になっている感覚は格別だった。『また人生を楽しんでいいんだ!』という実感を共有できる素晴らしさを、初日から千秋楽まで毎公演、全身で噛みしめていたよ」
舞台はトーキー映画が出現した直後のハリウッド。クーパーが演じるドン・ロックウッドはサイレント映画界の大スターだ。ここでは映画製作の現場で巻き起こる騒動をコミカルに描きながら、心躍るソング&ダンス、ドンと女優の卵、キャシーとのロマンスで観客のハートを虜にする。映画版はジーン・ケリーの代表作としてあまりにも有名だが、クーパーはミュージカル版ならではの魅力も感じてほしいと語る。
「映画は本当に、素晴らしいとしか言いようがないと思っている。ただ、あれは1950年代初頭の作品だからね。このミュージカルは振付にしてもスタイルにしても、21世紀の観客のためにアップデートされているんだ。ジーン・ケリーについて言えば、彼はものすごく魅力的だよ。だって彼は自分自身も映画スターだったわけだし、そりゃドン・ロックウッドそのものだったんだから勝てっこない(笑)。でも今回の舞台では、映画のスタイルをいまの時代に合うよう刷新するとともに、登場人物同士の関係性についてもっと強調して、掴みやすくなっているところがいいと思うんだ。たとえば、最初はうまくいきそうもないドンとキャシーが、だんだんと恋愛関係になっていく様子。相手役リナとの愛憎関係、コズモとの公私にわたる信頼関係。ドンはコズモに頼りっきりで彼なしじゃいられない、コズモの存在がドンの自信を支えてくれているようなところがあると思うんだよ(笑)。そういう関係性をうまい具合に可視化できたと思う。すでに完成されたものの魅力をさらに引き出したところが、映画との大きな違いだ。それにもちろん、観客席と直接、感情的に?がれるところも魅力だよ」
そしてもちろん、タイトル曲の名場面だ。14トンもの水が舞台上にどしゃ降りになるとともに、舞台下の部分からも湧き出て大きな水たまりを作る。そのなかでずぶ濡れになったクーパーが、盛大に水しぶきをあげながら歌い踊るシーンは圧巻!
「ドンを演じながらあのシーンを歌い踊るということは、パフォーマーとして何よりいちばんの楽しみなんだ。ドン自身、恋がうまくいって生きる喜びを爆発させるシーンだけど、僕自身も喜びを爆発させている(笑)。もちろん衣装は重くなるし体力的にも技術的にも大変なんだけれど、あのナンバーをやることに飽きるなんてあり得ないよ。1幕の終わりにくるナンバーだし、まるで水にも振付がついているような印象を与えるのが素晴らしい。水を飛ばされてキャーキャー嬉しそうなお客様の反応も毎公演すごいし、毎回違いがあるから楽しくて仕方がないんだ」
2012年の初演以来、何度もドン役を演じてきたクーパーだが、ドンについても新たな発見があったという。
「それというのも、今回はかつてないくらい、長い稽古期間を過ごすことができたからなんだ。今回、キャシーを演じるシャーロット・グーチ(「TOP HAT」で来日経験あり)の演技から触発されて改めて発見したのが、ドンの中に潜む“脆さ”だった。ドンはボードビル出身で、スタントマンの経験を経てサイレント映画の大スターに登り詰めたけど、映画界においてはシリアスな演技派俳優と認められているわけじゃないからね。『なりたかった自分になれていない』と感じているし、作品ごとに自信のなさをはねのけて『自分にはこれができる』と証明する必要があるんだ。そこにドンの弱さがあると思うし、それは今回、突き詰めることができた部分だと思っている」
意外なことに、ドンの“脆さ”は、クーパー自身も非常に共感できる部分だったという。
「面白いことに、ドンと僕はかなりかけ離れた人間だと思うと同時に、すごく似たところもあるなと感じているんだ。僕自身もバレエから始まって、異ジャンルのダンスにミュージカル、振付、演出、プロデュース作品など、どんどん新しいことに挑戦してきたので、つねに『自分にできるってことを証明しなければ』と感じてきた。だからその部分はとても似ているし、弱さも自覚しているからすごくシンパシーを覚えるよ。決定的に違うのは、彼が映画界の大スターだってこと。僕は超有名人でもなければ街を歩いたらみんなに大騒ぎされるなんてこともないからね。その方がプライバシーを保てるからありがたい。でも、みんなからちやほやされる大スターのドンは、演じていてとても楽しい役だと思っているよ(笑)」
バレエ・ダンサーとしてイギリスのロイヤル・バレエ団に入って頂点を極めた後、活躍の場を広げてきたクーパー。その経験のひとつひとつが自分を成長させてくれた、と感じている。
「バレエ団に入って5、6年目くらいに『自分にはほかにももっとできることがあるんじゃないか?』と思い始めた。そこがきっかけだったね。それからマシュー・ボーンに『白鳥の湖』の仕事をオファーされて、それをやることで違う世界の扉がどんどん開かれた感じだ。もともとタップダンスはバレエを始める前からやっていたし、歌もやって、それからバレエをやって、ジャズや他のダンスもやってという感じだったので、いろいろな引き出しは備わっていた。だからジャンルの幅を広げるというのは運命だったんじゃないかな。ミュージカルも最初から自信満々だったわけではないけど、『ガイズ&ドールズ』でミュージカル界における地位を確立できたと感じている。なにしろ演じた役は全然踊らないキャラクターだったんだ(笑)。だから演技と歌に頼るしかない。ダンスなしで観客に受け入れられたというのは、自分にとって大きな経験だったと思う。しかもパトリック・スウェイジみたいな大スターと共演できて、出会いに感謝しているよ」
映画「リトル・ダンサー」のラストを飾る“成長したビリー・エリオット”役でクーパーを認識した人も多いと思うが「映画はちゃんと経験したことがないので、いつかやってみたい」ことだそう。「いまの仕事をこれからもできるだけ長く続けていきたい」と力強く語る彼は、「SINGIN’ IN THE RAIN」で観客からのエネルギーを受けたせいか、ますます若返ったように見える。
「あははは、ありがとう。そうだね、少なくともこの10年は、それ以前より若さを保てているように感じるから、この作品に秘密があるのかも(笑)。コロナ禍で舞台に出られない時間というのは、僕にとってそれは難しい時間だった。最初のうちは、いままでなかなか持てなかった家族と一緒の時間ができて嬉しいと思っていたんだ。けれど数カ月も経つと、どんどんどんどん辛くなってきた。僕は舞台人だから、舞台が人生そのものだ。その状況を乗り越えられたのは、家族の支えがあったからこそ。それにコロナ禍さえ去れば『SINGIN’ IN THE RAIN』ができるというのは、トンネルの先の光だった。この作品に主演するのはこれが最後になると思うけれど、これからもパフォーマーとして、演出家・振付家として新しい作品を作り続けられたら幸いだよ。日本のお客様は長い間、僕のキャリアをずーっと応援してくださっているという思いがある。だから日本へ行くのが待ちきれない思いだよ。これからも日本のみなさんに喜んでもらえる仕事をしていけたら最高だ」
「SINGIN’ IN THE RAIN~雨に唄えば~」は2022年1月22日~2月13日、東京・東急シアター・オーブで、2月18日~21日、大阪・オリックス劇場で上演される。詳しい情報は公式サイト(https://singinintherain.jp/)で確認できる。
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