【ハリウッドコラムvol.311】スカーレット・ヨハンソンに提訴されたディズニーのクリエイティブに未来はあるか
2021年8月3日 18:00
ゴールデングローブ賞を主催するハリウッド外国人記者協会(HFPA)に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの最新情報をお届けします。
「ブラック・ウィドウ」を劇場公開と同時にDisney+で配信したことに関して、スカーレット・ヨハンソンがディズニーを契約違反で訴えたことがニュースになっている。個人的には、マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)を長年にわたって支えてきたヨハンソンが訴訟に出なければいけないほど、ディズニーが強気になっていることに驚いている。
ハリウッドのスターが出演契約を結ぶ際に、バックエンドという条項が盛り込まれる。エンドというのは端という意味で、バックエンドは映画製作の終わりを指す。製作前に出演料がアップフロント(前金)で支払われ、映画の完成後、興収の一部がバックエンドとして分配される。一般的なバックエンド契約は、「First Dollar Gross」と呼ばれるもので、劇場公開1日目からのグロスの興行収入をもとに金額が決定する。
ちなみに、「フォレスト・ガンプ 一期一会」の予算が超過したとき、主演のトム・ハンクスは出演料の1000万ドルを半分にカットするかわりに、10%のバックエンドを受け取る契約を結んだ。当時はリスキーな作品と思われていたためスタジオ側は喜んだのだが、その後、映画はサプライズヒットとなり、その結果、ハンクスにトータルで7000万ドルを支払うことになった。「シックス・センス」でも同様のことが起きて、主演のブルース・ウィリスは1億ドル以上を受け取ったと言われている。
1990年代にはバックエンドの歩合が高騰し、20%に達することがあったが、2000年以降はスターの価値が下落。フランチャイズ作品など、スターの名声に依存しない映画がヒットを飛ばすようになったためだ。だが、歩合は減っても、有名俳優やクリエイターの契約書にバックエンド条項が盛り込まれていることには変わりがない。
さて、「ブラック・ウィドウ」の場合は、コロナ禍で公開が1年延期されたのち、劇場とディズニーの配信サービスDisney+で同時展開されている。プレミアムアクセスという特別料金を払わなくていけないものの、劇場に行かなくても家庭で話題作を視聴できるのだから、劇場のみで公開されていた場合と比較して、興収がダウンするのは当たり前だ。つまり、ハイブリッド公開によって、ヨハンソンのバックエンド収入が減ってしまったのだ。契約時に「ブラック・ウィドウ」が劇場で限定公開されると約束されていたとヨハンソン側は主張し、契約不履行でディズニーを訴えている。
契約の詳しい内容はわからない。ディズニーが強気な姿勢でいる背景には、それなりの法的根拠があるのだろう。
だが、大作映画がコロナ禍でハイブリッド公開になった場合、俳優の失われたバックエンド収入の処置については、すでに前例がある。
昨年末、「ワンダーウーマン1984」を一部のIMAX劇場とHBO Maxで同時に展開することにした際、ワーナー・ブラザースは主演のガル・ガドットとパティ・ジェンキンス監督に、それぞれバックエンド収入の補填として1000万ドル以上を支払ったといわれている。その後、ワーナーは2021年のほぼすべての劇場公開作品をHBO Maxとのハイブリッドにしているが、該当作品のスターや有名監督たちが文句を言っていないところをみると、追加交渉が行われたに違いない。
また、ストリーミングサービス大手のNetflixやAmazon Prime Videoは大作映画を獲得する際に、劇場公開された場合に推定されるバックエンド収入を、出演者に支払っている。
だが、ディズニーはこうした「正解」を無視した。ディズニーが明らかにしたところによると、ヨハンソンには出演料として2000万ドルを払っており、今後はプレミアムアクセスからの収入の一部を分配する予定だという。「ディズニーは、ヨハンソン氏の契約を履行するだけではく、それ以上のことをしている」と、突っぱねている。
しかし、ディズニーがDisney+の会員獲得のために「ブラック・ウィドウ」を投下していることは明らかで、そのためにヨハンソンのバックエンド収入が目減りしたことは否定しようがない。それでも、その分を補填するつもりはないと言う。
ここまで強気でいられるのは、ディズニーがひとり勝ちしている現状がある。マーベルやピクサー、ルーカスフィルムだけでなく、フォックスまで獲得してしまったディズニーは、それ自体がハリウッドである。おまけに、「ブラック・ウィドウ」でMCUにおけるヨハンソンの出番は終わっている。もし続編があるなら交渉の余地もあるが、去っていくものに手心を加えてやる必要などない。
だが、去って行くものだからこそ、ヨハンソンはディズニーに立ち向かえたとも言える。彼女ほどのキャリアと知名度があれば、たとえディズニーと喧嘩しても、仕事に困ることはない。実際、役者の多くがヨハンソンを応援している。それほどまでにディズニーは大きくなりすぎているのだ。
そもそもディズニーがここまで成長できたのは、前CEOのロバート・アイガーの功績だ。2005年に就任した彼は、香港ディズニーランドを訪問した際、人気を博しているキャラクターがすべてピクサーのものであることに愕然とする。そこで、ピクサーを買収するだけでなく、ピクサー首脳に傘下ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオの立て直しを依頼。その後、同社が「アナ雪」などのヒットを連発するようになったのはご存じの通りだ。
また、マーベルやルーカスフィルムがディズニーの買収に応じたのも、巨額を提示されただけでなく、ディズニー傘下でピクサーが独自性を維持していたからだ。つまり、アイガーCEOはクリエイティブの重要性を理解していた。
だが、アイガーは2020年2月にCEOを辞職。以来、指揮を執っているのは、ディズニー・パークス・エクスペリエンス・プロダクツ出身のボブ・チャペックCEOである。ハリウッドのクリエイティブコミュニティを敵に回しても、ディズニーは快進撃を続けることができるのだろうか?
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